第30話:等価交換と黒い過去
---
### 第30話:等価交換と黒い過去
激しい戦いが終わり、街道に静寂が戻った。
アルとスネアが空へ向けて合図の狼煙をあげると、そう時間を置かずにメルカティの街道警備部隊が駆けつけてきた。
倒れた野盗たちを引き渡し、アルがなにやら書類に書き込みをして受け取ると、馬車の扉が内側から開き、ガタイのいいムキムキの男が顔を出した。
「皆様!! お疲れ様でした!! ささっ、どうぞ中へ!!」
「よし、入るぞ。スネア、出してくれ」
「へいへい」
スネアが手綱を握って御者台へ登り、山田とリノ、アルの3人は促されるまま馬車の後部へ足を踏み入れた。
だが——馬車の中へ一歩入った瞬間、山田の表情が硬直した。
中に並べられた木箱の隙間。そこに、首輪を嵌められた3人の幼女が、うつむいて膝を抱えるように座り込んでいたのだ。
(……ッ!?)
胸の奥からドロリとした不快感と嫌悪感が込み上げる。山田の鋭い視線に気づいたのか、向かいに腰掛けたアルが気まずそうに鼻を鳴らした。
「……勘違いすんなよ」
「なにがだ? 『俺は正義の味方なんかじゃねぇ』とか、そんな格好いいセリフでも言いたいのか?」
「だから、そうやって突っかかってくんなって言ってんだよ!」
ギスギスとした空気が流れかけたその時、奥から上品な絹の服を着たムキムキの男が割り込んできた。
「いやあ、先ほどはありがとうございました! 御見それいたしました! いやーお強い!! ご武術家の方であらせられますでしょうか! わたくし、トマス商会のザンギエットと申します! 以後、お見知りおきを!」
怒涛の勢いで頭を下げながら、ザンギエットと名乗った商人は薄い紙片——名刺のようなものを差し出してきた。山田はその圧倒的な営業スマイルと勢いに押され、思わずそれを受け取ってしまう。
アルは溜息を吐き、幼女たちに顎をしゃくった。
「この子達は確かに見たまんまの奴隷だ。だがな、何も取って食おうってわけじゃねぇんだよ。そんなに嫌悪感を剥き出しにすんじゃねぇ。トマス商会はこういう買い手のねぇガキを引き取って、読み書きや教養を叩き込んで商人や貴族の小姓に育て上げるんだ。……一口に人買いって言っても、千差万別なんだよ」
「……」
山田は言葉を失った。
かつて日本で暮らしていた頃の社会規範、叩き込まれた道徳観。そして何より、ブラック企業で人扱いされず、まるで奴隷のように使い潰された己の苦い過去。それらが重なり、本能的に拒絶反応を示してしまっていたのだ。
だが、ここは現代日本ではない。この世界には、この世界なりの厳しい現実と生存のためのシステムが存在する。己の見識の狭さを痛感し、山田はそっと目を伏せた。
すると、ザンギエットが自嘲気味な笑みを浮かべて口を開いた。
「いえいえ、ダイン様。我々はどこまでも商人であり、聖人でも慈善事業家でもございません。残念ながら救えなかった子もいれば、買い手が悪趣味なお方で悲惨な末路を迎えた子供たちもおります。決して他人様に誇れるような綺麗な商売ではありませんよ。それに武器も薬も情報も、我々は金になるなら何でも扱います。ですから……ダイン様が抱かれた嫌悪感は、間違いなく正しいのです。我々商人は、醜悪でなくては務まりませんので」
「……ま、俺たちも似たようなものか。生きるためなら死体漁りだってするしな」
山田は苦笑し、頭を切り替えるように話題を変えた。
「それはともかく……さっきのハゲが使っていたアーティファクトとやらは、この世界じゃザラにあるものなのか?」
「いやいや、あんなのはレア中のレアだろ」
アルが腕を組みながら首を振る。
「さっきのハゲはどうやら元傭兵くずれらしいからな。何かヤバい裏ルートでもあったのかも知れん。まるで実験でもしてるみたいな余裕のブチかまし方だったし、性能を試させられてたのかもしれねぇな」
「それにしたって、お二人だけで商人の馬車の護衛なんて、結構無茶ですよね?」
リノが首をかしげながら尋ねた。
「街道警備隊が巡回しているとはいえ、そこまで頻繁というわけでもなさそうですし……」
すると、馬車の外から手綱を握るスネアの呆れ果てた声が飛んできた。
「いやー、実はこっちにも『とんでもなく痛い傭兵崩れ』が居るせいなんすよー」
「おいスネア、余計なことを——」
「雇い主を殴る、酒に酔って暴れる、人妻を口説こうとする、他の傭兵ギルドの会員から借りたアーティファクトを借りパクする……極めつけは昨日のアレっすね。ボッインボインのパッツンパツな魔法使いのお姉ちゃんの尻を触って、彼氏の冒険者が激怒してパーティーごと依頼を降りて帰っちゃった事件ですよ。まったく、頭が痛いでやんす」
「ち、ちがう! アレは向こうが誘ってきたんだって! それにあの彼氏は弟だって言ってたんだよ!!」
アルが顔を真っ赤にして弁明するが、リノは心底軽蔑したような冷たい視線をアルに向け、自分の身体を抱きかかえるようにしてじりじりと後ずさった。
「か、勘違いすんなよガキッ! 女なら誰でも良いわけじゃねぇっての!」
「……あまりリノに怪しい視線を向けないでくれ」
山田がすささっとアルの視界を遮るように立ちふさがる。
「まぁそんな訳で、アル様は現在進行形で傭兵ギルドを懲戒解雇になりまして、冒険者ギルドで一から再起を図っている最中なんでやんすよ」
「クソー……っ! 他人の人生の黒歴史をペラペラ喋るんじゃねぇよ!!」
頭を抱えて頭巾を掻きむしるアル。
(……なるほどな)
山田はどこか遠い目になった。
日本にいた頃の自分も、何度も他人の期待を裏切り、借金を重ねて夜の店やパチンコに溺れた時期があった。年老いた母を泣かせ、親戚縁者からは激しく叱責され、最終的には絶縁された苦い記憶。
(俺もクズだったが……こいつは根っからのダメなヤンキー上がりって感じだな)
ほんの少しの親近感を覚えつつも、「やっぱり自分とは住む世界が違うな」と山田は一人納得していた。
「ゴホン!」
ザンギエットがわざとらしく咳払いをし、場を仕切り直した。
「時に……お話は変わりますが、ダイン様方は何を求めてメルカティへ向かわれておられるのでしょうか?」
鋭い商人の目が山田を捉える。
山田はこの男をどこまで信用してよいものか、一瞬判断に迷った。
その時、隣のリノが身を寄せ、小声で耳打ちしてきた。
(ダイン様。トマス商会は大手商人ギルドに名を連ねる老舗です。確かに、世間に知られていない『龍毒』の情報が漏れれば狙われるリスクはありますが……守秘義務を条件に話してみてはいかがでしょうか?)
リノの冷静な助言を受け、山田は意を決してザンギエットと向き合った。
「……今から話すことは、絶対に内密にしてほしい。それを約束できるなら話そう」
「もちろんでございます。お客様の顧客情報は、たとえ拷問されようとも他言いたしません。それがトマス商会の看板でございます」
ザンギエットが真摯な眼差しで頷く。
山田は深く羽織っていたローブを脱ぎ捨て、上半身の服をたくし上げて背中を彼らに見せつけた。
「「っ!?」」
アルとザンギエットが息を飲んだ。
そこに広げられていたのは、異様な光景だった。
バキバキに割れた外骨格の痕跡。そして、皮膚を薄っすらと覆う黒い龍の鱗。その隙間を縫うように、漆黒のトライバルタトゥーのような怪しい紋様がびっしりと張り巡らされ——まるで生き物のように、ドクドクと不気味に蠢いていた。
「これだ……『龍毒』というものらしい。俺はこの毒の治療法を探している」




