第九十話 母の死
卒業式の日、家に帰るとごちそうが並んでいた。
「すっげー!これ、全部母さんが作ったの?」
「ちょっと、はりきりすぎちゃったわ」
笑顔で言うカタリナに、カキも笑顔を見せた。
とても、病に侵されているとは思えないカタリナの表情に態度。きっと、とても無理をしていたのだろう。
「カキが無事に卒業して、明日から戦闘魔術師として仕事をこなしていくんだもの。母さんとても嬉しくって。この日を迎えられてよかったって本当に思うの」
「え、それって、オレが卒業できないかもって思ってたってこと?」
「そういう意味じゃないわ」
この言葉はきっと、自分がカキの卒業まで生きられたことを意味していたのだ。
思えば、その次の日。ブレットの試験を無事に終えて帰って来た日は、カタリナの顔色が悪かった。
「え、ブレットのチーム?教え子なのよ、あの子。母さんが上級戦闘魔術師として、一緒にいろいろ仕事をこなしたの」
それでも、カタリナはいつもと変わらない笑顔をカキに向けていた。
だから、カキは何も言わなかったのだ。たまたま、今日は気分が優れないだけだろうと思って。
だけど、本当は違った。気づいたときに、問いただすべきだったのかもしれない。
一週間ほど経って、いつものように家に帰ったが、いつものようにカタリナが笑顔で、おかえり、と言いに来ることはなかった。
「母さん!」
廊下で、カタリナは倒れていた。
「母さん!しっかりしろ、母さん!」
何度も呼びかけるが、返事はない。あるはずがないのだ。カタリナの体は冷たくなっていたのだから。
それでも、すぐには信じたくなくて、必死に何度も呼びかけた。何度も、何度も。
医者を呼んで、ようやくカタリナが不治の病に侵されていたことを知った。
葬儀は行わなかった。ジョシュアがしようとしなかったし、あまりにも無気力で何もできそうになかったから。
王族の墓地に、カタリナの墓がつくられただけで終わった。
いや、何も終わってはいない。
カタリナの死を受け入れなければ。乗り越えなければ。何も終わったことにはならないのだ。
カキは、カタリナが死んで二日後に家を出ることにした。
「父さん。オレ、家出るから」
あれからずっとカタリナの部屋にいるジョシュアに、カキは声をかけた。
「オレは、母さんのことに気づけなかった自分を恨んでる。でも、それ以上に、父さんを恨んでる。父さんは、オレはもちろん、母さんのことだって大事にしてなかった。オレはずっと、父さんが嫌いだ」
カキは、ずっと思っていたことを口にした。
「今さら、母さんの部屋に籠って何になるんだ?母さんはもういない。今さら、大事にしようとしてんじゃねぇよ・・・!父さんがもっと大事にしてたら、母さんは話してくれたんじゃないか?」
全部、全部、カキの本心だ。
すべてを言いきったカキは、自分が育ってきた家を出ていった。
「頼む!」
カキは、ビトの家の玄関でビトに頼み込んでた。
「何でうちなんだよ。お前、王族だろ?親族で誰かいるだろ、ほかに」
「親族んとこなんか、家を出たことにならないだろ?父さんに会ったりしても嫌だし」
「にしても、何でうちなんだよ。ほかにも宛はあるだろ?」
「お前しかいねぇんだって!お前なら付き合いも長いし、オレに同情なんかしないだろ?」
カキは必死にビトに訴えた。
「いいじゃないか、ビト。カキ、うちは大歓迎だよ」
カキとビトが言い争っていると、ビトの母、フィデリア・ヘニングがやって来た。
金色の髪を後ろで束ねた、姉御肌な人だ。怒るとすごく怖い。
「カタリナは同期でね。仲良くしてたんだ。ジョシュアとは、私はあまり相容れなかったけど」
カタリナの子供ならと、フィデリアはカキを歓迎してくれた。
こうして、カキはビトの家で世話になることになったのだ。
世話になる条件として、自分のことは何でもすること。それから、遠慮しないこと。この二つを守れとフィデリアに約束させられた。
カキの新たな生活は、こうして幕を開けたのだ。




