第40話:新たな異常事態
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その日のダンジョン探索はいつに無く慌ただしいものに成る。
槍太と璃亜は元より、瑠亞ですらこんな出来事に偶然だとはいえど出会すなんて思わなかった。
此処は確かに初心者ダンジョンではあるけど、東京で見付かったモノと違って学園では無く組織――冒険者ギルドが仕切っている。
ダンジョンの入口の周囲に在る広大なる土地を確保して、巨大な建物を建築する事でダンジョンの蓋の役割を果たした上で、間違っても一般人が入ってしまわない様に配慮をした上で、一〇年前の悲劇たる魔物氾濫を繰り返さぬ様にしていた。
当然ながら初心者ダンジョンとはいってみても学園内に無いからか、腕前に余り自身の無い者達は此方のダンジョンで稼ごうとしている。
初心者ダンジョンでもフロア自体は広いという事もあり、これまでに他の冒険者には会うなんて事も無かったけど、この恐ろしく緊迫した雰囲気と共に他の冒険者と出会う事になってしまった。
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その少し前。
水無瑠亞は火祭槍太と火祭璃亜を連れて初心者ダンジョンへと入ダン、イレギュラーが有ったり無かったりと不安定な状況ではあるが、それでもこのダンジョンが一番安全なのも間違いは無い。
レベルも幾つか上がった槍太と璃亜だったが、自分が覚えている必殺スキルを使って強敵を屠っていき、可成り下の階層まで降りていた。
レベルを上げたいのなら浅層だけでは無くて、上層や中層にまで降りていかねばならないのだ。
初心者ダンジョンは中層である第二五層までしか無く、その最下層となる場所にはダンジョン・ボスが陣取っていて斃せばクリアとなる。
正しく、ダンジョンゲームの様なモノだった。
武器を持ったゴブリンやコボルト、武器を持たないオークなど人型系の魔物も存在しているし、ホーンウルフやホーンラビットみたいな浅層では雑魚でしかない魔物も、毛皮の色が異なり魔法を使ったりする、強化型なども普通に顕れている。
「ブラウンホーンラビット!」
白い通常のホーンラビットとは違い、力の値が可成り上がった茶角兎とも呼ばれるこの魔物は、単純な突撃の威力が相当に強く角も鋭い。
ブラウンホーンラビットが取りも直さず角を使った突撃を敢行、ガツンッ! 鈍い音を鳴り響かせてぶつかって来たが、卦韻が造り出した朱色の甲殻鎧に当たったが故にノーダメージであった。
「さっすが、こりゃやっぱ卦韻にゃ感謝だな!」
しかもダメージ二〇%カットの効果のお陰で、ちょっとした衝撃ですらも無くてとても便利だ。
「おりゃっ!」
炎輪を使った攻撃で一突きにしてブラウンホーンラビットを殺処分、地面には魔核とホーンラビットの角というドロップアイテムが落ちた。
魔物の角には金属が混じる為に硬度が高くて、これを大量に融かしてしまえば金属が残される。
故にドロップした角はそれなりに御高価い。
まぁ、角の長さは高々一〇cmか其処らだから本当にそれなりだ。
「おっ、ラッキーラッキー」
「これを売れば少しはお金に成るから嬉しいね」
「そうだな、璃亜」
瑠亞の普段からの稼ぎからしたら雀の涙程度にしかならないが、初心者ダンジョンを潜る槍太と璃亜には小遣いにするのに嬉しい額となる。
「うん?」
通路の向こう側に自分達とは違う冒険者達が通り過ぎて、その侭また別の通りとなる通路を此方には気付かないで行ってしまった。
「こんな事は割りとありますよ、寧ろ此処は初心者ダンジョンだから今まで無かっただけですね」
初心者ダンジョンは謂わば初心者が入るから、初心者を越えた冒険者は腕に自身さえ有るのなら入らなくなり、最終的には過疎化するもの。
それでも偶に入る者も居る、主には腕前に自信を持てなかったりや、怪我からの復帰で調整の為などで。
「けど今の初心者用のダンジョンはイレギュラーも起きる筈、そうなると本当に大丈夫なものなのかね?」
「槍太君が気にする必要はありませんよ。冒険者は結局の処は自己責任な訳ですからね。どうなったとしても自分が悪いんですよ」
「そりゃ……な」
「それに、最悪で死んだとしても出入口でペッされるくらいですよ」
「確かにそうだけどな」
だけど槍太は見逃していない、今の瑠亞の科白から仄暗い瞳で不気味な笑みを浮かべてた事を。
瑠亞はたった一度だけだがダンジョンで死亡をした過去を持つ、その時の恐怖や絶望感は今尚も忘れられない彼女だが、患っていたPTSDこそ治っていたけれど矢張り現在でもずっと、死の恐怖を引き摺り続けていたのである。
流石に死ねば良いなどとは露にも思わないが、死んだ時のアレだけは絶対に慣れたくも無い。
痛くて熱く何もかも喪われていくあの感覚、二度と味わいたく無い、肌を牙が貫くアレだけは。
「兎に角、行きましょう」
「了解」
「オッケー!」
先程の冒険者達が進んだ先、彼らより遅れての探索になるだろうが、それは仕方が無い事だった。
遅れて追従をする探索はメリットも確かに有るのだが、デメリットも大きいので冒険者達の間で推奨は決してされていない行為である。
しかもメリットなんて先に行った冒険者が魔物を間引いてくれて安全、実際にはそんな程度の事でしかなくて、デメリットは魔物を間引かれているから自らは斃せずレベルも上がらない、ドロップアイテムも獲られない、魔核も取れないと魔物を斃さない事への三重苦でしかない。
その上、宝箱が有ったとしても取られるのだ、メリットがデメリットを越えていないのである。
「チッ、魔物が出ないな」
「先に行った彼らが斃してしまっていますから」
こうなると寧ろ迷惑まで有った。
「武器も防具も装飾具もそれなりに優秀だから、魔物を斃せないってストレスにしか成らないよ」
唯でさえも初心者用ダンジョン、別に中層に降りたとて遣れる自信が有るだけに、璃亜は自らが闘えない不満を膨れっ面になり吐露する。
「安全なのは良い事ですよ?」
「そうかもだけどさ~」
少しばかり好戦的な璃亜に、瑠亞は苦笑いを浮かべるしかない。
「ウワァァァァァァァァッ!?」
「何だ?」
先を行く冒険者が進んだ先から絶叫が上がる。
「行きますよ!」
「「了解っ!」」
何は扨置き、三人は絶叫が有った方へと全速全開の勢いで駆けた。
大声だったのも要因だが、割りと近くの事だったらしくて、すぐにも腰を抜かした男や這う這うの体で逃げようとする男、それに巨大な狼系の魔物に腕を喰い付かれた女性が、三人の目にも判るくらいにはあっという間に見えてきたものだ。
グチャァァッ!
「イィィィギャァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアッ!」
喰い千切られた厭な音と共に地面に落ちてしまう黒髪ポニテの女性、這う這うの体の男も狼の前脚により自身の右脚を踏み潰された。
「アギィィィィィッ!」
その絶叫は絶望に溢れている。
「シルヴェンウルフ!」
「シルヴェンウルフ?」
銀の毛皮を持つ凶悪な巨狼だ。
「食欲が非常に強くて、余りにも戦闘狂なくらいの凶悪な巨狼で……あれは《《Bランクの魔物》》ですよ」
目を見開いてゴキュリッと固唾を呑んだ槍太。
「ビ、Bランク!?」
あわあわする璃亜、それは戦闘が出来なかったストレスが吹き飛ぶくらいの衝撃だったらしい。
「ど、どうするの!?」
「イレギュラー、これは仕方がありませんね」
璃亜からの言葉に、瑠亞はメイスを抜き出して両手に握り締める。
すぐに助けないのは槍太と璃亜では抑々にして実力不足、正義感に駆られて飛び出したとしても、二の轍を踏むのが火を見るより明らかだ。
瑠亞は自身が自制しないと、誤って二人までも飛び込む真似をしたら確実に死なせてしまう。
軽く『ペッされるだけ』なんて言っているが、喪われるのは決して尊厳だけではないと、瑠亞はその実体験が故によ~く知っているのだ。
だから極力冷静沈着を装ったが、とっくに痛くない筈の有りもしない傷がズクズクと疼き痛む、頭は確かにクールかも知れなかったけれど、その肉体は早く魔物を殺したい衝動に駆られている。
逸っているのだ。
「二人は少し離れなさい」
「だけどっ!」
「そうだよ!」
「離れなさいと言ってますっっ!」
ゾワリッ! 静かな弾劾にも似た確かな激昂、二人は総毛立つ感覚をこの時に初めて知った。
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