第3話:足元で見つけた最初の『獲物』
――ハァ、ハァ、ハァ……っ!
「くそっ……ぜんぜん、追いつかない……!」
原生林を歩き始めて一時間。
俺の目の前を、体長五十センチほどの丸々太った巨大なネズミのような魔物が、すばやい動きで通り過ぎていった。
必死に追いかけようと足を前に出すが、160キロの肉体は残酷だ。
ドスン、ドスンと重苦しい足音が響くだけで、スピードなど出るはずもない。おまけに数メートル走っただけで心臓が破裂しそうなほどバクバクと脈打ち、膝がガクガクと震えだす。
魔物はあっという間に草むらの奥へと消えていった。
「はぁ……はぁ……だめだ……『敏捷:2』じゃ、野生の動物や魔物なんて捕まえられっこない……」
木に背中をあずけ、ズザザと滑り落ちるように地べたに座り込む。
筋力を【11】まで上げたことで、立ち上がったり歩いたりする動作は以前よりずっと楽になった。だが、「すばやく動く」「走る」となると、やはり敏捷の低さとこの重すぎる体重が足かせになりすぎる。
道具も武器もない丸腰の41歳。
動く獲物を捕まえられないなら、俺が喰えるのは「逃げないもの」だけだ。
「逃げないもの……キノコか、木の幹か……それとも……」
荒い息を整えながら、ふと自分の足元に視線を落とす。
湿った黒土の上を、ぞわぞわと蠢く群れがいた。
甲虫のような硬い外殻を持った、人差し指ほどもある巨大な黒いムカデ。それと、湿り気を含んだ土を這い回る肥大化したミミズのような生物だ。
――う、グ……っ。
かつての俺なら、見ただけで悲鳴を上げて逃げ出していたであろうグロテスクな虫たち。
だが、今の俺の胃袋と【フィジカルギフテッド:SSS】は、それを「生きるための栄養」として認識していた。
(虫……か。でも、動かないキノコや植物より……肉や昆虫の方が、絶対にタンパク質や栄養価が高いはずだ)
生唾をごくりと呑み込む。
手を出して逃げられたら終わりだ。俺は息をひそめ、極太の指先で地面の黒ムカデを一気に押しつぶし、つまみ上げた。
バタバタと暴れる硬い脚。
えぐい虫の匂い。
「喰うんだ……ッ! 俺は……変わるんだ!!」
目を固く閉じ、口の中へ放り込んで力任せに噛み砕いた。
ブチッ、と口内で気味の悪い液体が弾け、バリバリとした固い外殻が歯に刺さる。
前回のキノコとはまた違う、強烈な生臭さと苦味が口いっぱいに広がった。
「グ……っ、ゴフッ……!!」
嘔吐感が喉を焼き焦がすが、必死に噛み砕き、ゴクンと呑み込む。
続いて、地面にいた巨大ミミズも引っ張り上げ、泥を払う暇すら惜しんで口の中へ押し込んだ。
泥と、虫の生血と、自分の涙の味。
泥臭く、惨めで、けれど生きるための貪食。
やがて――。
【黒鎧ムカデ×3、大土ミミズ×5 を捕食・消化しました】
【甲殻成分およびタンパク質のステータス変換を開始します】
【ステータスポイント:+4 を獲得しました】
【外殻の硬質化特性を解析……スキルポイント:+1 を獲得しました】
「……っ!? スキルポイント……!?」
脳内に響いた言葉に、俺は目を丸くした。
植物ではなく「動物(魔物)」を喰ったことで、ステータスポイントだけでなく、スキルポイントまで手に入ったのだ。
システム画面を開くと、新たに『スキル獲得項目』が追加されていた。
―――
ステータスポイント:4
スキルポイント:1
【取得可能スキル】
・『微小な皮膚強化(必要SP:1)』:打撃や斬撃に対する耐性がわずかに向上する。
―――
(虫の硬い甲皮を喰ったから……『皮膚強化』のスキルが解放されたのか……!?)
食べたものの「性質」すら、俺の力になっていく。
このスキルの本当の凄まじさが、少しずつ見えてきた。
「すごい……本当に、喰ったものが全部……俺の血肉になる……!」
俺は迷わずスキルポイント『1』を使って【微小な皮膚強化】を取得し、残りのステータスポイント『4』を【敏捷】に『2』、【筋力】に『2』割り振った。
【敏捷:2 ➔ 4】
【筋力:11 ➔ 13】
【スキル:『微小な皮膚強化』を取得】
体が、じわじわと温かくなる。
腕の皮膚を爪で強く引っ掻いてみるが、まるで分厚い革製品を触っているかのように痛みが和らいでいた。
そして立ち上がると、心なしか足取りがさっきより軽くなっている。
「『敏捷』が上がった……! これなら……!」
160キロの肉体はまだまだ重い。けれど、俺の進化の歯車は、確実に回り始めている。
次に狙うのは――さっき逃げられた、あのネズミの魔物だ。




