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第39話:二つの追及と重なる足跡


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### 第39話:二つの追及と重なる足跡


「……ダイン様。少し、よろしいでしょうか?」


診療所の奥、くたびれた麻のパーテーションで区切られた診察用ベッドの傍ら。

エレノアが消毒液で清めたガラス管と細い注射針をトレーに準備している背後から、低く落ちついた声が響いた。

室内の気温が数度下がったかと錯覚するほどの、感情を一切削ぎ落とした氷点下の声色だ。


「……ん? どうした、リノ」

「解呪の調査のため、血液を採取する……それ自体に異論はございません。ですが」


リノはダインの傍らで小さく腕を組み、絶対零度の視線をエレノアの白衣の背中へと一直線に突き刺していた。


「なぜ、その……“別の女”に、ダイン様の尊いお肌へ直に触れさせねばならないのですか?」

「いや、解呪や解毒の専門知識があるのはエレノアだけだしな。採血くらいは仕方のない工程だろう」

「わたくしが針を刺します。位置や深さのご指導なら、その女が横から口を出せば済むことですわ!」

「リノちゃん、素人に採血は無理よ……」


呆れたように小さく溜息をつくエレノアに対し、リノは威嚇する小動物のように、だがその実、蛇のように冷酷な眼光で睨みつけた。


「……いいですか、ダイン様。終わりましたら、後ほどわたくしの手で、細胞の一位に至るまで念入りに、綺麗に拭き上げさせていただきますからね……♡

血液を抜き出す事がご所望でしたらその1滴まで絞り出して差し上げますのに…」


(……ヤバい。これは冗談抜きで、完全に怒らせたぞ……)


ダイン(山田)は背筋に嫌な冷や汗をかきながら、ただ無言で大人しく腕を差し出すことしかできなかった。

ここでヘタに弁明の口を開けば、火に油を注ぐだけだ。こうしてダインは、極力の「沈黙と冷や汗」を決め込むこととなった。


診療所をあとにした一行は、目的のために二手に分かれる。

アルとスネアはスラム街の奥深くにある闇金融へ。ダインとリノは、ジゼルから預かった紹介状を携え、メルカティの表通りに面したヴォルペ商会の傘下組織へと向かった。


◇


スラム街の最もジメジメとした路地裏に佇む、看板すら出していない薄暗い金融屋の事務所。

バン! と勢いよく扉を叩き割らんばかりの音を立てて駆け込んだのは、青ざめた表情のアルだった。


「頼む、親父さん! 俺たちを助けてくれ!!」

「……あぁ? なんだねあんたら、朝っぱらから騒々しい」


乱雑に書類が積み上げられたデスクに脚を投げ出していた、強欲そうな小太りの男が、不機嫌そうに紫煙を吐き出した。

アルはなりふり構わずデスクに両手を突き、額に汗を浮かべながら切羽詰まった表情(※半分本気)で叫んだ。


「明日が……明日が貸金の支払い期限なんだ! 冒険者ギルドからの過去の違約金の督促も重なっちまって、このままだと俺たち、マジで奴隷市に叩き売られちまう! なんでもやる、どんな汚い仕事でもいい! すぐにまとまった金になる仕事を紹介してくれ!」


その背後に立つスネアも、無言のまま影のある冷ややかな表情で俯いている。

(単にアルの大根芝居に付き合わされて「何やってんだこのバカは」と呆れているだけなのだが、その陰惨な空気感が絶妙な説得力を出していた)。


金融屋の男は、じろりと二人を頭から足先まで舐め回すように品定めすると、ニヤリと下品な濁った笑みを浮かべた。


「……へへっ、切羽詰まってやがるな。いいカモ……いや、威勢のいい冒険者さんだ。

実はな、昨日も似たような駆け出しの若造どもが泣きついてきてな。

ぴったりな最高のバイトを紹介してやったところなんだよ」


「本当か!? どんな仕事だ、教えてくれ!」


「地下水道の奥での『簡単な荷物の運搬と見張り』だ。普通のギルドじゃ扱わねぇ高額報酬の案件でね。……ただ、無事に戻ってこられる保障はねぇがな? 行く気があるってんなら、案内人に渡す紹介状を書いてやるぜ……」


アルとスネアは、一瞬だけ視線を交わした。

カインとミラが引っかかった「罠の入り口」が、完全にその牙を剥いた瞬間だった。


◇


一方、メルカティの賑やかな貿易区に佇む、ヴォルペ商会傘下の豪奢なビル。

重厚な革張りソファに腰掛ける支配人は、シルクのハンカチで額から滲み出る冷や汗を幾度も拭っていた。


目の前の対面に座る二人から放たれる「異様な圧力」に、生きた心地がしなかったのだ。


暗殺者ギルド『黒の回廊』の筆頭・ジゼルの紹介状を持って現れたのは、部屋の天井に届きそうなほど屈強で巨大な男(ダイン)と、その傍らで腕を組み、冷ややかな視線を注ぐ少女(リノ)。


巨漢の男(ダイン)は、応接室に通されてからというもの一切の口を開かない。ただ鋭い光を宿した瞳で、じっとこちらを射殺さんばかりに見つめている。


(な、なんだこの大男は……! 一言も喋らん……隙が一切ない。幾多の修羅場を潜り抜けてきた本物の処刑人(パニッシャー)の佇まいだ……!)


ダインとしては(リノがまだ激怒しているから余計なことを言って刺激しないでおこう)と冷や汗をかいて縮み上がっているだけなのだが、支配人にはそれが「底知れない冷徹さと重厚な威圧感」に見えていた。


さらに支配人を恐怖させたのは、横に立つ少女(リノ)だ。

リノの絶対零度の瞳と、全身から隠しきれずに漏れ出るピリピリとした不機嫌な殺気。


(ひっ……! あの娘のあの目……! まるで俺の首筋の太い脈拍を品定めしているような殺気だ……! ジゼルめ……俺が裏で進めている『地下の人工ヒュドラ実験』や『裏バイト』に気づいて、本気の刺客を送り込んできやがったか!?)


支配人は心臓の鼓動が跳ね上がるのを必死に抑え込み、喉を鳴らしながらすまし顔を作った。

「……ふ、ふむ。ジゼル様……いや『黒猫の囁き』からの紹介状とお見受けしました。ですがね」


支配人は胸ポケットから出したハンカチで汗を拭うと、自らを奮い立たせるように背筋を伸ばした。

裏社会の海千山千の悪党どもと幾度も修羅場を潜り抜け、

渡り合ってきたという自負がある。

ほんの一瞬でも、目の前の大男と少女の雰囲気に気圧された

自分が激しく恥ずかしかったのだ。


支配人は意図的に高圧的な態度を取り、せせら笑うように鼻を鳴らした。


「いくらあのジゼル様の推薦とはいえ

『霊峰ヴァルザードへの通行証』の発行となると話は別です。

我が商会への『貢献』と『実績』、何より『信頼』が足りません。

紹介状一枚で発行できるほど、甘いものではないのですよ……」

くるりと身を翻し、わざとらしく窓の外の日差しを睨みながら執事が

先ほど応接室に届けたまだ熱いお茶で喉を潤し、

余裕と圧倒的立場の差を見せつけ、

さらに演技がかった口調で畳みかける。

ゆっくりと身体を怪しい大男と対照的に小柄な少女へ向き直り両手を広げて演説を続ける。

「我々ヴォルペファミリー傘下・モーレッツ商会は、

積み重ねた実績……ひいては、お客様との『信頼』と『親愛』を何よりもモットーとしておりますからね……!」


意気揚々と語り、マウントを取った気でいた支配人の言葉が、そこでピタリと途切れた。


横に立つ少女――リノの顔が、ゆっくりと支配人の方へと向けられたからだ。


(ひっ……!?)


その目は、どこまでも暗く、淀み、底なしのどす黒い殺意のようなものを帯びていた。

支配人の視界に、まるで黒い影のような気配がドロリと流れ込み、自身の喉を締め上げてくるような強烈な錯覚に襲われる。呼吸が……できない。


「……シンアイ……シンアイ……アイ……アイ……アイ……」


俯き加減のリノの薄暗いフードの奥から、小さく、不気味な呟きが漏れていた。

支配人は知る由もない。自分が今、この少女の前で

**最も言ってはならない言葉(愛)**を口にしてしまったということを。


フードの隙間からのぞく瞳は一層暗く、底知れぬ狂気に満ち満ちていた。

その姿を再び直視してしまった瞬間、支配人の脳内で警告音が狂ったように鳴り響く。


(こ、この女……な、なんだ……!? 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!)


今度はまるで、心臓を直接、影のような暗黒の手に鷲掴みにされているかのような理不尽な恐怖が支配人を襲う。


(こ、殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される!! 理屈じゃない、話なんか、言葉なんか通じない……! こ、この女は、普通じゃない……!!)


見えないリノの禍々しい執念と憤怒が、部屋の空気を完全に支配し、男の精神を容易く粉砕していく。


まるで底なしの狂気の沼、永遠の真空、夜の闇に吸い込まれたかのような

恐怖が全身を包み込む。


「ヒッ、ヒュ…ハッ……ゴホッ!!ゴホッ!!コ、コロサ、ナイデェ……!!」


支配人は先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら、まるで父親に叱られて泣きはらした子供のように目に涙を溜め、全身から滝のような汗を吹き出させてガタガタと震え出した。


(……えぇ? なんだこの急な怯えようは……?)


ダインは困惑し、あまりの劇的な変化に眉間にシワを寄せ、目を細めた。

( それにしても、急に命乞いまでし始めてどうしたんだ?)


支配人にはこれが狂気の修羅と冷徹無比な処刑人に

鋭く睨みつけられたように感じた。


(ヒヒィイイイイ!!私が、ぼくが!!何をしたって言うんだ…!!!)


傍らの少女は首を少しだけ傾けフードの隙間からさらに鋭く邪悪な視線を送ってくる。


(話しても殺す、話さなくても殺す…!!そういう目をしでいるぅううう)


「あ、うぅ、ヒュッ、スイ、地下ッ…ああああああ!!!」



支配人には一体どんな凄惨な死を与えられるのか、恐怖で思考が染まり

言わなければいけない事が何なのか、パニックにより言葉が

脳内で渋滞を起こし始めていた


ダインはこれ以上場が荒れないよう、極力低く静かな声で促した。




「……続けろ」


(ひっ……!!)


支配人にはそれが、「これ以上無駄口を叩けば首を飛ばす。知っていることを全て吐け」という冷酷な最終宣告に聞こえた。


「は、はいぃっ! お、お話しします! 全てお話ししますからぁっ!!」


支配人はガクガクと膝を震わせながら、自ら進んで地下水道で行われている

『人工ヒュドラの違法実験』と

『口封じの裏バイト』の全てを白状し始めたのだった――。

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