第24話:押し寄せる捜索網
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### 第24話:押し寄せる捜索網
「——落ち着け、バルド! 呼吸を整えろ!」
ガルバ村のギルド支部から出された最高警戒要請を受け、帝国南部とギルド本部が動いた。
緊急招集された捜索部隊の仮設陣営。その最奥にある天幕の中で、重々しい声が響いていた。
そこにいたのは、かつて秘境から命からがら逃げ帰り、未だに「あり得ざる悪夢」の恐怖から抜け出せないAランク冒険者パーティ『銀翼の誓い』のリーダー、バルドであった。
目の下に濃い隈を作り、ガタガタと膝を震わせる姿は、かつての凄腕の風格など見る影もない。
「ヒューバート様……嘘じゃない、嘘じゃないんだ……っ! あそこには『魔人』がいる! ハイオークの王なんて生半可なものじゃない! 素手で魔物の混群を爆散させ、その生肉を喰らい、俺たちの連撃魔法を素肌で弾き返したんだ……っ!!」
泡を吹きながら必死に訴えるバルドの肩を力強く掴み、宥めているのは、大剣と大盾を担ぐSランク冒険者にして捜索隊の総指揮官、ヒューバートだった。
「……Aランクのお前がここまで怯むとはな。だがバルド、ガルバ村の報告書で聞いたぞ。ただの変異種や大型の亜人を見誤ったわけではあるまいな?」
「違う! あいつは……あいつは人語を話したんだ!! 『俺は襲うつもりはない』と……! 恐ろしい地の底から這い出た邪悪そのもの声で…‼ 人間の言葉を解しながら、あの凶悪な体躯で魔物を貪り喰う悪夢のような怪物……! あれが人里に下りてみろ、一村どころか都市が一夜で踏みつぶされるぞ!!」
天幕の周囲には、ギルド本部から集められた人類最高峰のSランク冒険者たちが揃っていた。
冷ややかな瞳を湛え、周囲の魔力残滓を『残滓解析』で淡々と測定する老齢の賢者ヴィンセント。
身の丈を超える巨大な斧を片手で担ぎ、全身の傷跡を誇る『戦鬼』ゴルド・アイアンハンド。
そして、気配を完全に遮断し、天幕の隅の影の中に静かに佇む漆黒の隠密キリアン。
「バルド殿の脳波および精神状態を推察するに……」
ヴィンセントが無機質な口調で告げる。
「極度の恐怖による認識の歪みが認められます。存在し得ない脅威を脳内で肥大化させている可能性は否定できませんな」
視線を魔導書から落とし、ヴィンセントはどこか冷徹な嘲りを込めて言葉を重ねた。
「ちと了見というか、視野が狭すぎやしないかね? 今時は人類共通語を介さない亜人種の方が珍しいくらいですわい。それこそ帝国領から出た事が無い弊害というか、亜人種への偏見が、若造に虚栄の怪物を生み出させている。ワシにはそんな風に見えるぞい」
「ハッ! ヴィンセントの言う通りだ!」
巨斧を肩に叩きつけ、ゴルドが豪快に鼻で笑った。
「亜人種の中には多いぜ……? 規格外の化け物共がな。ま、そういう奴は大概は異端者として追放されて、辺境かダンジョンに住み着いて、そこでもこうやって厄介者扱いされちまうもんなのさ」
興が乗って勢いづいたゴルドは、自慢の肉体と戦歴を誇示するように流暢に続ける。
「竜の鱗だろうが帝国の装甲だろうが、俺の斧で叩き割れねえもんはおらん! Aランクのくせに、不意を突かれて大柄なオークの変異体を見ただけで腰を抜かしたに決まってる!」
「……二人とも、軽口がすぎるぞ」
ヒューバートが重々しい声で制す。
「だが、野放しにはできん。これよりSランク4名がそれぞれ第一〜第四隊を率い、A〜Cランクの精鋭部隊を従えて『秘境・狂獣の果て』へ侵入する。全軍、展開せよ!」
◇
「……くそっ、ジメジメして不快な森だ」
数日後。落ち葉と腐臭が立ち込める秘境の深部を、数十名の捜索隊が進んでいた。
冷たい湿気が皮膚にまとわりつき、生い茂る原生林が日光を遮る。
「隊長、前方に広大な戦闘痕と生活痕を発見!」
スカウトの報告を受け、ヒューバート率いる第一隊とヴィンセントたちが駆けつける。
そこに広がっていたのは、異様な光景だった。
へし折れた巨木、叩き潰された大地。
そして何より、あちこちに散乱する魔物たちの『骨』——アーマーベアの分厚い頭蓋骨が砕かれ、寄生狼の骨が果物の種のように噛み砕かれて転がっている。
「……おいおい、骨ごと喰らい尽くしてやがる。どんな顎の力をしてやがるんだ」
「見ろ、あっちには火を起こして調理した痕跡もあるぞ」
巨大な焚き火の跡と、強烈な腕力で引き裂かれ、丁寧に火で炙られた肉の残骸。
まさに、怪物の『住処』。
さらにスカウトの誘導で進むと、山頂付近の岩壁に巨大な潜入孔が開いているのが見つかった。
足を踏み入れた一同の目に飛び込んできたのは、単なる野獣の巣穴ではなく、明確な意思をもって構築された『山頂の洞窟拠点』だった。
頑丈な巨石を削って作られた歪な寝床や、丁寧に鞣された強力な魔物の皮。
そして岩壁には、素手で掘り進めたかのような無数の拳痕と深い亀裂が刻み込まれていた。ここで長期間生活し、鍛錬すら行っていたかのような異様な痕跡。
しかし、現場の魔力波長を計測していたヴィンセントは、首を傾げた。
「妙ですな。これほど過酷な環境でありながら、強大な魔力を行使した形跡がほとんど見られません。純粋な物理的破壊力と凄まじい肉体能力のみでこの洞窟を『加工』し、拠点にしていたとなると……理論上の計算が合わない」
「ほら見ろ! だから言ったろ!」
ゴルドが勝ち誇ったように笑う。
「肉を焼き、洞窟を拠点にするような知恵のある、ただの変異したオークかオーガだ! バルドの奴、ビビりすぎて国中に大騒ぎさせやがって!」
「ち、違う! 俺が見たのはそんな生半可なものじゃ……!」
周囲の冒険者たちから冷ややかな視線を浴び、顔を真っ赤にして言い返せないバルド。
その時——影の中から、キリアンが音もなく姿を現した。
洞窟の奥深く、谷へと向かって落ちていく闇を指さしている。
「……足跡がある。ここから山を下り、谷へ向かって一直線に伸びている」
「谷だと……? 奴は山頂の住処を捨てて、下層へ降りたというのか」
「……いや。捨てたのではない。『何か』を追って降りていった……そんな足取りだ」
無口なキリアンが漏らした、一筋の冷や汗。
「影を伸ばしても、何も触れない。この秘境の奥……あいつには『死角』すら存在しない。こちらの存在に気づいた上で、あえて無視されている……っ」
人類最高峰を自負する暗殺者すら寒気を覚える異様な気配。その空気に周囲が息を呑んだ、次の瞬間だった。
「——た、隊長ぉぉぉぉッ!!! 戻れ!! 今すぐ体勢を立て直せぇぇぇっ!!!」
谷沿いを捜索していた第四隊の部隊が、血相を変えてキャンプ地に飛び込んできた!
甲冑を鳴らし、転がるように駆け寄ってくる彼らの顔は、蒼白を通り越し、土気色に染まっている。
「どうした!? 怪物が出たのか!?」
「違う……! 怪物どころじゃない……! 見てきたんだ……森の奥、コボルトの集落が滅ぼされ……黒龍騎士団の団員たちが、無残な姿で死んでいた……‼ それに、谷の入口で……っ!」
第四隊の隊長はガタガタと歯の根を鳴らしながら、秘境の奥を指さした。
「て、帝国軍……『黒龍騎士団』の隊員たちだ……!! 全滅……いや、惨殺されている!!」
「「「なに……っ!?」」」
キャンプ地に激震が走った。
黒龍騎士団。それはガルディニア帝国が誇る最精鋭であり、一騎当千の猛者たちが集う絶対の象徴だ。
「バカな……黒龍騎士団がなぜこんな秘境に!? いや、それ以前に全滅だと!?」
「鎧ごと……引き千切られて……っ! 竜の鱗すら断つはずの帝国鋼が、まるで紙くずみたいに引き裂かれて……血の海だ……! 手も足も出ずに殺されている!!」
「なっ……! 竜鱗鎧が一撃で……!?」
自慢の巨斧を握りしめたまま、ゴルドの顔から一瞬で血の気が引いた。
自らが「叩き割れぬものはない」と誇っていた帝国鋼の竜鱗鎧。それがまるで粘土のように引き裂かれた光景。
自分の『鉄腕破砕撃』をも遥かに凌駕する圧倒的な暴威を突きつけられ、武人としての誇りが、一瞬にして底知れぬ恐怖へと塗り替えられていく。
「……不都合な計算結果ですな」
ヴィンセントの持つの魔導書がカチカチと狂ったような音を立てる。
「現場の残滓を解析……『物理攻撃のみで帝国鋼の魔力耐性を完全突破』。計算不能……このような数値、存在し得ない……っ!」
冷徹な大賢者の仮面が砕け散り、ヴィンセントの顔に激しい焦りと困惑が走る。
突然変異の亜人? 群れを追われた怪物?
——そんな甘っちょろい存在が、帝国最強の騎士団を全滅させ、集落を焼き払えるはずがないのだ。
「全員、防衛陣形『絶対防壁』を展開……っ!!」
ヒューバートが大剣と大盾を構え、喉を引き裂くような怒号を上げた。
骨を喰らい、肉を焼き、そして帝国最強の騎士たちすら赤子のように噛み殺す
『最悪の魔人』。
バルドの言っていた恐怖は、過言でも何でもなかった。




