第18話:再び死を呼ぶ蠍
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卦韻はその脅威を彼方側の世界でよく理解をしているが、一種のトラウマであるが故に飛び退きはしたものの、実際にはレベルこそ足りていないけど其処まで脅威を感じてはいない。
寧ろ、蒼褪めた美衣奈の方がデスコーピオンを脅威に感じていそうだ。
「ミスティは下がっていろ!」
「ケイン!?」
驚いた美衣奈が声を上げる。
〔ちょ、ヤバくね?〕
〔何で死を呼ぶ蠍が初心者用ダンジョンのこんな浅い階に?〕
〔それ以前に出て来ねーよ!〕
リスナー達のコメントをスマホで確認したら、矢張りというかこのダンジョンに出るレベルの強さでは無かったらしい。
死を呼ぶ蠍――デスコーピオン、八本の触肢で動き回り二本一対の触腕には巨大な鋏を持つ名前の通り蠍の姿をしている魔物であり、その実力はちょっとした金属鎧や盾くらいなら鋏で切り裂けるパワーを持ち、尻尾の針には可成り強い毒を持っている。
間違っても初心者が斃せる様な魔物では無かった。
(大丈夫、夢の世界の話だとはいえ一度は斃せた相手に後れを取る程には呆けちゃいないさ!)
威力は据え置きでも神皇鋼の剣には違いない。
卦韻がクリスタリンを構えると、悲鳴の様な声色が上がる。
「ダメ、ケイン! 逃げないと!」
「問題無い!」
持っている剣が初心者御用達な青銅を鋳造しただけの物なら逃げる事も検討したかもしれないのだけど、生憎と今の武器は聖霊剣クリスタリンだから条件そのものは彼方側の時と変わらない。
「ミスティは風の魔法で一瞬だけ、奴の動きを、止めてくれ!」
「!? わ、判ったよ!」
ミスティの腕に魔力の紋様が浮かぶ、卦韻には読み取れないけど紋様のどれかは風に相当する筈。
「突風!」
放たれた風はちょっとした強風程度だったからダメージを与えるなど不可能、それでもデスコーピオンの動きを本当に一瞬でしかないが阻害をしている。
相手がデスコーピオンだからそんな程度だが、人間くらいなら吹き飛ぶ威力は確かに有った。
卦韻はダッシュしてデスコーピオンに接近、それに対抗して鋏を振るうも突風の所為で動きが鈍い。
それでも負けじと尻尾を向けて来たが……
「させるかぁぁぁっ!」
あの時みたいに卦韻は尻尾を断ち切った。
痛みに鈍感では無いのだろう、デスコーピオンは声こそ出さないが確かに身動ぎをしている。
あの時は木を使って三角跳びをしたが、このダンジョンには当然ながら生えていない。
けどまぁ、何が問題だ? ダンジョンという事は其処ら中に反動を利用が出来る壁も天井も有るのだから、そいつを利用すれば良いだけだ。
近くの壁を蹴って、デスコーピオンの上の天井へと至ると更に蹴りとばし、勢いを付けて彼方側の時と同じく性格に奴の甲殻と甲殻の隙間を狙いクリスタリンを突き刺してやる。
尻尾は半ばで切られ、鋏を揮うには体躯の構造上から卦韻に届かない。
ビクンビクンと痙攣してはいるが、死に体なデスコーピオンは軈て動かなくなっていた。
〔おおおおおっ!〕
〔これこそ、通常のロープレじや味わえないジャイアントキリングだぜ!〕
〔普通ならレベル5にも満たない冒険者が勝てる相手じゃねーぞ!〕
〔こういうのが観たかった!〕
やんややんやと、はしゃぐリスナーからのコメントが流れてくる。
ジャイアントキリングは言い過ぎだったが、従来ならレベル20がフルパーティで挑みたい魔物だ。
「ぐっ!」
矢張り来た、レベルアップの脈動……ドクンドクンと六回。
元々のレベルと合わせてレベル10に至った証明であったと云う。
「ケイン……良かった……」
涙ぐむ美衣奈、デスコーピオンに何か嫌な思い出でも有るのだろうか?
デスコーピオンの死体は魔素に還り、遺されたのはデスコーピオンの甲殻と魔核のみ。
(デスコーピオンの甲殻と魔核……彼方側の時と同じ物が出るとはこれも因果かね?)
量的に卦韻のユニークスキルを使えば、デスコーピオンの甲殻鎧を二個とアクセサリーを二個は確実に製作が可能で、ならばと自身と槍太で甲殻鎧を、アクセサリーは美衣奈と璃亜に渡せば良い。
ゴブリンやコボルトやコックローチやスパイダーなどの魔核は有るのだし、デスコーピオンの甲殻や魔核の換金は無しで良いだろう。
「ケイン、氣導術を使ってたよね?」
「あ、気付いたか」
「貴方の脚にグリーブっぽい形の氣力が見えたから」
あんな状態だったのに存外と目敏い。
〔え、マジに!?〕
〔どんな氣導術?〕
〔俺じゃ見逃しちゃうね〕
矢張り、リスナーは気付いていなかった様だ。
「加速する氣導術“韋駄天”」
〔ああ、それで壁を駆け昇ったり蹴ったりしてのか!〕
〔派手じゃ無い、確かに判らんかったわ〕
〔ってか、何気に便利だよな。攻撃型の倶利伽羅と自己バフの韋駄天とか〕
何しろ感性次第で無限の可能性が有るのだから。
卦韻もこの可能性には気付いているが、精神力と生命力を同時に消耗するのは可成り疲労感を伴う。
恐らく何とかボールの世界の人間みたいな膨大な量の氣を持たないからだろう、氣の量が普通のレベルだからどうしても疲労は蓄積されていく。
「ケイン、今日はイレギュラーが過ぎたみたい。残念だけどもう上がろうか」
「仕方がないな」
「という訳で、ギルドに報告も有るので今日の配信は此処まで。Ha det bra!」
ミスティが笑顔で手を振ると、同時に配信用ドローンのスイッチを切った。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「じょぶじょぶ、大丈夫」
肉体的には兎も角、デスコーピオンとの対峙は精神的に疲弊させたらしい。
「あ、デスコーピオンのドロップと魔核はケインが持ってって良いよ」
「良いのか?」
「実質、斃したのはケインだからね」
気前が良いが、確かにミスティは突風でアシストしただけというのも判る。
「助かるよ」
折角手に入れたのだから、此方側でも正しくユニークスキルが使えるかの検証をしたいのでドロップも魔核も貰えるなら欲しかった。
他の魔物の魔核はミスティが纏めて換金所へ持って行き、デスコーピオンの甲殻と魔核はケインが持ち帰る事を前提にダンジョンから持ち出す算段だ。
「今日の当直の先生に車を出して貰うよ」
「それはアリなのか?」
「街中でそれを引き摺って持ち帰りたい?」
「ごめんだな」
肩を竦めて卦韻は答える。
取り敢えず、鑑定所までは自分で運ばなければならないらしくて、卦韻は『よっこらせ』とばかりに持ち上げた。
「手伝う?」
「大丈夫だから」
幾ら疲労していても女の子にこんな重たい……という程では無いが、流石にこれだけ大きな物を運ばせようとは思えない。
「無理はしなくて良いのに」
美衣奈がクスクスと苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「レベルが一〇に成ったからか、そこそこに腕力や足腰も強くなったから割りと軽く感じるかもな」
「ああ、デスコーピオンを斃したからレベルアップを果たしたんだね」
「まぁね」
「しかも六つもか、デスコーピオンの存在力で。ケインのレベルが低かったからね、私も闘った分の存在力を獲られたからか五に上がったよ」
レベルが一〇に成って所謂、最大HPやMPが上昇している筈だ。
現在の生命力と精神力は減った侭である為に、最大値だけが上がっても今の疲労感は減らない。
今風のRPGなづとは違って、レベルアップをしたからといって回復をしたりはしないのである。
故にか卦韻は現在、結構な随分と疲労感を表情に醸し出していた。
ヒョコヒョコと歩きながら換金所まで行ったら今日も今日とて、奈々歌先生が“鑑定眼”を掛けてカウンターにて待ち構えている。
「こんにちは、今日は早かったみたいですね? って、それはまさか!」
奈々歌先生が鑑定眼をキラッとレンズを輝かせながら、卦韻が重たそうに背中で担いで持ち上げているデスコーピオンを見詰めていた。
「矢っ張りデスコーピオンの甲殻! 初心者用ダンジョンで出たのですか? しかも斃したと! レベル的に有り得ないんですけど!?」
信じていない訳では無い、寧ろ信じているからこそ驚愕をしている。
「魔核も!? 詰まり、ギルドに報告を上げたいという事なのね?」
「はい、奈々歌先生。お願いは出来ますか?」
「勿論、美衣奈さん。こんなイレギュラーは早く報告をしないと。それに北海道の初心者用ダンジョンにもイレギュラーが有ったらしくて」
「北海道! 槍太と璃亜ちゃん?」
「瑠亞さんは良いのか?」
「瑠亞姉さんはランクAだよ? 私達が心配するなんて一〇年早いね」
どうやら、美衣奈は北海道の又従姉妹の事も確り把握してたらしい。
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