第43話:カメラの眼と、暴食の旋風
---
### 43話:カメラの眼と、暴食の旋風
闇。
どこまでも重く、静まり返った漆黒の空間。
やがて——カチ、と魔力回路が繋がる音とともに、無数の光が灯る。
頭上に輝く豪奢な巨大シャンデリア。
テーブルに溢れんばかりに並べられた極上の酒と、焼き立ての肉料理。
煌びやかな衣装に身を包み、狐や鳥の不気味な仮面をつけた貴族や富豪たち。
壁を覆い尽くす巨大な魔導具の映像機。
下品な笑い声。
けたたましい歓声。
負けた者の怒号。
激しく飛び交う金貨と賭け金。
そこは闘技場でも劇場でもない。
人間の醜悪な欲望と悪意を煮詰め、ただ『誰かの惨めな死』を眺めるためだけに造られた暗黒の娯楽施設——ヴォルペファミリーのVIP専用配信サロン。
スポットライトが一筋、円形のステージを射抜く。
そこへ、一人の男が躍り出た。
真っ赤な燕尾服。
派手なシルクハット。
大げさな身振りと、腹の底から響く胡散臭い声。
「さぁさぁさぁさぁああああああッ!!」
一瞬で観客席が湧き上がる。
男は両腕を大きく広げ、客席を見回した。
「世界中の高尚な趣味をお持ちのクソ野郎どもッ!!」
ドッと湧く歓声。爆笑。口笛。
乾杯の酒瓶が打ち鳴らされる。
「今宵もやって参りましたァ!! ヴォルペ・ファミリー特別公演!!」
「死と絶望と狂気を皆様へお届けする——『地下実験場サバイバルショォォォォォォッ!!』」
大歓声。狂気のような拍手がサロンを揺らす。
「司会はわたくし!!」
男は派手にシルクハットを脱ぎ、観客席へ深々と一礼した。
「マーガリント・ホウサンがお届けいたしますッ!!」
男の合図とともに、後方の巨大な魔導スクリーンが青く輝いた。
画面に映し出されたのは、ドブ臭い地下水道の入口。
漆黒のマントに鉄仮面を被った、あまりにも巨大な男——ダイン。
その隣には、狐面の少女リノ。
怪盗マントのアルと、ピエロ面のスネア。
そしてペストマスクをつけた女医師エレノア。
「今宵の特別ゲストは実に豪華ッ!!」
「鉄仮面の大男!!オーガと思われる怪物ッ!!」
「金なし!未来なし!バカな冒険者どもッ!!」
「そして地下の真実に近づきすぎた愚か者達ッ!!」
「果たして彼らは何分生き残れるのかァ!!」
画面を見た客席がざわざわと沸き立つ。
『オーガってあの巨漢か?』
『おいおい、本当に人間かよ。魔物かキメラの間違いだろ?』
『それか半魔人か……?魔族の生き残りか? どちらにせよデカすぎるな』
『まあ正体なんてどうでもいい、早くあのキメラに喰われるところを見せろ!』
『おい、賭けようぜ!!』
各テーブルの魔導パネルが光り、馬鹿げた賭け項目が次々と並べられていく。
「おっとおお!?」
マーガリントが甲高い声を上げて叫ぶ。
「早くも人気はリノ選手に集中ッ!!」
「やはり異種族美少女枠は強いッ!! 『最初に誰が死ぬか』の死亡予想、堂々の第1位でございます!!」
ドッと沸き起こる客席の大爆笑。
——
◇
——その足元。
ドブ水が跳ねる地下水道。
自分たちが世界中のVIPに配信され、最悪な興行が始まっていることなど、ダインたちは知る由もない。
「青い魔晶石……配信用映像素子ですね。私たちが画面に映っているわ」
ペストマスクの奥からエレノアが警戒声を上げる。
「へっ、気味の悪いカメラだぜ。貴族の豚どもが高見物してやがるのか」
アルが大剣を肩に担ぎ、不敵に笑う。
その直後だった。
グォオオオオオオオオン――――ッ!!
地下水道の奥から、吐き気を催す腐臭と凄まじい水飛沫が跳ね上がった。
暗闇から姿を現したのは、全長5メートルを超える異形の人工合成魔獣だ。
水を弾く分厚いクロコダイルの鱗と強靭な尾。
地を蹴り砕く森の狼の凶悪な顎と俊敏さ。
そして何より、丸太のような極太の双腕と胸部を覆っているのは、ダインにとってひどく見覚えのある骨質装甲——アーマーベアの甲殻だった。
ヴォルペファミリーが地下闘技場や迷宮から集めた魔物の部位を掛け合わせた、特製のキメラである。
『さあ来たぞ!! まずは小手調べの合成魔獣だ!』
『あの狼の機動力とワニの咬合力、そして鋼鉄の熊装甲! 恰好つけた道化どもをミンチにしてしまえ!!』配信画面の向こうで貴族たちが歓声をあげる。
凶暴なキメラは咆哮を上げ、一番巨大なダインの首を狙って、狼の牙とワニの尾を連動させた必殺の跳躍攻撃を仕掛けてきた。
『さあ来たぞ!! 喰い殺せええええっ!!』
画面の向こうで貴族たちが歓声をあげ、賭け金が跳ね上がる。
「キャハハハッ! 来たでやんすよ、一頭目の『お肉』が!」
ピエロ面のスネアが軽口を叩き、アルが大剣を構えようとした、その時。
「……おい」
ダインの鉄仮面の奥から、ひどく低い、だがどこか『ウキウキした』声が漏れた。迫り来るキメラの凶悪な爪と牙。
ダインはそれを避けるどころか、両手を広げてガシィィィンッ!!と正面から強引に受け止めた。
鋼鉄の金庫が閉ざされるような重響。
5メートル級のキメラの突進力がダインの巨躯に直撃したというのに、ダインは岩盤に根を張った大樹の如く、ただの一歩たりとも後ろへ下がらなかった。
否、ただ耐えたのではない。
漆黒のローブの隙間——ダインの太い右腕に刻まれた『龍毒の紋様』が、キメラの凄まじい突進エネルギーを極限まで吸収・蓄積し、眩いばかりの黄金色の光となってバチバチと漏れ出していたのだ。 神スキル【オーバードライブ/インパクト】による、完全なる衝撃の相殺。
「な……ッ!?」
キメラの狼の瞳に、絶対的な「力」の前に直面した明らかな驚愕が浮かぶ。
ダインはキメラの腕を覆うアーマーベアの骨質装甲を撫でながら、ごくり、と深い喉を鳴らした。
「懐かしいな……。この世界に来て一番最初に食ったのが、お前みたいな『装甲持ちの熊』だった。あの時は腹が減ってたのもあるが、脂が乗ってて最高に美味かったんだよ」
キメラが初めて『捕食者』を見上げるような本能的な恐怖を感じ、激しく身体をよじって逃げようともがく。
だが、ダインの極太の腕はすでに万力の如くキメラの首と胴体を完全にロックし、ミリ単位すら動くことを許さなかった。
「最近は硬い魔素や骨ばっかり食ってたからな。……ちょうど、あの時の濃厚な赤身肉の味が恋しかったところだ」
ダインは鉄仮面の隙間から覗く口元を凶悪な三日月型に歪め、神スキル【暴食変異】の絶対的捕食機関を全開にした。
「いただきます」
ガブウッ!!!!!
「「「「「ギャンオアアアアアアッ!?!?!?」」」」」
地下水道に、断末魔の悲痛な叫びをあげたのは魔物の方だった。
バキィッ、ゴシャァッ!
ダインは鉄仮面の開いた口から、キメラの分厚い熊装甲ごと肩口へダイレクトに喰らいつき、その巨肉を骨ごとバリバリと噛みちぎり、血飛沫を上げながらそのままゴックンと飲み込んだ。
「ダ、ダイン様!? そいつは人工のキメラです! どんな猛毒や病原菌があるか!!」
ペストマスクの奥でエレノアが顔を蒼白にして悲鳴を上げる。
「……大丈夫だ。ワニの泥臭さはあるが、熊の脂の甘みと狼の引き締まった筋肉が見事に調和してる。人工物にしては、なかなかどうしていい味出してるぞ」
モグモグと豪快に咀嚼しながら、ダインはさらにキメラの胴体へ喰らいつく。
肉を引き裂き、骨を噛み砕く凄まじい捕食音が、静まり返った地下水道に響き渡った。
ダインの脳裏に、無機質なシステム音声が響き渡る。
『——条件を満たしました』
『【暴食変異】により、試作型キメラ・バイパーの細胞情報を適応・統合します』
『新規スキル【合成劇毒耐性】を獲得しました』
『既存スキル【毒耐性】のレベルが上昇しました』
『既存スキル【甲殻粉砕の顎】のレベルが上昇しました』
(よしよし、人工の合成獣でもちゃんとスキルや耐性が貰えるんだな。こいつは美味い上に実入りがいいぜ)
鉄仮面の奥で、ダインは上機嫌に目を細めた。
——画面の向こう。
狂喜のどん底で沸き立っていた貴族たちのサロンの歓声が、不自然なほどピタリと止んだ。
カシャン……。
誰かの手から滑り落ちたクリスタルグラスが、大理石の床で砕け散る音だけが異様に響く。
『……は……?』
『な……何が起きてるんだ……?』
ステージ上で大げさなポーズをとっていた司会のマーガリントも、口を半開きにしたまま、シルクハットを落として完全に石化していた。
画面の中で繰り広げられているのは、人間がキメラに無惨に喰われる見慣れた惨劇ではない。
『正体不明の謎の巨漢が、彼らの自慢の新作キメラを骨ごと美味そうに完食している』という、常識も理解も及ばない地獄のホラー映像だった。
『ひ、キメラの試作品が……生きたまま喰われて……!?』
『あいつは何なんだ!? どのギルドのデータベースにもあんな怪物載ってないぞ!!』
『誰だか分からんが、変装して潜み込んできた暗黒街の超ヤバい怪物だああああ!!』
安全圏の優越感は一瞬にして粉砕された。
VIPサロンは大混乱のパニックに陥り、血に飢えた狂喜のショーは、たった数十秒で「底知れぬ恐怖」へと叩き落とされたのだった。
——
◇
一方、現場では——。
最初のキメラを皮切りに、水路の奥から雪崩れ込んできた『マーマン型キメラ』や、天井から触手を伸ばす『食人植物マンドレイク』の群れを、5人はすでに完膚なきまでに殲滅していた。
「ふぅ……腹五分目ってところか」
血の泡を吐いて崩れ去ったキメラたちの死骸の山の上で、ダインは口元の肉片と血を乱暴に拭い、鉄仮面の奥から鋭い眼光を光らせた。
横では、エレノアがペストマスクのくちばしを震える手で押さえながら、
「嘘でしょ……魔物をそのまま食べるなんて……それに、あんな人型のマーマンまで……っ!」
と絶句。耐えきれなくなったのか、ペストマスクを口元まで素早く捲り上げると、壁に手をついてその場に激しく嘔吐していた。まともな倫理観を持つ医師として、眼前で繰り広げられた光景はあまりにも劇薬すぎたのだ。
対照的に、リノは爛々と目を輝かせ、
「流石はダイン様! 主菜・副菜を取り入れ、お肉のタンパク質だけでなくマンドレイクのお野菜もしっかり摂取されていて理想的です! 本当にお見事な食生活でございます♡」
と、周囲の惨状など視界に入っていない様子で一人だけうっとりと両手を合わせている。
「……リノ、マンドレイクは野菜の範疇なのか?」
「ダイン様の糧となった時点で、立派な緑黄色野菜でございます!」
「そ、そうか……」
胃袋の中で消化されていく植物の繊維感を覚えつつ、ダインは内心で引きつった冷や汗を流す。
「へっ、貴族の豚どもも今頃腰を抜かして泡吹いてるだろうぜ」
アルが大剣にこびりついた緑色の体液をバシャリと濁水へ振り払い、怪盗マスクの奥で不敵に口元を吊り上げた。
ダインは地下水道のさらに深く——下水の不快な臭いに混じる、鼻を刺すような不気味な薬品の匂いと、カイン・ミラの囚われている『本丸の実験場』へと向けて重い足音を響かせた。
「行くぞ。……次はヴォルペの豚どもを喰い散らかす番だ」
そう言い放つと、ダインは壁の随所で怪しく青光りしている『魔晶石の目球』——安全な高見の見物を気取っている配信カメラを真正面からギロリと睨みつけた。
そして。
口の中に飴玉のように転がしていた、噛み砕き残りのキメラの硬い肋骨。
それを舌先で前歯の裏へとセットすると、まるで吹き矢のように両頬を大きく膨らませ——
ブッッッ! と凄まじい肺活量で音速の息を吐き出した。
バチィィィィィンッ!!!!
空気を切り裂いて放たれた骨片の弾丸が、青い魔晶石カメラのど真ん中を寸分の狂いもなく粉砕。
火花を散らしてショートした映像素子の向こう——VIPサロンの大画面スクリーンが、耳障りなノイズとともに一瞬で真っ暗な闇へとブラックアウトした。




