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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第二章 獅子は木天蓼の夢の中

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第十六話 金獅子と紅薔薇[5]




「あなたね、先ほどからよくも言いたい放題……」

「よせ」



 短く発せられた、その一言にロゼリアは、思わず息を止めた。


 視界が白く遮られる。ロゼリアを庇うように、割り込んできたのはリュシアンだった。

 少年ながら威厳に満ちたその背は、ロゼリアの目に大きく映った。



「私闘も私怨も大いに結構。が、適否を見極めろ」



 静かで、有無を言わせぬ響き。あっさりとその場を収めた王太子に、称賛の囁きが広がった。



「さすがは王太子殿下」

「お見事な裁きだ」

「たった一言で収めてしまわれるとは」



 皆、その鮮やかな手腕に、感嘆を隠し切れないようだった。



「申し訳ございません、殿下。お許しください」



 震える声で言いながら、エレオノールが恥ずかしそうに顔を伏せた。取り巻きとともに、数歩後退していく。ドレスの裾が力なく床を擦った。


 一方、ロゼリアは呆然と目の前の背中を見上げていた。

 庇ったままの姿勢で、リュシアンがゆっくりとこちらを振り返る。



「貴様はデビュタント前だろう? いつまでここにいるつもりだ」



 そう言って横に並び立った瞬間、周囲からどっと、ざわめきが起きた。



 大綬(サッシュ)のディープサファイアと、ドレスのペールサファイア。

 宮廷正装の白銀の地模様と、ドレスに施された銀糸の刺繍。

 マントの裏地のクリムゾンレッドと、ロゼリアの赤い髪。


 まるで対になっているかのような親和性を帯びていた。



「……これも貴様の仕業か?」



 リュシアンの形の良い眉が、片方、ほんのわずかに上がる。ぱちりとまばたきをしてロゼリアは澄ました顔で見上げる。



「仕業、とは。なんのことでしょうか」



 諸侯らの動揺は当然だった。こうして並んでみれば、最初から示し合わせていたかのようにも見える。

 以前からの二人がそのような仲であり、すでに王太子妃の座は決していると見て取れなくもなかった。偶然かはたまた必然か――その境界はあまりにも曖昧だった。

 リュシアンは小さくため息をついた。



「まあ、いい。従者のもとまで送ってやる。ついてこい」



 マントを翻し、背を向けたリュシアンは、返事も待たずに歩き出した。すかさず後に続こうとした近衛騎士を手で制すと、ちらりとロゼリアに目配せする。

 彼の歩みを妨害することなく、人混みが速やかに割れる。ロゼリアは戸惑いながらも、近衛騎士に一礼し、慌ててその背を追いかけた。


 残されたのは、悔しそうに唇を噛むエレオノールとその取り巻き。

 呆気に取られる貴族たち。そしてその中には、唖然とした顔の父オーギュスタンと兄マクシムの姿もあった。




   ◇




「殿下。送っていただかなくとも、公爵家の従者の待機所は玉座の間のすぐ隣の前室なのですが」



 小走りに追いつきながら、数歩先を行く純白の背中に、ロゼリアは思い切ってそう口にした。



「そんなことはわかっている。少し歩きたくなった。貴様も付き合え」



 カトリーナが待つ前室の前を、リュシアンは足も緩めずあっさりと通り過ぎた。戸惑うロゼリアをよそに、突き当たりにある重厚な扉に手をかける。


 押し開けると、ひやりとした空気が流れ込んできた。扉の向こうは回廊だった。

 夜の回廊は、昼間の華やかな宮殿とはまるで別世界だった。等間隔に並んだ窓から差し込む月光が、磨かれた床の上に落ち、足元に長い影を作っている。


 喧騒は扉一枚を隔てただけでも遠ざかり、二人の足音が聴こえるほど回廊はひっそりとしていた。



「ここはよいな。静かで落ち着く」



 リュシアンが足を止め、窓の外へと視線を向ける。

 白銀の月明かりが、彼の金髪を淡く縁取っていた。臣下たちの前とは違う、肩の力が抜けた年相応の少年の声に耳を傾けていたロゼリアは、少し遅れてはっとする。



(これは好機なのでは?)



 ドレスの裾をつまみ、深くカーテシーを捧げた。



「王太子殿下、あらためまして立太子の御盛儀、誠におめでとうございます――」

「よい。それは献上の品の添え状にもあった。臣従の礼のカーテシーで十分に伝わっている」



 さらりと遮ると、リュシアンは不意にこちらへ向き直った。青い瞳が月光を受けて、鋭い光を帯びる。



「それより、貴様はいったいなんなのだ」

「……なに、と言われましても」



 質問の意図がわからない。

 けれど、はたと気がついた。そうだった。今世で、直接顔を合わせるのは、これがはじめて。

 アルノー公爵、オーギュスタンの娘であることは伝わっているだろうが、名乗りがまだだった。ロゼリアは慌てて再度膝を折る。



「失礼いたしました。アルノー公爵が娘、ロゼリア・ド・アルノーと申します」

「そうではない」



 リュシアンの声がわずかに低くなった。



(そうではない? 名乗りでもカーテシーでもないのなら、リュシアン殿下はいったいなにをお尋ねなのかしら)



 考え込むロゼリアはカーテシーを解くのも忘れ、その姿勢のまま固まった。



「あの日のことを……忘れたとは言わせぬ」






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