第50話:絶望の鉄杭
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# 第50話:絶望の鉄杭
**ドスッ……ズドアンッ!!!!!!!**
爆音とともに火薬と高圧蒸気が爆ぜ、肉と骨を泥のように打ち砕く絶望の鉄杭が解き放たれた――。
「しまっ――」
アルの眼球が収縮する。死が、コンマ数秒の速度で胸腔を穿ちに来る。
――その、瞬間だった。
**ドガァアアンッ!!!!!!!!**
地下水道の厚いレンガ壁が、内側から爆破されたかのように破砕した。
飛び散る粉塵と瓦礫の嵐を破り、巨大な黒影が雪崩のように割り込む。
「ぬぁああっ!!」
肉と骨の質量塊――ダインだ。
ダインは巨躯ごとボルツの右腕へと死角から体当たりを叩き込んだ。
ガキィンッ! と、火花を散らしてパイルバンカーの太い砲身が強引に跳ね上げられる。放たれた鉄杭は、アルの肩先数ミリをかすめ、背後の石造天井を爆音とともに粉砕・落盤させた。
「……ダイン……!」
「喋るな、死にぞこない。……後ろへ下がっていろ」
ダインはアルの襟首を掴むと、荒っぽく後方へ投げ飛ばした。受け止めたのは、白衣を泥で汚したエレノアだ。即座にポーションの瓶を叩き割り、アルの痛んだ喉奥へ流し込む。
「生きてる!? アルさん!」
「……なんとか……な。だが気をつけろ、あの野郎の右目……物理攻撃を全部そのまま跳ね返しやがる……ッ!」
アルの忠告と同時に、黒鋼の自動人形――ボルツが、ギチギチと首の関節を旋回させた。
『――障害物・追加。……排除プライオリティを変更――』
冷酷な機械声とともに、ボルツの胸部から再び不気味な黒い重力波が放射される。
**『――吸引グラビティ――』**
「ぐッ……!」
空間が歪み、ダインの巨躯が強引に前へ引きずり出される。
逃げ場を消されたゼロ距離。ボルツの右腕が金属音を上げて変形し、撃ち終えたばかりのパイルバンカーへ次弾の火薬が急速装填された。
**シュウウウウウウッ!!**
高熱の蒸気が吹き出し、真っ赤に灼熱した鉄杭が再セットされる。
「来い……ッ! **【オーバードライブ・インパクト】**!!」
ダインは回避を捨て、渾身の魔力を右拳に集約させて真っ向から激突させた。
**ズゴォオオオンッ!!!!!!!!**
衝撃波が地下水道の濁水を津波のように跳ね上げる。
パイルバンカーの穿孔力と、ダインの拳圧が正面衝突した。だが――瞬間、ボルツの右目の単眼が真っ赤に発光する。
**【物理反射】。**
「ぐあぁあッ!?」
ダインの放った凄まじい破壊力が、そのまま100%の威力となってダイン自身の腕骨と筋肉へ叩き返された。ミシッ、と不吉な骨鳴りが響き、衝撃でダインの巨躯が数メートル後方へ吹き飛ばされる。
「ダイン様!!」
リノが叫び、すかさずボウガンから氷の矢を連射する。矢は足元を凍りつかせ、ボルツの動線を一瞬封じた。
「スネア、足だ!」
「合点がいったでやんす!」
影から跳躍したスネアが、無防備なボルツの足首へ向けて数本の投げナイフを閃かせた。しかし――。
**ハギィンッ!**
足元に刺さる寸前、再び右目が赤く発光し、ナイフは不自然な軌道を描いて弾き返された。
「ちっ……足元だろうと何だろうと、物理攻撃なら全身どこでも反射しやがるでやんすか!」
舌を巻くスネア。ダインは膝をつき、肩で荒い息を吐き出しながら、血の混じった唾を床に吐き捨てた。
「ふぅ……ッ……【痛覚耐性】があっても……威力が丸々跳ね返ってくると、効くなぁ……ッ」
打撃は通らない。距離を取れば引き寄せられ、近接戦を挑めばパイルバンカーの破砕力と物理反射で己の肉体が内側から崩壊する。
完璧な、詰み(チェックメイト)の構造。
だが――絶望的な防戦の中、後方で観察していたエレノアの瞳が、ペストマスクの奥で鋭く見開かれた。
(待って……! スネアのナイフやダインさんの拳には右目が即座に反応して発光したわ。でも……さっきリノちゃんが足元を凍らせた時……右目は**発光していなかった**……!)
エレノアの脳内で、科学者としての思考回路が超高速で組み上がっていく。
(あのアーティファクトは『物理的な運動エネルギーの衝突』を認識して反射している……! だけど、熱量を奪うだけの『冷気現象』や『急速な温度変化』までは、攻撃として認識できていないのよ!)
「ダインさん、聞こえる!? あの怪物の右目は、物理的な衝撃しか反射できないわ! 運動エネルギーを持たない『温度変化』なら、反射のバリアを素通りする!!」
「なに……!?」
「パイルバンカーを撃たせるのよ! 杭が突き出たその0.1秒の瞬間を狙うの!!」
エレノアの叫びの意図を、ダインとリノは瞬時に理解した。
「……へっ、そいつは面白ぇアイデアだ」
ダインが凶悪な笑みを浮かべ、再び立ち上がる。
『――排除シーケンス。……最大威力出力――』
ボルツの右腕が火花を散らし、圧縮された爆発エネルギーが極限まで高まる。
**『――死を(オーバーキル)――』**
**ドッ……ズドアンッ!!!!!!!**
三度、解き放たれた一撃必殺の鉄杭。
「ぬおあああああッ!!」
ダインは正面から突き出された高熱の鉄杭を、己の両腕で骨が砕ける勢いで力任せに挟み込み、固定した!
ガチィンッ!!と、凄まじい摩擦熱と火花が散る。
杭はダインの胸板まで数センチのところで強引に止められた。だが、撃ち出された鉄杭は、本体のシリンダー内部と物理的に直接繋がっている無防備な構造体だ。
「逃がすかよ……! 今だ、リノ!!」
「――『絶対零度』!!」
ダインの叫びに合わせ、控えていたリノが両手を突き出した。
**パキキキキキキンッ――――――――!!**
極冷気の嵐が、突き出た鉄杭とシリンダーの隙間へ一気に叩き込まれた。
真っ赤に赤熱していた鉄杭と、内部の駆動パーツ。その熱量を一瞬で根こそぎ奪い去る、超低温の現象。
パキッ……パキキッ……!
駆動シリンダー内部の潤滑油と金属パーツが一瞬で凍結・膨張し、カチコチの氷漬けとなって完全に固着した。
『――警報。……射出機構、急速凍結。……復元シーケンス――』
ボルツが杭を引き戻そうとシリンダーを逆回転させようとする。だが、凍りついた鉄杭は一ミリたりとも動かない。
最大火力を放ち、杭を突き出したまま固着した――**究極の無防備な姿**。
『――警告。……射出機構、過度凍結。駆動出力低下……復元不能――』
ボルツが杭を引き戻そうと、シリンダーをガガガッ!と不気味な駆動音とともに激しく空回転させる。だが、過急冷によって固着した鉄杭は一ミリたりとも動かない。
単眼の赤いレンズがエラーの警告で激しく点滅し、最大火力を放ったまま無防備に固定された――**絶対の死角**。
そのエラーを吐き出す機械の眼前に、ダインが血濡れの右拳を固く、固く握りしめた。
「お前のその自慢の右目は……内側からの衝撃には耐えられるかなぁッ!?」
外部からの物理攻撃は、右目のバリアが跳ね返す。
だが――**「自分自身の体の一部(突き出た杭)」を介して、内部へ叩き込まれる物理衝撃**まで、右目のバリアはカバーできない!
**「吹き飛べぇぇぇぇええええッ!!【オーバードライブ・インパクト】――――ッ!!!!」**
**ドドォオオオンッ!!!!!!!!**
ダインの渾身の拳が、凍りついてガラスのように脆くなった鉄杭の先端へ炸裂した。
衝撃波は凍結した杭を破砕しながら、密着したシリンダー内部へ向けて逃げ場なく一直線に逆流。
**メリメリメリ……バリバリバリバリッ!!**
「『ガハ……ッ!?!?』」
ボルツの体内から、断末魔のような金属破砕音が響いた。
外側からは傷一つつけられなかった漆黒のアーティファクト。それが、内側から伝波した巨大な衝撃波によって耐えきれなくなり、内部機構から粉々に爆砕を始めたのだ。
右目の単眼アーティファクトが激しい火花を散らして破裂し、黒鋼の右腕が内側からの圧力に耐えかねて炸裂・飛散する。
『――個体機能……回復不能……停止……――』
青い魔力ラインが次々と途切れ、半機械の巨躯がドスンと石畳の上へ崩れ落ちた。
「……ふぅ……」
ダインは肩で息をつき、ダラリと下がった己の右腕を擦った。
「やったでやんす……! 不壊のアーティファクトを内部からブチ壊したでやんす!」
スネアが感嘆の声を上げる。アルも壁に背を預けたまま、呆れたように苦笑した。
「相変わらず無茶苦茶な野郎だぜ……」
「無茶苦茶なのは貴方たち全員よ……」
エレノアが脱力したように溜息をつき、ポーションの空き瓶をポケットに仕舞い直した。
静寂が戻った地下水道。
―—―――――――
◇
破裂したアーティファクトの隙間から黒煙が立ち上り、黒鋼の外装がガラガラと崩れ落ちていく。その衝撃で、顔面を覆っていた機械の兜が半ば砕け散り、中の生身の素顔が露出した。
「ふぅ……」
ダインは肩で息をつきながら、足元に倒れる男の顔へ視線を落とした。
露わになったのは、無残に右目を潰され、顔中に痛々しい術式の縫い目が走る――見覚えのあるハゲ頭の男の顔。
ダインは鉄仮面の奥で瞳を細め、記憶の糸を手繰り寄せた。
「……ん? コイツ……どこかで見覚えがあるな……」
「……へ? なにか言ったでやんすか、ダインの旦那?」
短剣の血糊を払っていたスネアが不審そうに振り返る。ダインは男の顔を二度見し、思わず低い声を漏らした。
「……あの時の……盗賊か……!?」
「あ?」
「メルカティの街に来る前……街道でザンギエットの馬車を襲ってきた、あのハゲの野盗の頭だ。……なんでコイツが、こんな姿に……?」
ダインの言葉に、大剣に体重を預けて息を整えていたアルが、ゆっくりと視線を落とした。
ボロボロに破壊された機械の右腕と、肉体に食い込んだアーティファクトの接合部。それらを冷たい目で見つめながら、アルは自らの黒頭巾をぐっと押し上げ、乾いた声でポツリと呟いた。
「あぁ……。どうやら**人間やめさせられちまったみてぇだな……**」
「……人間を……やめさせられた……?」
ペストマスクの奥でエレノアが息を呑む。アルは深く溜息を吐き、吐き捨てるように言葉を継いだ。
「スラムで金を借りて首が回らなくなった奴や、俺たちみたいな訳ありの冒険者……それだけじゃねぇ。手下の野盗や使い捨ての駒まで、用が済んだらこうやって実験材料として刻んで、縫い合わせてやがったんだよ」
「……胸糞悪いにもほどがあるでやんすね……」
スネアがピエロ面の奥で、ギリッと激しく奥歯を噛み締めた。
ふと視線を周りに巡らせれば、水が引き切った地下水道の暗がりには、凄惨な『死の痕跡』が累々と広がっていた。
アルが一閃のもとに縦真っ二つに叩き斬った巨大なシャドウオルカの肉塊。首を跳ね飛ばされ、黒い血を撒き散らして転がるマーマンキメラたちの異形。その引き裂かれた肉の合間からは、埋め込まれた人造アーティファクトの破片や、歪んだ「人間の顔」の残骸が覗いている。
アルがたった一人で暗黒の底へ引きずり込まれ、どれほどの地獄を死に物狂いで切り開いて合流したのか――。
ダインは転がる死骸を一瞥し、鉄仮面の奥で静かに息を吐いた。言葉には出さずとも、互いの背中を預け合う男たちの間に、重々しい沈黙と絆が通い合う。
ダインは固く拳を握りしめ、沈黙するボルツの死骸から視線を切ると、その奥を見据えた。
「……行くぞ。」
ボルツの死骸を越えたその先――。
そこには、今までとは比べものにならない重厚な黒鋼の二重扉がそびえ立っていた。
扉の隙間から漂ってくるのは、ツンと鼻を突く濃厚な薬品の異臭と、かすかな呻き声。
ダインは鉄仮面の奥から鋭い眼光を放ち、扉の取っ手へ太い手をかけた。
「……カインとミラは、この奥だ」
奪還の決戦が、ついに本丸へと足を踏み入れようとしていた。




