第十六話 金獅子と紅薔薇[3]
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アルノー公爵家のあとも、臣従の礼は粛々と続いた。
領主が次々と名を呼ばれては、王太子リュシアンに忠誠を誓っていく。最後に控えていた白銀の甲冑に身を包んだ大勢の騎士たちの臣従がすべて終わると、宮廷儀礼官は広げていた羊皮紙の巻物を閉じた。
儀式の最中、遠くで時計塔の鐘が鳴り響いた。
「王太子殿下。これにて本日参集せしすべての臣下による臣従の礼が、完了いたしました」
リュシアンが集まった臣下たちをゆっくりと見回す。玉座の間の端から端まで、一人一人の忠誠を確かめるように滑っていった。
「諸卿の忠誠、しかと受け取った」
現国王よりも高く、よく通る声が玉座の間に響き渡る。
「今宵は我が王家の宴である。堅苦しい話はここまでとし、皆、存分に楽しんでほしい」
その宣言とともに、場の空気が一気に緩んだ。先ほどまでの張り詰めた静寂が、どこか浮き立つような祝祭の喧騒へと移り変わっていく。
控えていた王宮の侍女や従者たちが、玉座の間に儀礼用の長机を運び入れ始めた。白いクロスの上に磨き上げられた銀器と硝子の杯が、次々と並べられていく。
場が整うまで、しばし時間がかかるのだろう。玉座にいた両陛下が壇上から降りて、広間の裏口から外へ出ていくのが見えた。
代わりに壇下に椅子が並べられ、楽団が演奏の準備を開始した。
この先は大人たちの社交の時間だ。デビュタント前のロゼリアには立ち入ることの許されない領域だった。
(これで終わり? いいえ。まだ饗宴は始まっておりませんわ)
胸の内にじわりと広がるもどかしさに、ロゼリアはぎゅっとドレスの裾を握る。
諸侯の末席に連なることを許された。カーテシーの瞬間、確かな手ごたえを感じた。それだけでも満足するべきかもしれない。が、
(お父さまにご同行いただいて……殿下の御前に、ごあいさつだけでも!)
足りない。せめてこの意匠を凝らしたドレスだけでも、殿下の目に焼き付けたい。
単独で王太子に近づくことは礼儀に反する。しかし、公爵たる父が付き添い、ほんのわずかな時間ならば許容される範疇だろう。
ロゼリアは人の流れを縫うようにして、オーギュスタンの姿を探し、玉座の間の上座へと歩を進めた。だが。
「見つけましてよ。アルノー公爵令嬢!」
甘く、挑発を含んだ声が、絡みついてきた。
またしてもエレオノールが、取り巻きの令嬢たちを引き連れて、ロゼリアの前に立ちはだかった。赤いドレスの裾が優雅に揺れている。
「まさか、あなたが王太子妃候補の一角とは、思いもよりませんでしたわ」
くすくすと取り巻きたちが笑い声を漏らす。その声には純粋な好奇ではなく、見下した嘲りの色が、濃くにじんでいた。
「エレオノールさま、ごきげんよう。申し訳ございません。わたくし、急いでおりまして」
できるだけ穏便に。ロゼリアは物腰柔らかな言葉遣いを失わぬよう、胸が急くのを隠して、そう返した。
脇をすり抜けようとしたそのとき、取り巻きの一人がくすりと笑いながら、わざと、ロゼリアの進路を塞ぐように一歩踏み出した。
「『急いでいる』? それなら方向が違うのでは? お帰りはあちらですわよ」
閉じた扇の先は、玉座の入り口を指し示した。
「そこを退いていただけませんか?」
取り巻きの令嬢は一歩も動かない。それどころか、もう一人が反対側へ回り込み、いつの間にかロゼリアを三方から囲む形になっていた。
「まあ、ひどい言われよう」
「わたくしたちは親切で申しておりますのに。感謝いただきたいくらいですわ」
エレオノールが扇を広げ、口元を軽く覆う。その奥で唇の端が持ち上がった。
「デビュタント前でご存じないようですから、教えて差し上げますわ。今、社交界ではわたくしたちが着ているような色が流行っておりますのよ」
金糸の縁取りと深紅のドレス。取り巻きたちも、それぞれ金や赤を基調にした華やかな装いだった。
「それなのに両陛下や王太子殿下の御前で、そのように頼りなさげで、貧相な、色褪せた空のようなドレスをお召しになっては……ふふっ、せっかくの祝いの席が台無しですわ」
ロゼリアは苛立ちを押し殺すように、ゆっくり息を吐いた。見れば、壁際に設置されたテーブルには、できたての料理も運ばれ始めている。
(急いでいますのに)
やりきれない思いに頬の内側を噛み、ゆっくりと顔を伏せる。
「まあ。ご覧になって。この銀細工の髪飾りに結わえてあるのは……生花?」
エレオノールの視線が、髪に飾られた白い薔薇へと移った。細い指が無遠慮に伸びてくる。ロゼリアの髪に触れるか触れないかのところで止まり、宙を泳いだ。
「さすがはノエルヴァルトの田舎公爵。宝石も買えないほど財政が逼迫していらっしゃるのかしら」
「だからと言って、髪飾りに生花をつけようなんて。発想がわたくしたちとは別次元ですわね」




