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第14話:波紋と、動き出す大討伐



### 第14話:波紋と、動き出す大討伐


秘境『狂獣の果て』から街道を南下すること、徒歩で数日。

普段は平穏な開拓拠点である『ガルバ村』のギルド支部は、かつてない怒号と底知れぬ混乱に包まれていた。


「おいおい、冗談だろ……!? あのAランクパーティー『銀翼の誓い』がボロボロになって戻ってきたんだぞ!?」

「何があったんだよ……難易度Aの秘境とはいえ、あの精鋭たちが全滅寸前なんて……ッ!」


冒険者や村人たちが騒然とし、不吉な噂が伝染していく中、ギルド長室の分厚い扉が激しく開け放たれた。

中に担ぎ込まれたのは、血と汗に塗れ、頑強な鎧の半ばを砕かれた『銀翼の誓い』のリーダー、バルドだった。

歴戦の猛者として知られる彼の両目は、未だに「あり得ざる悪夢」を目撃した正気とは思えぬ恐怖に見開かれ、浅い呼吸を繰り返している。


「バルド! しっかりしろ、一体何があった……!? 秘境の生態系が崩壊でもしたというのか!?」


デスクを蹴って駆け寄るギルド長に対し、バルドはガタガタと打ち震える手で相手の胸ぐらを鷲掴みにした。


「ギ、ギルド長……! 今すぐ……今すぐ領主様に連絡を打て……ッ! 秘境に……『魔人』が潜伏している……!!」


「……な……ッ!?」


あまりに不吉な単語に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

だが、書類を整理していた傍らの女性秘書官が、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細め、冷静な口調で割り込んだ。


「バルド殿、取り乱すのはおやめなさい。『魔人』など、数百年前の神話や伝説の領域に過ぎません。……単に、人語を解する高上位の魔物か、言葉を話すオークの上位種(ハイオーク)……あるいは何らかの亜人種(デミ・ヒューマン)と遭遇しただけではないのですか?」


「そうだぞバルド」


ギルド長も秘書官の言葉に頷き、宥めるように落ち着いた声で続ける。


「言葉を解する魔物や亜人種なら、この世界にはそれなりに存在する。折り合いの悪いゴブリンやコボルトの群れだって不器用な人語くらいは使うし、エルフやドワーフのように独自の国家を築く種族もいるだろう。……仮にオークの異形種が人語を真似ていたとしても、それは珍しいモンスターの変異体に過ぎん。それを『魔人』などと大騒ぎするのは――」


「違う……ッ! 違うんだ、そんな生ぬるい代物じゃない!!」


バルドは血走った目をカッと見開き、喉を引き裂くような叫びを上げた。


「俺たちとて数々の死線を潜り抜けてきたAランクだ! 亜人種かモンスターの変異体かくらい、見誤るはずがないだろうが!! あいつは……あいつは巨大な混群をたった一人、素手と剛力だけで完食・粉砕したんだぞ!?」


「な……混群を、素手で……!?」


「それだけじゃない! 俺たちが放った渾身の連撃魔法や、前衛の捨て身の突撃を……あいつは防具すら着けていない黒い素肌で、刃跳ね一つ残さずに弾き飛ばしたんだ! そして……叩き潰した魔物の生肉をその場で貪り喰らいながら、明確な意図を持って俺たちに問いかけてきたんだよ……ッ!!」


静まり返る室内に、バルドの悲鳴のような報告が響き渡る。


魔物の階級において、低級・中級・上位種を超える圧倒的な個。

人語を理解するどころか、知性を持ち、単体で国家を揺るがす絶対的な力を行使する存在――それこそが、かつて世界を破滅の淵まで追いやった『魔王軍』の幹部たる【魔人】の定義だった。


「巨躯はふた回り以上大きく、城門を穿つ太い腕、黒く鈍く光る甲殻……! 顔は凄惨なハイオークそのものだが、放つ圧迫感(プレッシャー)が桁違いなんだ! 間違いない……あれは秘境の最奥で密かに力を蓄え、人知れず生き残っていた魔王軍の『魔人』だ!!」


ガタガタと震えるバルドが懐から突き出したクエスト発行証。

そこには、Aランク魔法の残光で焦げ付き、怪物との激闘と敗北を物語る生々しい傷跡が刻まれていた。

百戦錬磨のAランク冒険者が、ここまで完全に心を折られ、伝説の悪夢に怯えているという動かぬ現実。


ギルド長と秘書官の顔から、一瞬で血の気が引いていった。


「……伝説の、魔人……。もし本当にそんな存在が秘境におり、この村や街道へ下りてきたら……」


ギルド長の手からボトボトと冷や汗が吹きこぼれ、羊皮紙を濡らす。

人間と敵対する亜人種の侵攻どころの話ではない。一村どころか周辺の都市、最悪の場合はガルディニア帝国南部一帯が一夜にして踏みつぶされ、地図から消え去るレベルの『天災』だ。


「秘書官! 最速の早馬と伝書鳩を今すぐ手配しろ……ッ! 領主閣下、ならびに帝都の騎士団へ最高警戒要請(レッド・アラート)を発令する!! 『秘境狂獣の果てに、人語を解する特級危険種――魔人の影あり』とな!!」


「は、はいっ! ただちに!!」


冷徹だった秘書官も顔を蒼白にし、脱兎の如く部屋を飛び出していった。


――『秘境・狂獣の果て』に、最悪の『魔人』現る。


その報せは、瞬く間に近隣の領地から帝都へと駆け巡った。

国家の存亡をかけた最重要案件として、帝国屈指の重装騎士団、そして高ランク冒険者たちをかき集めた「大規模討伐隊」の編制が、静かに、だが確実に動き出していた。


――当の「最悪の魔人」本人が、ただ森の奥で洞窟を見つけ、火を使って肉を焼きながら静かに暮らしたいだけだとは、この時の人間たちの誰も知る由もなかった。

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