第37話:絶望のガンパー
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「ケイン、何だか既に他人事みたいに思っているんじゃない?」
「鋭いな。ランスと無能ムーヴ君が闘り合い始めてるし、歴史とかは興味も無かったからついな」
「もう、渦中の癖に」
両腰に手を当てながらプンスカと膨れっ面に成るミスティ。
「それに、俺は彼奴と余り話したいとも思わないしな。理由に関してはミスティも判るだろう?」
「そりゃあ……ね~」
誰だって『無能』呼ばわりしてくる輩とは会話をしたくない、そんな人間は決して俺だけじゃ無い筈だと心の底から思っているくらいだ。
斯く云う、俺も無能ムーヴ君を名前で呼んだ事は無いけどな。
「そんな些末事よりミスティ、何だか前から少し変じゃないか?」
「……やっぱ判っちゃうか」
「あれだけ盛大に暗くなってりゃ、俺が仮に鈍感でも判るさ」
「ごめん、夜になったら家で。ランスやスピアも交えて話すね」
「重大事なんだな?」
「割りと……ね」
「了解した」
確かにこんな喧騒の中で話す事でも無いのか、俺もそう考えたからこそ今は引こうと思った。
話してくれると言っているのだから構うまい。
「スピア」
「何かな? ケイン」
「無能ムーヴ君もだけど、スピアやランスの先祖がマーレイア王国の貴族だったって本当か?」
「ああそれ? うん、本当の話だ。実際にボクの家にはお兄が言ってた紋章付きのミスリルの槍が有るし、何より王家だけじゃ無くて家の家紋も数百年間ずっと残されて来ているんだ。だからボクの両親は誇りと共に一二年前も闘ったんだ」
そして、力が及ばずに倒れたって事なんだな。
「ケインの御両親やミスティのお父さんが闘ったのだって同じ、命を落としこそしたけど村を、国を護ろうとして闘ったのは間違いないよ」
「そっか……」
ひょっとしたら、無能ムーヴ君がランスやスピアやミスティから余り良く思われていないのって、彼奴の父親が臆病風に吹かれ逃げたから?
そういえば、ランスがさっき言っていた気がするんだが……
結局、ランスと無能ムーヴ君の怒鳴り合いには収拾が付かなくなり、先生が収めなければならないくらいに自体が大きく成ってしまう。
『頭痛が痛い』と謂わんばかりな先生には御愁傷様である。
「で、何で親が出張って来る事になったんだ?」
「そりゃ、取っ組み合いにまで発展すればね~」
子供同士の云々とは云っていられなくなって、態々こうして無能ムーヴ君の父親が呼ばれたか。
すっごく迷惑そうな顔だな。
「クソッ!」
顔立ちは無能ムーヴ君を中年化すればこうなるって感じだろう、嫌味ったらしい顔で苛立ちが増しているのが彼奴と全く変わらない。
「ケッ、お前が俺のミスリルの剣を奪った野郎なのかよ!」
「無能ムーヴ君のじゃないのか?」
「あ? 何だそりゃ?」
俺の呼び方が気になったらしく、無能ムーヴ君の父親が眉を寄せる。
「俺はベンター・ルドック、ガンパーの父親だ」
「何を言い出すのかと思ったらな、アンタなんぞ『無能ムーヴ君の父親』で充分だろうに」
「なっ!? テメェ!」
肩を怒らせ表情を変える無能ムーヴ君の父親。
「アンタがケインをどうこう言える立場かよ?」
「な、何だと!?」
「もう一度問うぞ? アンタがケイン・ユラナスにどうこうと言える立場なのかってなぁ!」
「ユ、ユラナス……だと?」
ランスの弾劾の如く科白に無能ムーヴ君の父親は何故か、はっきりと目に見えて動揺している。
「ケインの父親はスヴェイン・ユラナス、母親はルーメイ・ユラナスだ。勿論だがベンター・ルドックさんはよ~く知っている筈だなぁ?」
「グゥッ、スヴェインの……息子……だと!?」
何だ? スヴェイン・ユラナスは確かにケイン・ユラナスの父親だ、そして母親がルーメイ・ユラナスなのも間違いないけど、無能ムーヴ君の父親は某か……それもマイナスな部分の関わりが有るみたいだな。
「まぁ、後ろめたさ感じてるよな。若しそれさえ感じられないなのら、アンタはヒトとして終わってるからな! なぁ、そうだろうがよ?」
呑んだくれて髭面を晒すオッサンにしか見えない無能ムーヴ君の父親、その動揺っ振りと明後日の方向へとそっぽを向く様は、ランスの言っている科白に心当たりが有ると言ってる様なもんだ。
まるで隠せてない。
「あのオッサン、俺の両親と何か有ったのか?」
「彼が臆病風に吹かれて逃げたという話はしているよね?」
「ああ」
「当事者の血縁であるケインには話さずにいたんだけど、彼は魔物の大氾濫が起きた日に討伐自体はちゃんと出ていたんだよ。剣の腕前も決して悪いものじゃ無かった。だけれど強力な魔物が顕れてしまったんだ」
「デスコーピオンみたいな?」
「比べ物にならないよ。デスコーピオンはケインが頑張れば無事に斃せたよね? その時に顕れた魔物は、スヴェイン小父様やルーメイ小母様が落命するくらい強かったんだ」
「それは……」
「それでも、彼が居れば助かったかも知れない。だから村でも彼は可成り責められたんだよ」
そりゃ、そんな感じな時に逃亡すれば責められても仕方が無い、というより初めから出ていなければ逆に居ない事を前提だったから、寧ろ死ななかったんじゃなかろうか?
彼が居る事を前提にして作戦を立てていたからこそ、行き成り居なくなって作戦が瓦解をしてしまい無理をしなくてはならなくなった。
結果として死亡するに至ったという事なのか、確かに幼かったケインが知ったら憎悪に走るな。
その場合、俺にも影響は有ったのかどうか? それは最早起きる事の無い事象だから考えてみても余り意味は無いし、今は今を考えよう。
ランスは更に言い募る。
「だいたい、あのミスリルの剣だって時の国王が忠臣に与えたってだけで、貴族の身分を保証する物じゃ無かった筈だろう! 何でガンパーは自分が貴族だとか高らかに宣言をしてるんだよ!?」
「っ! 数百年前の話をしただけで今も貴族位に在るとは言っていない! それなのに、アレが勝手に自己解釈をしていただけだ!」
「道理も解らん糞餓鬼に教えるのが問題だろ!」
「くっ!」
悔しげな様子、自分の息子と変わらない年齢のランスに道理を説かれれば、そりゃ悔しいかも。
「抑々、そんな大事な剣を手入れもしないで放置をしていたとか、どういう神経をしているよ!」
今はピカピカだ、シルヴァライトを混ぜる事でミスリル合金と成ってはいるものの、若しかしたら純ミスリル製よりも硬く柔軟に成った。
氣力の通りも可成り良いしな。
(しっかし、自分が絡まないと普通に他人事みたいな感があるよな。やっぱ俺とケインは別人みたいに捉えているから……なのかもな)
流石にミスティとランスとスピアを全く別人と切って捨てるのは無理だが、自分が主体となると途端に寧ろ他人事に成ってしまうんだ。
「おい」
「何だよ?」
行き成り話し掛けられた。
「ガンパーに勝ったってぇのは本当なのか?」
「誰だそれ?」
「俺の息子だよっ!」
「ああ、無能ムーヴ君か。普段から名前なんざ、意識すらしていなかったから覚えてなかったな」
無能ムーヴ君が地団駄を踏んでいるみたいだ。
「何で無能ムーヴ? とか呼んでいるんだよ?」
「人を無能無能とイキってくるからな。覚えている限り、無能ムーヴ君が俺の名前を呼んだ事なんか一度足りとも無い。だから俺は奴を『無能』を推し進めるイキり野郎として『無能ムーヴ君』と呼んでいるし、抑々が名前だって覚えていない」
覚える心算が無いとも言い換えられるがな。
無能ムーヴ君の父親が頭を抱えている辺りは、激戦に恐れを成して逃げただけで常識は有る?
まぁ、どうでも良いか。
「ミスリルの剣は我が家の家宝だが、数百年間も戻れない事から、百年も前には既に剣の手入れすらしていなかったからな。その剣こそ、いつの日かマーレイア王国が復興した際に身分を戻すという契約だったが、既に貴族は於ろか騎士としての誇りすら喪った我々には無用……か」
「親父!?」
「お前に誇りを持って欲しくて貴族の話をしてみたが、そんな話をするんじゃ無かったと、今では後悔しかないな。お前は二度と貴族を語るなっ!」
「そんな、親父……親父ぃぃっ!」
ガンパーはまるで、人生の全てを喪ったかの如く絶望した表情を浮かべるのであった。
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