第11話:最果ての秘境と、異形の救世主
### 第11話:最果ての秘境と、異形の救世主
木々を押し倒しながら急行した先。
森の開けた広場では、凄惨な死闘が繰り広げられていた。
「くそっ……! 陣形を保て!! 前衛は盾を重ねろ!」
「ダメだ、魔物の数が多すぎる! 魔法の詠唱が間に合わない……っ!」
血を流しながらも、洗練された動きで背中を合わせる集団。
金属の甲冑や上質な法衣を纏った彼らを取り囲んでいたのは、この秘境ならではのおぞましい混群の生態系だった。
蔦や寄生植物を纏った牙狼が前衛の隙を窺い、背中から毒胞子を吹き散らす人頭大の甲虫が頭上を覆い、樹皮のような外殻を持つ大蛇が側面から狙いを定める。
(あいつら……人間か!?)
俺は一歩踏み出し、
人間としての理性か、道徳からそうしたのか。
無我夢中で
物陰から広場へと躍り出た。
骨大剣はさっきのアーマーベア戦で壊れた。だが、今の俺には自分の拳こそが最大の武器だ。
「ルァァァアアアッ!!」
【突進力の強化】と【剛力甲殻】を全身に巡らせ、重戦車と化した肉体で混群の中央へダイブする。
――ドゴォォォンッ!!
空気が爆破されたかのような衝撃波が吹き荒れた。
俺が繰り出した太い丸太のような拳が、寄生植物の牙狼の頭蓋を瞬時に粉砕。そのまま巻き込まれた甲虫や大蛇が、青緑色の体液を撒き散らしながら爆散していく。
襲い来る魔物たちを、次々と素手で引き裂き、叩き潰し、圧殺する。
一方的な屠殺。わずか数分のうちに、広場を埋め尽くしていた混群は全滅し、静寂が訪れた。
「ふぅ……」
勝った。そう思った瞬間――俺の腹の底から、凄惨な鳴動が響き渡った。
――グチ、グチュ、グロロロロ……ッ!!
激しい戦闘と【剛力甲殻】の展開によって極限まで消費されたエネルギー。
それに呼応するように、神スキル『暴食変異』が、脳髄を焼き切るほどの強烈な「乾き」と「強烈な空腹」を叩きつけてきた。
(あ……あぐ……腹が……減った……ッ!)
理性が吹き飛ぶほどの飢餓感。
俺は助けた人間たちの存在すら脳から吹き飛び、足元に倒れていた寄生狼の生体へ、吸い寄せられるように膝をついた。
そのままむき出しの歯を剥き出し、魔物の生肉へと喰らいつく。
バリチチチッ! ゴクン、バキバキッ!
「グ、ガ……ッ、美味ぇ……ッ! 喰い足りねぇ……ッ!!」
骨を噛み砕き、溢れ出す緑と赤の体液を口いっぱいに撒き散らしながら、夢中で喰らいつく。
蔦の絡まった堅い肉も関係ない。噛みちぎり、咀嚼し、ブラックホールの胃袋へと放り込んでいく。血生臭い肉汁が俺のいかつい顎を伝い、地面にボトボトと滴り落ちた。
――次の瞬間。
「ひぃあぁぁぁぁぁッ!!」
「食っ……魔物を……生で喰らいやがった……ッ!!」
「化け物だ……構えろッ! 攻撃態勢!!」
人間たちの悲鳴と、金属性の叫びが響いた。
彼らは恐怖で顔を狂わせながらも、瞬時に見事な連動で攻撃を仕掛けてきた。
「『風刃』!」
「『貫く閃光』!」
目にも止まらぬ突き、そして放たれる鋭い風と光の連射魔法。
喰い散らかす俺の背中や胸元へ、一切の躊躇もない命を奪うための連鎖攻撃が襲いかかる。
――ガンッ!! ガチガチィンッ!!
だが、放たれた斬撃も魔法も、俺の皮膚を覆う【剛力甲殻】に阻まれ、派手な火花を散らして弾け飛んだ。
「な……っ!? 全力を弾いた……!?」
「嘘だろ……防具を着ていない肌に傷一つつかないだと……!?」
俺は肉を噛みちぎる手を止め、驚愕と動揺で立ち尽くした。
(な……なんでだ……!? 俺は魔物を倒したんだぞ!? なんで攻撃してくるんだ……!?)
理不尽な攻撃への困惑の中、俺はふと、足元に広がる魔物の『血だまり』に目を落とした。
そこに黒く揺らめき、はっきりと映し出されていた自分の姿に――俺は絶句した。
鏡のように自分を映し出す赤黒い血鏡。
そこにいたのは……肉汁と血で顔面を染めた、人間ではない「怪物」だった。
脂肪が高密度に凝縮され、城門を穿つ槌のように巨大化した超巨躯。
首は丸太のように太く角張り、胸板は分厚い鉄板。分厚い唇と張り出したいかつい顎骨が顔の造形を恐ろしく歪め、全身の皮膚は甲虫のような鈍い光沢を放っている。
それは――『ハイオークの王』か、暴虐の魔王そのものの凶悪な姿だった。
(俺……魔物を全滅させて、血みどろで喰らいついてるこんな化け物になってたのか……)
彼らにとって俺は救世主などではなく、魔物を食い散らかして次に自分たちを喰らいに来た「最悪の化け物」にしか見えていなかったのだ。
「待て……俺は襲うつもりはない! 落ち着いてくれ!」
俺は口元の血を拭い、大きく両手を挙げた。
人語を話したことに、先頭の男が顔を蒼白にさせながら、懐から一枚の古びた羊皮紙を叩きつけるように突き出してきた。
「し、喋った……!? 亜人なのか……!? 騙されるな、この秘境に人間などいるはずがない! 証拠にこれを見ろ! これはギルドから発行された最高ランク『A級』の極秘クエスト発行証だぞ!!」
男が震える手で見せつけてきた羊皮紙。
そこには複雑な紋様と異世界の『文字』がびっしりと書かれていた。文字は読めない。だが、男の発する熱量と、そこに秘められた事実が脳へ直接伝わってきた。
「この地に咲く幻の霊草――『緋霊草』の採集依頼だ! ここは難易度Aに指定された最果ての死地『秘境・狂獣の果て』! 俺たちガルディニア帝国屈指のAランク冒険者パーティーが、20人の精鋭で3か月かけて命懸けで攻略する場所なんだぞ!?」
最高峰のプロ冒険者たちが20人がかりで3か月かける死地。
俺がただ生き残るために数日間うろつき、喰らい尽くしていた森は、人間にとってはそんな恐怖の領域だったのだ。
「それを……たった一人で……いや、その異形の巨躯で素手で叩き潰し、食らい尽くすなんて……お前は一体『何の怪物』なんだ……!?」
拒絶、恐怖、そして理解し合えない絶望。
助けた相手からの攻撃と恐怖。読めない異世界の文字。
そして、自分自身がすでに人間からは「怪物」としてしか認識されないという残酷な現実。
異形となった160キロのブタおじさんは、弾かれた攻撃の火花が散った己の胸を撫で下ろし、人間社会との決定的な『断絶』を痛感していた。




