第17話:余波と戦争と現実逃避
### 第17話:余波と戦争と現実逃避
黒龍騎士団の追撃をどうにか振り切り、コボルトたちの生き残りを引き連れて自分の拠点――秘境の巨大な洞窟へと戻ってきた頃には、すっかり夜が明けていた。
「……ふぅ、疲れた……」
ドサリ、と自重トレ用の巨大な丸太の脇に腰を下ろす。
2・5メートルを超えるこの漆黒の巨躯になってから、肉体的な疲労を感じることはほとんどない。だが、精神的な疲れは別だ。
チラリと洞窟の入口付近に目をやる。
そこには、小さく丸まったコボルトたちが数十匹、肩を寄せ合うようにして身を小さくしていた。村を焼かれ、仲間を失い、途方に暮れている気弱な犬頭の亜人たち。
(……やっちまったもんは仕方ねえけどさ)
山田は大太い腕を組み、頭を抱えた。
(あの黒龍騎士団とかいう連中、確実に帝国の精鋭だろ。先鋒を返り討ちにできたのは運がよかったが……もし調子に乗って全滅なんてさせてたらどうなってた?
間違いなく『次は本気の大軍』が押し寄せてくるだろ。それこそ、戦争だ)
日本で日雇い派遣の現場を転々としていた頃の感覚が、脳裏で冷や汗をかかせる。
現場で責任者や元請けと大喧嘩して暴れれば、
その場はスカッとするかもしれない。
だが、その後に待っているのは出禁と、
さらに過酷なペナルティだ。
力任せに暴れて「はい解決」
とはいかない泥臭い現実を、山田は嫌というほど知っていた。
(俺一人が逃げ回るだけならどうにでもなるが……この大所帯は流石にキャパオーバーだ。俺のサバイバル生活の拠点だって、これじゃ一瞬でパンクする)
山田は深いため息をつくと、喉の奥から【火炎吐息】を少しだけ漏らして焚き火に火をつけた。
そして、獲物の解体肉をごっそりと掴み、粗塩代わりの塩分を含んだ岩を削って振りかけると、豪快に焼き始める。香ばしい肉の匂いが洞窟内に充満した。
「……おい、食え」
低く響く声で短く告げ、焼き上がった大肉をコボルトたちの前に放り投げてやる。
手加減を忘れてうっかり潰してしまわないよう、指先で慎重に分けた肉だ。
「ヒッ……! あ、ダ、ダイン様……!?」
「我らに……このような貴重な肉を……っ!?」
コボルトの長老らしき老人が、ガタガタと震えながら肉を受け取り、溢れ出る涙で顔をくしゃくしゃにした。
「おお……なんという慈悲……! 我ら見捨てられた者たちを、帝国の爪牙から隠し通してくださったばかりか、温かい糧まで恵んでくださるとは……!」
「ダイン様……! ここは、太古の魔人様が統べる《絶対の聖域》なのだ……!」
コボルトたちが一斉にひれ伏し、拝むように肉を貪り喰い始める。
(いや、ただの筋トレ後の飯だし、余ってる肉焼いただけなんだが……)
山田は困惑しながらも、自分の分の肉(巨大な腿肉3本)をバクバクと骨ごと噛み砕いて胃袋へ放り込んだ。
「……でだ」
食食事ひと段落したところで、山田は巨大な身を起こし、コボルトたちを見下ろした。
「ここじゃ狭すぎるし、俺の食料も限界がある。それに……一箇所に固まってたら、帝国に突き止められたときに一網打尽だ。リスク分散をしなきゃならん」
「リ、リスク……ぶんさん……?」
「ああ。だから……近隣に他の亜人の村や集落はないか? お前たちを分散して受け入れてもらえないか、交渉に行こうと思う。乗りかかった船だ、受け入れ先が決まるまでは付き合ってやる」
山田としては、「大軍との全面戦争を避けるための現実的な避難計画」を提案したつもりだった。
だが――コボルトたちの目には、まったく違う光が宿っていた。
「……っ!!」
「そういうことだったのか……!ダイン様は、帝国との無用な衝突を避けつつ、秘境に散らばる我ら亜人種を束ねようとされているのだ……!」
「単に我らを守るだけでなく、圧政に苦しむすべての同胞に『聖域』を広げるおつもりなのだ……なんと深謀遠慮な……!」
「……おい、聞いてるか?」
噛み合わない空気を感じつつも、山田は「まあいいか」と諦めた。
「で、近くに別の集落はあるのか?」
「はい! この秘境のさらに深部、大樹の樹洞に隠れ住むハーフリング(小人族)や、鉱山を追われたドワーフたちの隠れ里がございます! ただ……そこへ向かう途中の峡谷は、今……」
長老が言葉を濁し、怯えたように体を震わせた。
「帝国が躍起になって探している『大罪人のダークエルフ』、その姫君が追い詰められている領域でもあります……。黒龍騎士団の本隊が、厳重な包囲網を敷いているはずです」
「……は? 峡谷に包囲網?」
山田は即座に嫌な顔をした。
「じゃあ、そこはナシだ。わざわざ危険な戦場に足を突っ込むバカがどこにいる」
「えっ……あ、しかし、追われているダークエルフ殿をお救いにならないので……?」
「知らん。会ったこともない見ず知らずの女なんか毛ほども興味ねえよ。なんで俺がわざわざ騎士団の本隊がいる危険地帯に乗り込まなきゃならんのだ。無用な争いは絶対お断りだ」
山田の徹底した事なかれ主義に、長老は「えぇ……」と呆然とした顔を見せる。
山田は腕を組み、不機嫌そうに長老を睨みつけた。
「他に頼るあては? あの峡谷を完全に迂回できる安全なルートか、あるいは全く別の方向にある亜人の里はないのか?」
「あ、はいっ! それでしたら……! 秘境の西側、深い霧と巨岩に覆われた《迷いの谷》を抜けた先に、人間を嫌って隠れ住むオークやオーガたちの開拓集落がございます! 道は険しく魔物も出ますが、帝国の手は一切届いておりません!」
「よし、そこだ」
山田は迷わず指をさした。
「安全が第一だ。争いにならん場所へ行くぞ。おい、荷物をまとめろ。西の《迷いの谷》を目指す」
「は、ははっ! さすがダイン様、帝国の策略(ダークエルフという餌)に惑わされず、我らの安全を最優先に考えてくださるのだ……!」
(いや、ただ面倒なことに巻き込まれたくないだけなんだが……)
コボルトたちの明当違いな感動を背に受けながら、山田は溜め息をつく。
こうして、ダークエルフの包囲網を綺麗にスルーし、山田一行は安全な西の集落を目指して歩き出すのだった。
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