第41話:診療所の決意と、咆哮
#第41話--診療所の決意と、咆哮
――ふと、浅い眠りの境界線を揺り動かされ、男はゆっくりと瞼を開いた。
視界に飛び込んできたのは、ひび割れた白い天井と、煤けたランプの影。 待合室の長椅子に深く背を預け、頭の後ろに腕を組んで寝転がっていたアルが、小さく息を吐き出しながら上体を起こした。
重厚な足音とともに診療所の扉が開き、モーレッツ商会から戻ったダインとリノが室内へ足を踏み入れる。
「珍しいな、一人か?」
ダインが周囲を見回しながら問いかけると、アルは金髪を雑に掻き揚げながら、口元に薄い笑みを浮かべた。
「チビ助ならなんか用事があるって言って、屋台市の方に行っちまったよ。ま、そのうち帰ってくるだろ」
アルがそう言い終えるか言い終えないかのタイミングで、診療所の扉がカラリンと呑気な音を立てて開いた。
「やあやあ、みなさんおそろいで! いやあ、屋台市で買った串焼きが美味くてついつい寄り道しちゃったでやんす〜」
語尾に「でやんす」をつけた軽薄な声とともに、スネアが何食わぬ顔で安物の干し肉の袋をぶら下げて入ってくる。
全員が揃ったところで、ダインはモーレッツから引きずり出した書状と暗号手帳を、重々しく木机の上に叩きつけた。
「――モーレッツの奴から吐かせた、地下水道の違法実験の全貌だ。胸糞悪いなんてもんじゃねぇぞ」
ダインの重厚な声に、待合室の空気が氷のように張り詰める。
「まず、俺たちが地下水道で倒した『腐食の蛇竜』……
あれは本物の魔物じゃない。ヴォルペファミリーが人工的に造り出した**『制御可能な合成魔獣の試作品』**だ。
そして奴らは、金を返せない底辺冒険者を
『高額な地下の魔物駆除バイト』の裏クエスト名目で集め、
定期的にあの地下水道へ投げ込んでいる」
「魔物…駆除バイト……? じゃあ、その冒険者たちは……」
エレノアの問いに、リノがアイスピックのように冷ややかな声で言葉を継いだ。
「駆除などではありません。冒険者たちは、人工キメラの
実戦データを取るための**『生き餌』**です。
毒の効き目や殺傷能力を測るため、
逃げ場のない地下で喰わせているのです。
生きて帰す気など最初からありません…
…借金の帳消しと口封じを兼ねた人身売買です」
「それだけじゃねぇ」と、
ダインが不気味に目を細める。
「奴らはその凄惨な殺戮劇を、魔晶石を使って映像に収め……
**各国の最上位貴族や権力者どもへライブ配信し、
賭け試合として興行を行っている**。
商品のPRと賭け金の吸い上げを同時にやってるんだ」
「中々エグイ事を考えやがる……コロシアムじゃあ出来ねぇリアルタイム脱出劇も兼ねてやがるのか、まったく恐ろしいねぇ、ガチの商売屋ってのは。」
アルが顔から完全に軽薄さを消し、殺気を孕んだ低い声を漏らす。
「さらにエグいのはその先だ」 ダインは手帳のページをめくり、
淡々と惨状を読み上げた。
「運良く生き残った冒険者でも、ヴォルペに従わなければ回収される。……待っているのは、ヴォルペファミリーの軍門に下れば幹部候補として
徴用される。
**体内からスキルを削ぎ落としてアーティファクトの合成素材にする『スキル抽出』**か、
無認可薬物の投与、キメラと人間の合成、果ては
**魔物やキメラの種を孕ませる人体実験の被験者**としての幽閉だ。
カインとミラも……その生体実験の犠牲になっている」
「カインとミラが……!?」
エレノアが息を呑む。ダインは苦々しく吐き捨てた。
「カインはすでにスキルを根こそぎ奪われてアーティファクトへ変えられ、薬物で廃人と化している。次はキメラと融合させて『人造魔人』にする計画だ。
そしてミラは……任意で亜人種を生成するための、キメラ受胎実験の素体として拘束されている……」
「……ッ!!」
エレノアはあまりのむごさに両手で口を覆い、激しい憤りから身体を震わせた。
闇金融で大人を破滅させて実験体にし、
残された子供は奴隷として売る。
搾り取ったスキルや異形兵器をVIP貴族へ売りさばく
――底辺層の借金など余裕で回収できる、血と狂気のパーフェクトなビジネスシステム。
話を聞き終えたアルは、長椅子の背もたれに深く寄りかかり、顎を撫でながらフッと乾いた息を漏らした。
「あまり時間は無いようだな……。
――でも良いのか? 信頼と実績を作って、ヴォルペファミリーとは仲良くしておいた方がお前らの今後のためなんじゃないか?」
元Aランク傭兵らしい、裏社会の現実を見据えたアルの問いかけ。 それに対し、ダインは己の太い腕を組み、重厚な声で静かに返した。
「まぁ確かに。しかし、メルカティで知りたい情報は手に入ったし、
悠長に何年も実績を積む時間も無い。
……別に俺たちは正義感なんか持ち合わせて居ないが、
ここまで聞いてしまった以上は向こうさんも黙っちゃいられないだろう。
それになにより――気にくわねぇ、ぶちかましに行くしかねぇだろ。」
フッと不敵に口角を上げるダイン。その眼光には、理不尽な巨大組織に真っ向から唾を吐きかける魔人としての誇りが宿っていた。
その時だった。
「――ダインさん!!」
飛び出してきた女医師エレノアが、なりふり構わずダインの胸ぐらに掴みかかる勢いで叫んだ。
「貴方を行かせるわけには行きません!! あなた、本当は動けるような状態じゃないのよ!! 龍毒の侵食も、全身の筋肉の負荷も限界を超えてる!! 貴方が今居るべき場所は――**病院だよ!!**」
診療所中に響き渡るエレノアの必死な叫び。 だが、当のダインは巨躯をびくともさせず、どこか他人事のように首を傾げた。
「いや、大丈夫だ。痛みには慣れてきたのか、スキル【痛覚耐性】も覚えた」 「そういう問題じゃないでしょうが!!」
頭を抱えるエレノア。 すると、ダインのすぐ隣にぴったりと寄り添っていたリノが、アイスピックのように鋭い視線をエレノアに向け、心底鬱陶しそうに冷ややかな毒を吐いた。
「……馴れ相しい女ですね。ダイン様の身体のことは私が一番よく理解しています。貴方如きに心配されたくありません」 「なっ……!?」
リノの絶対零度の嫉妬視線に一瞬怯んだエレノアだったが、すぐにぐっと唇を噛み締め、眼鏡の奥の瞳に強い意志を宿らせて言い放った。
「……いいでしょう。では、**私も行きます!**」 「は?」 「こんな重篤な患者を、医者として放っておけるわけがありません! それに……科学者としても、違法な人体実験を見過ごしておくことはできません!!」
譲らない女医師の覚悟に、ダインは苦笑を漏らし、アルは楽しそうに肩を揺らした。
「やれやれ……決まりだな。地下水道の深部、ヴォルペの実験場へ殴り込むぞ。言っておくが、もう元の暮らしには戻れねぇかも知れないぜ、先生。
――それとスネア、メルカティにはもう居られねぇ、やり残した事はないか?」
問いかけに対して串肉をモグモグと頬張りながらスネアが答える
「最後の晩餐になるかも知れないでやんすから、こいつを食べ終わるまで待ってくれたらそれで充分でやんすよ。」
「ったく、お前ってやつは…」
覚悟の問いかけのつもりだったが、いつも通りの剽軽なスネアに呆気にとられつつも、自分自身を鼓舞するべくアルは自分の頬を両手でバシンと叩いた。
「うっしゃ!!鬼が出るか蛇が出るか…殴り込みと行こうぜ」
「蛇は確実に出そうでやんすねぇ」
奪還と崩壊のカウントダウンが、今まさに刻まれようとしていた。




