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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第二章 獅子は木天蓼の夢の中

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第十六話 金獅子と紅薔薇[4]





 取り巻きたちの笑い声が一層大きくなる中、エレオノールが一歩前に出た。



「先ほどの臣従の礼で序列ははっきりしましたでしょ? 最も高い位置にいるのはこのわたくし。ならば、王太子妃に選ばれるのも――」



 扇をわずかに下げ、エレオノールは確信に満ちた笑みを浮かべると、ロゼリアの耳元で囁く。



「……実は立太子の儀のあと、ラヴァル伯爵令嬢と偶然お会いできて、お約束くださいましたの。わたくしを応援していただけると」



 ラヴァル伯爵令嬢、セリーヌ・ド・ラヴァル――オルヴェリア国内のもう一人の王太子妃候補の名だ。


 エレオノールは小首を傾げ、伏せられたロゼリアの顔を覗き込むようにして微笑んだ。



「ねえ、あなたもわかってくださいますでしょう?」



 疑問符をつけながらも、その問いかけにはロゼリアの答えを求める響きなど、どこにもなかった。すでに勝敗は決した。そう言わんばかりの一方的な宣言にほかならない。


 ロゼリアは唇をきつく引き結んだ。


 このような場で、デビュタント前の身で、言葉を返すのは本意ではない。公爵令嬢としての矜持を崩すことにもなる。けれど、黙って受け入れることもできない。

 握り込んだ拳をドレスの陰にそっと隠した。





「お気遣い痛み入ります、お姉さま」



 ロゼリアは小さく息を吐き、顔を上げた。

 伏せていた睫毛の下から現れたはちみつ色の瞳は、少しも濡れていなかった。年上の令嬢からの嫌味にも、まったく堪える素振りも見せず、凪いだ湖面のように静かに、真っ直ぐ、エレオノールを見つめ返す。

 エレオノールの微笑が、ほんのわずかに強張った。



「正式な大人の仲間入りすら果たしていない、名ばかりの公爵令嬢相手に、これほど熱心にお言葉をくださるなんて。ご安心あそばせ、わたくしは……」



 ロゼリアは花がほころぶように微笑んだ。



「辞退する気など、一切ございませんわ」

「はあ? なんですって」



 扇がぴたりと止まる。エレオノールの口から公爵令嬢らしからぬ声が漏れる。その顔に、初めて戸惑いの色が浮かんだ。

 取り巻きの二人も顔を見合わせた。まさか言い返してくるとは思わなかったのだろう。



「『頼りなさげで、貧相な、色褪せた空のようなドレス』でしたかしら? 殿下の瞳の御色そのものではなく、あえて一段淡い青を選んだのは、わたくしがデビュタント前だからですわ」



 指先でシルクサテンの上質なドレスの生地を確かめるように撫で、ロゼリアは一語一語を噛みしめながら続けた。



「そして、本日もっとも輝くべき王太子殿下の光を濁さず、美しく反射する『鏡』となるため」



 その場の空気がわずかに揺れた。



「そちらの金や赤といったお色が、いまの流行りの色なのでしたよね。けれど、ここはただの社交の場ではございませんわよ?」



 小首を傾げる。その仕草は、先ほどのエレオノールのものとそっくり同じだった。



「次期国王として宣明を受け、王太子となられた第一王子殿下を称え、王国の繁栄を祈る栄誉ある式典。両陛下と殿下の御前で、よくそのような色のドレスをまとえましたわね」

「なっ、なにを、おっしゃるの……?」



 エレオノールの顔からすっと血の気が引いた。その声は思いのほか大きく響いたらしい。

 近くにいた紳士が振り返り、その隣の淑女もこちらを見る。


 玉座の間。

 大勢の参列者たちの中で、静かに始まった二人の令嬢の対決は、今や、ロゼリアとエレオノールを中心に、波紋のように広がりつつあった。



「どうした? 喧嘩か?」

「おお、いいぞー。先ほど王太子殿下も『堅苦しい話はここまで』とおっしゃっていたからな」

「煽ってどうする。これから祝宴だというのに」



 楽しげで無責任な声が幾つも重なる。その中に焦った声が混じった。



「ロゼ!? それと大聖堂のときのご令嬢? やはり、ただの『お話』ではなかったのか」



 マクシムだった。人混みの向こうからこちらへと足早に駆け寄ってくる。マクシムは二人の表情を見比べ、ようやく事態を察した。


 が、時すでに遅し。





「王家の象徴たる『金獅子』、国花である『赤い薔薇』。金も赤も王家に通ずる格式高い色。祝賀の席で身につけること自体は、決して咎(とがめ)られるものではございません。けれど、王家には、王族のみが身につけることを許された色がございます。君主の金(オール・レジャン)と王の赫(ルージュ・ロワ)――いずれも王権を象徴する特別な色」



 声は決して荒げない。

 囁くように穏やかでいて、迷いのないその声音は天井の高い玉座の間に凛と響く。

 わななくエレオノールに、ロゼリアはさらに言葉を継いだ。



「王家の祝典である立太子の儀ならいざ知らず、臣下が王太子殿下に忠誠を誓う臣従の礼において、王族専用の色を思わせる装いで全身を飾り立てるのは、王家と並び立とうとする不遜な主張と受け取られかねませんわ。いささか配慮に欠けるのではなくて?」



 取り巻きの二人も、慌てたように自分のドレスを見下ろす。金と赤。まさしく王家を象徴する色だった。



「……あら、大変。お姉さま方はご自分の美しさを競うことに夢中で、殿下への敬意をお忘れになってしまわれたのかしら?」



 周囲からこらえきれない忍び笑いがいくつも漏れた。

 エレオノールの顔が、ドレスに負けないほど真っ赤に染まる。扇を握る手がぶるぶると震えた。






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