第29話:引かず、媚びず…
第29話:引かず、媚びず…
朝日が木漏れ日となってテントを照らす頃、山田は重い瞼を開けた。
腕の中ではリノが昨夜の「大仕事」を終えた満足感からか、すやすやと健やかな寝息を立てている。
(……なんとか一線を越えずに済んだ……のか?)
山田が安堵の息を漏らすと、リノが「う〜ん」と伸びをして目を覚ました。
そして昨夜の裸身や騒動などまるで無かったかのように、パッと弾けるような笑顔を咲かせる。
「ダイン様! おはようございますっ! 朝のお仕度をいたしますね!」
「お、おう……おはよう、リノ」
あまりの爽やかさに山田の脱力感はピークに達したが、気を取り直して荷物をまとめる。
森を抜け、いよいよ目的の街道へと差し掛かる直前、リノが足を止め、異空間収納袋から深緑色の大きなローブを取り出した。
「ダイン様。この先の街道には亜人だけでなく人間の旅人や商人、冒険者も行き交います。その……今のダイン様の御姿はあまりに異彩を放っておりますので、これで顔と身体を隠された方が無難かと」
「そうだな。ありがたい」
2.5メートルものガリガリの巨躯に黒い龍鱗のタトゥー。確かに目立ちすぎる。山田は深くローブを羽織り、深くフードを被った。
だが——森を抜けて開けた街道へ足を踏み入れた、その瞬間だった。
ヒュンッ!
「ッ!? ダイン様、伏せてっ!」
風を切る鋭い音が響き、山田の目と鼻の先、足元の地面に一筋の矢が深々と突き刺さった。
「隠れろ、リノ!」
「はいっ!」
山田が叫ぶと同時に、リノは疾風のような素早さで街道脇の低木へと身を隠した。
矢が飛んできた方角——街道の先を見やると、一台の馬車が停まっている。その周囲には、二つの大きな角が突き出た兜を被り、全身を厚い皮鎧で固めた男と、片目に眼帯をつけた小柄なホビットの姿があった。ホビットの手には、今しがた放たれたばかりの弓が握られている。
(チッ……距離はあるが、やるしかない!)
『龍毒の侵蝕』により激減したステータス。だが、昨日エリクサーを服用し、肉を食らったことで僅かだが体力が戻っている。
山田は【跳躍(LV.1)】を発動させた。筋力不足でかつてのような大飛躍は望めないが、衰えた身体をしならせ、木々の太い枝から枝へと移り飛び、疾風のごとく馬車へ向かって肉迫する。
「なっ!? 上から来るぞ、アル様!」
「ぬぅあっ!?」
樹上から躍り出た山田は、そのまま角兜の男——アルへと飛びかかった。
アルは咄嗟に背中の両手剣を引き抜き、交叉させて山田の巨体を力任せに受け止める。
バガァンッ!
重厚な金属音が響き渡る。だが、衰えたとはいえ2.5メートルの質量だ。アルは受け止めたものの耐えきれず、勢い余って馬車から吹き飛ばされ、街道沿いの大木に背中から激突した。
「ぐはっ……!?」
「次は貴様だ!」
山田は着地と同時に素早く反転し、弓を構え直そうとしていたホビットの腹へ鋭い前蹴りを叩き込む。ホビットは「ぐえっ!」と短い悲鳴を上げて馬車から転がり落ちた。
「て、てめぇええええっ! よくもスネアをやりやがったな!!」
背中を打ったはずのアルが、怒髪天を衝く勢いで立ち上がった。咆哮とともに大剣をブンと振り回し、山田へ肉迫して斬りかかる。
(速い……! だが、ヴァルゼリオの動きに比べれば……!)
山田の脳裏に、かつて死闘を繰り広げた黒龍騎士団団長・ヴァルゼリオの絶望的な速度と威圧感が蘇る。超重胃袋が龍毒を消化し続けている副産物か、相手の動作が緩やかに見えた。
山田は最小限の動きで大剣の軌道を紙一重で躱すと、ガントレットで覆われたアルの手首をガチィンと横から叩いて攻撃を弾いた。
「なにっ!?」
「そこまでだ、動くな!」
鋭い制止の声が響く。
いつの間にかアルの背後に回り込んでいたリノが、片手用のボウガンをアルの頭部にピッタリと突きつけていた。
先ほどまでの可愛らしい様子は微塵もない。山田を傷つけられそうになったことに対する、死んだ魚のような冷酷無比な殺意が、その瞳に宿っていた。
「ひっ……!?」
「ダイン様にこれ以上危害を加えるというなら……その頭骨を撃ち抜きます」
「て、てめぇら……ただの野盗じゃねぇな……!?」
汗を流しながら引きつった顔で吐き捨てたアルに、山田は深々と被っていたフードを少し持ち上げ、苦笑いを浮かべた。
「なにを言っているんだ。俺たちはただ、自由都市メルカティを目指していただけの旅人だ」
「はあぁあ!? そんなナリで鬱蒼とした森からぬっと現れたら、誰だって野盗か暗殺者だと思うだろうがよ!!」
「そうですよアル様! だいたいアル様は日頃から身に覚えがありすぎますもんね! どこから刺されてもおかしくないんだから!」
倒れていたホビット——スネアが泥を払いながら立ち上がり、容赦ないツコミをアルに浴びせる。アルは顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるせー!! 余計なお世話だってんだ! 俺は引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬが信条なんだよ!!」
その時——リノの耳がぴくりと動いた。
「ダイン様っ!!」
リノは叫ぶや否や、アルの頭に向けられていたボウガンの銃口をサッと横へスライドさせ、迷わず引き金を引いた。
シュンッ!
「ぎゃああっ!?」
矢はアルのすぐ後ろ、草むらから飛び出そうとしていた男の眉間を完璧に撃ち抜いていた。男は目を見開いたままドサリと崩れ落ちる。
「クソッ!! 本物の野盗の登場じゃねぇか!」
アルが吐き捨て、すぐさま大剣を構え直した。
「スネア! 馬車を守れ! 乗客にケガさせんじゃねーぞ!!」
「そ、そんな無茶な…!! こっちはたったの二人ですよ!?」
「おい、そこのデクのぼう! 雌犬! 手伝いやがれ! おめぇらのせいで身体が痛てぇんだよ! 負けたら全員死ぬぞ!」
「……それが人にものを頼む態度か!」
山田は呆れ果てつつも、周囲の草むらからガサガサと現れた20人近い男たちの集団を見回した。全員が濁った目をし、殺気立った武器を握りしめている。選択の余地はない。
「リノ、後方支援を頼む!」
「承知いたしました!」
なし崩し的に始まった4人の共闘。
山田は低くなったステータスを補うため、泥臭く頭脳戦を展開した。相手の攻撃を【衝撃吸収・反転】で受け流し、蓄積した運動エネルギーを【突進力の強化】に乗せて体術で一人ずつ確実に叩き潰していく。
リノは木々の影や頭上を縦横無尽に駆け回り、死角から正確無比なボウガンで野盗たちの急砲を射抜いていく。
スネアは馬車の陰から的確な弓で距離を詰めさせず、アルは大剣を豪快に振り回し、圧倒的な筋力で近づく野盗をまとめてなぎ倒していった。
あっという間に転がる野盗の山。
だが、最後の一人が倒れた瞬間、森の奥から重々しい足音が響いてきた。
「よくも手下どもをやってくれたなぁ……」
現れたのは、大柄で丸太のような筋肉を誇るスキンヘッドの男だった。肩には身の丈ほどもある大斧を担いでいる。
「小遣い稼ぎに商人の馬車でも襲ってからメルカティに行こうと思ったのによぉ。まあいい、これで手下が減った分、ひとりで酒を楽しめるぜ」
「投降しろやハゲッ! 状況がわかってんのか!? こっちは4対1だ。
そのツルっとした頭ならタコ殴りにされてもケガ無いってか?
おあとがよろしいようでっ!てか、」
調子良く流暢に宣った直後、アルは不意に冷たい、
相手の命を絶つことを厭わない、狩る側の者の鋭い眼光を向けた。
「忌の際だぜ?」
アルが大剣を担ぎ直し、真直ぐに睨みつける。しかし、ハゲ頭の男はニヤニヤと不気味な笑みを崩さない。
「そいつはどうかな?」
「イカれてやがんのか?……死ねやッ!」
アルが地を蹴り、一瞬で距離を詰めて大剣を振りかぶった。その瞬間——
「アル様!! 離れてくださいっ!」
スネアの叫び声とともに、数本の投げナイフがハゲ頭へ飛んだ。
しかし——ガキンッ!!
ナイフはハゲ頭の体の手前数センチ、何もない空間に弾かれ、虚しく地面へ落ちた。まるで目に見えない強固な壁が存在するかのように。
「チッ、面白くねぇな! 引っ掛かりやがれってんだよ!」
「アル様、気を付けてください! こいつはたぶん、何か物理攻撃を反射・無効化するアーティファクトかスキルを持っていやすぜ!」
スネアの指摘に、ハゲ頭は忌々しそうに自身の右腕を提示した。そこには大きな青い魔石が埋め込まれたブレスレットが光っている。
「このチビッ、ネタバラシしやがって! だが知ったところでどうにもならんぞ! ガッハハハハ!!! 俺にはどんな攻撃も届かねぇ! 勝てるわけがねぇんだよ!!」
「喰らってみなきゃ分からんだろ!」
山田が突進した。力任せの連続拳撃を叩き込む!
ドカッ! ドカァンッ!
だが、打撃の瞬間に凄まじい衝撃波がそのまま山田の手首、腕、そして胸へと跳ね返ってきた。
「ぐはっ……!?」
内臓が押し潰されるような激痛。山田は血反吐を吐き、膝をついた。
「ガハハハ!! キャパオーバーでも狙ってんのか!? 残念だがこのアーティファクトにはそんな許容量の上限なんてものはねぇぜ!!」
「……そいつは……これを喰らってから……言えぇっ!!」
山田は血の混じった唾を吐き捨て、ゆっくりと立ち上がった。
いま受けた己の打撃の反動、そして道中で蓄積してきたすべての衝撃エネルギー——【衝撃吸収・反転】に溜め込まれた全てのストックを、右拳一点に集中させる。
「おおおおおぁああああっ!!」
魂を削るような咆哮とともに放たれた渾身の一撃。
ギジィッ……! メキメキメキッ……!
目に見えない壁と山田の拳がぶつかり合い、空気そのものが軋むような異常な音が響く。拳は見えない壁を少しずつ、だが確実に押し込んでいく。
「な、なにぃ……っ!?」
ハゲ頭の顔から余裕が消えた。
だが——パァンッ!!
限界を迎えたのは山田の肉体だった。凄まじい反動の余波が弾け飛び、山田の身体は砲弾のように吹き飛ばされて巨大な樹木へ激突した。
「ぐっ……はぁっ……!?」
激しい血反吐を吐き、崩れ落ちる山田。
「ガハハハ! 見ただろ! 無駄なんだよ——」
ハゲ頭が高笑いを上げようとした、その時。
ピキッ……。
ハゲ頭の右腕についていたブレスレットの青い魔石に、一筋の明確な『亀裂』が入った。山田の捨て身の一撃が、絶対の防御を誇るアーティファクトの構造を歪ませたのだ。
「な、バカな……!? ヒビが……!?」
ハゲ頭が目を見開き、狼狽したその一瞬の隙を、頭上の枝に潜んでいた影が見逃すはずもなかった。
シュッ!
「ウッ……!?」
後頭部から突如として突き刺さったボウガンの矢が、ハゲ頭の額へと貫通した。リノが木の上から寸分の狂いもなく射抜いたのだ。
衝撃で意識が飛び、見えない壁の展開が完全に途切れる。
「死に晒せぇええええっ!!」
そこへ、漆黒の闘気を全身から噴出させたアルが踏み込んだ。
剣を低く構え、両手剣でありながら突きを繰り出す姿勢。距離にしてまだ数メートル離れている。だが——
「『暗黒剣・牙』ぁぁあッ!!」
アルが凄まじい踏み込みとともに剣を突き出すと、纏っていた黒い闘気が一陣の漆黒の嵐となって刃から解き放たれ、ハゲ頭の胸腔を一直線に貫通した。
ドォンッ!!
背後の樹木まで穿ち抜く衝撃。
ハゲ頭は武器を落とし、目を見開いたまま虚空を見つめてその場に膝から崩れ落ちた。息はあるものの、完全に意識を絶たれ、再起不能となった絶望の表情のままだ。
「ハァ……ハァ……たく、かったりぃぜ……疲れんだよ、コレやると……」
アルは剣を地面に突き立て、全身から滝のように汗を流しながらその場に座り込んだ。
静寂が戻った街道。
ボロボロになりながらも立ち上がる山田、木から飛び降りて駆け寄ってくるリノ、呆れ顔でアルに肩を貸すスネア。
災難から始まった怪しい4人の出会いは、思わぬ強敵を前にした過酷な共闘によって、確かな「縁」へと変わり始めていた。




