第53話:ポーチの価値
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時間が元に戻ったのは一〇秒後、ほんの一〇秒だから大した事は無いけど、戦闘中の即効性としては充分に役立っているのだろう。
理央はポーチを手に叫ぶ。
「これ、売って欲しいわ!」
「……幾らになる?」
それは母親からがっつり金銭を取りたいという意味では無く、冒険者の視点からどの程度の価格にするべきかの質問であった。
「う~ん、時間の減速すら無い状態なら広さも鑑みて、一〇〇万円くらいじゃないかしらねぇ?」
「四畳程度の広さ、時間減速も無く一〇〇万円」
思っていたよりは高価い。
「不完全だから先ずは時間減速を附けてからになるかな?」
「え? 可能なの!? それなら数百万円くらいには成るわ!」
「あ、そうなるんだ」
「これで、時間停止ならもっと高価格に成るんじゃない? 本当にそんな事が可能なのね?」
「出来る」
首肯をした卦韻、理央は喜色満面でウェストポーチを手渡して……
「是非とも附けてね?」
そう言ってくれた。
苦笑いを浮かべながらポーチを受け取ると自室に戻る。
「あ、矢っ張り見せ難いのね」
そんな声が耳に届いたが、聴こえない振りをしてそそくさと退散。
「まったく母さんは。視られたく無いんだっていうのにさ~」
クスリと笑いながら、スキルを再び起動する。
“刻之加速”が既に【錬成王】スキルのアーカイブに記録されており、卦韻はそれをタッチすると更にスキルの機能の一つ、術式の反転をタッチしてやって加速の術式を減速の術式に反転させた。
これにより、アーカイブに記録をされていた筈の“刻之加速”が、“刻之減速”に変換が成されて再びアーカイブに記録されてくれる。
「これを教えれば母さんも減速系が使えるか?」
聴いた話では加速は在っても減速は無いのだと聴くけど、加速魔法がバフなら減速魔法はデバフという事になるとはいえ、実際に誰かへ使うというのは変わらないし、特に術式を変える必要は無いのが楽だった。
「よし、何とか附与も出来たかな。これで減速だけなら可能だ」
停止までは不可能だったが、時間を減速させる事によって、魔導薬の消費期限を伸ばせるであろう。
魔導薬は【錬金術】や【錬成術】のスキルにより造られる薬、その大元となる素材はダンジョンの中に生えている薬草の類いである。
生物だから消費期限は確実に存在しているが、それでも何とかその期限を伸ばすべく鋭意努力はしてきており、最初は一日くらいで使えなくなっていたポーションだが、今では一ヶ月くらいは保つ筈。
「良し、完成。序でに魔銀の完成度も見とくか」
理央から買った純銀をスキルの中に放り込み、魔銀への錬成を行っているから、精神力や魔力など基本的に毎日三〇%を費している。
「大分、完成してきているな。これで魔装具なんかを造れそうだ」
頷きながら、魔銀の完成度に満足をしている。
再び部屋の外へと出ると、矢張り理央が廊下へ立っていた。
「あ、完成した?」
「うん、したよ」
渡されたポーチに理央は温かそうな肉まんを容れてみる。
「か、母さん?」
「卦韻もオヤツに食べる?」
「た、食べるけどさ」
全部で三つの肉まん、詰まり卦韻と理央と慎吾の三人が食べる物で、容れたのは慎吾の分。
「これで慎吾さんが帰って来た時に温かい侭って事よね?」
「まぁ、そうだけど……はむっ」
小腹が空いていて丁度良いから肉まんを口にする卦韻、熱過ぎず温かくて食べ頃なそれは中々に美味しくて空いていたお腹が満たされた。
「これ、店で買ったり冷凍物じゃなくて母さんが作った?」
「ええ、美味しかった?」
「ん、美味しかったよ」
肉まんは結構なお味、食べてみたら確り母の味だと判るくらい確りと美味しいと思える肉まん。
(矢っ張り、父さんってば勝ち組一直線だよな)
美女で家事が上手くて冒険者としても一流で、こんな女性と出逢えた上結婚が出来たのだから。
魔力というエネルギーの喚起と励起と循環により若さを自然と保ち、寿命という意味で云うなら百年は若い侭で生きられる試算も出ているとされており、四〇歳ながら二十代半ばくらいにしか見えない見た目で、二十代の若者にナンパされたりもするくらいなのだとか。
それは父親の慎吾も同じだが……
「贅沢を言えば時間停止が欲しいのだけれども、それは矢っ張り無理だったのかしら? 卦韻」
「いや、難しくはあるから直ぐにはどうにも出来ないけど、スキルの機能的に理論上は可能だね」
「あ、出来るんだ……」
呆れてしまうけど、それが可能なら正しく夢が詰まっている。、
「だけど、どうやって?」
「アーカイブに記録された魔法は幾らかの改良が出来るんだ。加速魔法を反転させて減速魔法へと変換させたんだ。それを附与すれば空間拡張と共に、時間減速を持ったポーチの出来上がりって訳だね」
「素晴らしいわ!」
ポーチを両手に、踊り出さんとするくらいにはルンルン気分な理央な、愛息子をハグして来た。
「ちょっ! 母さん?」
「で、停止はどうするの?」
「急に素面に戻るんかい!」
別に酔っていた訳でも無いけど、奇行に走る程度にテンションが上がっていたというのも事実。
「加速の魔法と減速の魔法を融合させるんだよ。加速と減速を融合させてプラマイ〇にする事によって、停止魔法に変換させられそうだ。とはいえ簡単に出来るんならとっくの疾うに遣っている」
「難しいのね?」
「まぁね、理論上は可能なのと実際に行うのとは違って、机上の空論にも近いのを遣る訳だから」
こればかりは、美衣奈からの意見を貰った方が無難であろう。
何しろ美衣奈こそが、今の魔法体系を形作った張本人らしいから。
唯一、卦韻にも判っている事として【錬成王】スキルが、可能であると教えてくれているという事だからこそ、自信を持って言えるのだ。
「ただいま~」
「あら、どうやら慎吾さんも帰って来たみたいね」
パタパタとスリッパの摩擦音を響かせながら、理央は慎吾を迎えるべく階下へと降りていった。
それを追う様に卦韻も階下に降りると、慎吾が驚いた表情で卦韻の方に向かって駆けてくる。
「卦韻!」
「な、何かな?」
その手には理央から渡されたであろう肉まんを持っていて、それは一時間近く経っているにも拘わらず湯気が立ち上る程の温もりを見せた。
「理央の持ってたポーチが魔導具に成っていて、空間拡張と時間減速を附与をしているって!?」
「ああ、上手く成功した」
「そうか……」
今まではダンジョン攻略で荷物を持つのにも限界が有った事もあり、どうしても攻略も中々遅々として進まないのが現状で、一応は運搬者を雇う事で荷物を運んで貰ってはいるものの、戦闘力が高い訳では無い者が加わる関係から結構な手間も掛かっているのだとか。
この一六年間でいまいちダンジョン攻略が進んでない、それこそSSSランクとされているダンジョンは、全く以て下層にすら達していない。
荷物を運び易くなればダンジョン攻略も進み易くなるし、慎吾もアイテムバッグみたいな代物を何とか造ろうとして頑張っていたものだ。
然し、抑々の話が空間拡張の魔導紋は複雑怪奇に過ぎて、小さな魔核に刻み込むのは機械による3Dプリンターでも難しい上に、バッグ自体に魔導回路を形成する関係上から完成に至らなかった。
魔核に魔法を直接的に附与が出来る卦韻だから完成が出来たという、しかも素材さえ有れば幾らでも増産をする事が可能であるとか。
一〇〇%卦韻任せの量産に成ってしまうけど。
「若し、魔核のランクが高ければ更に拡張が出来るのか?」
「俺が扱えるランクなら。高ランクの魔核は消費量も莫迦にならない」
その言葉に理解を示して頷いた慎吾はアイテムポーチを欲する一人、ユーザーとしての意見を伝えてみたりと御互いに大忙しである。
結局、慎吾用にもアイテムバッグを優先的に造って貰う事になって、バッグも魔核も慎吾自身が用意するのと五〇〇万円で買い取る事に。
それなりに良い価格ではあるが、慎吾の場合は億単位の資産が有るから数百万は惜しくも無い。
因みに、使う魔核のランクを上げれば上げただけその価格は、ドンッと跳ね上がる事に成るのだと云う。
更には慎吾と理央には五〇〇万で売却したが、一般的に販売するのであれば一〇〇〇万に成る。
というのも、使おうと思えば幾らでも犯罪に使えてしまう物だから、誰しも手に入れてしまえるのは国防上からも余り宜しくないからだ。
余り卦韻が造り手なのも大っぴらにはしない、それで家族の内で決めてしまう事になっていた。
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