第十五話 大聖堂の若き獅子[4]
◇
立太子の儀を終えたリュシアンは参列者へと向き直る。その凛とした佇まいは、すでに次期国王としての風格をまとっていた。
鮮烈な印象を残したまま、両陛下とともに絨毯を歩いて、大聖堂の外へ退場していった。
大聖堂の正面扉が大きく開け放たれる。そこには儀式を終えた王太子を一目見ようと、すでに大勢の民衆が押し寄せ、地鳴りのような大歓声と祝祭の鐘の音が響いていた。
「オルヴェリアにとこしえの祝福を!」
「我らが若き獅子に栄光あれー!」
両陛下と王太子――三人が並び、大聖堂の正面大階段をゆっくりと降りていく。
時折手を振り、民衆の声に応えながら。そして、その先に用意されていた豪華なオープン馬車に乗り込んだ。
これから民衆への王太子お披露目を兼ねた、祝賀パレードが始まるのだ。
「ご立派だったな」
「殿下の宣言も、実に素晴らしいものだった」
新たな王太子誕生の瞬間を見届けた参列者たちが、思い思いに感想を述べながら大聖堂をあとにする。
ロゼリアはまだ座席に着いたままだった。
(お父さまとお兄さまはどちらにいらっしゃるのかしら……?)
そう思いながら前方を見渡した、次の瞬間、
「あらあら、こんな末席にいらっしゃったのね」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできた。そちらを見ずともわかった。
「控室で見た、あの幼稚でかわいらしいドレスのご令嬢の姿が見えませんので、迷子になってしまったかと、皆で心配しておりましたのよ?」
また絡んできた。エレオノールだ。
(迂闊でしたわ。次に話しかけられるのは臣従の礼のときと思って、すっかり油断しておりました)
小さく唇を噛む。こんな些細な相手に構っている場合ではない。
デビュタント前で末席にしか座れない身の上で、どうやって王太子に強く印象を残すか――そのことで頭がいっぱいなのに。
「ありがとうございます。お姉さま方にご心配いただくほどのことではございませんでしたのに」
できる限り穏便に済ませたいと願いを込めながら、笑顔で返す。
さりげなく人の波の向こうへ視線を巡らせてはみたものの、エレオノールも意味ありげな笑みを浮かべたまま、立ち去る気配はない。
(引いてくださらないのね? やむを得ませんわ。かくなる上は――)
「ああ、ロゼ。ここにいたのか。探したぞ」
そのとき、助け船がきた。マクシムだ。大股にこちらへ歩み寄ってくる。エレオノールの肩がぴくりと揺れた。
「お兄さま、ありがとうございます。……お父さまは?」
ロゼリアはほっと安堵の息を漏らしながら、そう問いかける。
「あのとおり話し込まれていらっしゃる。父上には、先に従者たちと合流するとお伝えしておいた」
マクシムの視線がロゼリアから、隣に立つエレオノールへと移った。
「歓談の最中だったか?」
「いいえ。少しお話していただけですわ。まいりましょう」
これ以上、ここに留まる理由はない。ロゼリアは小さくエレオノールに会釈すると、マクシムの手を引いて従者たちの待機所になっている礼拝堂へと向かう。
取り巻きとともにその場に残されたエレオノールは、去っていく二人の背を、しばらくの間、じっと見つめていた。
「『ロゼ』……?」
唇から小さくこぼれる。その名には聞き覚えがあった。
「ロゼリア。……まさか、あの娘がアルノー公爵家の?」
だれに問うでもないつぶやきが、人混みの喧騒に紛れて、静かに消えていった。
❖ つづく ❖
© 2026 有明 莉琉/Riru Aria
【無断転載・翻訳禁止】All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.




