第十五話 大聖堂の若き獅子[1]
馬車が石畳の広場に静かに停まる。扉が開かれた瞬間、ロゼリアは思わず息を呑んだ。
目の前に聳えるのは、エペ・ド・マリス大聖堂。
その名の通り、まるで天を衝かんとする騎士の剣のごとく鋭い尖塔が、幾筋も雲の際まで伸びている。
朝の陽光を受けて、白亜の壁が眩いほどに輝いていた。
(……いつ見ても壮観ですわね)
馬車を降り、その尖塔の先を見上げながら感嘆の息を漏らした。
まさに、薔薇と騎士の国――オルヴェリア王国を体現するかのような造形だ。
優美さと剛健さ。その相反するふたつが、ひとつの建築の中で見事に調和している。
少し遅れて二台目の馬車からカトリーナが降りてきた。カトリーナもまた、その壮大さに一瞬気圧されたようだったが、すぐに視線をこちらへ戻し、足早に近づいてくる。
正面の大階段に目を向ければ、父と兄がそれぞれ従者を従え、早くも数段上り始めている。ロゼリアもカトリーナの手を借りながら、衣擦れの音を響かせ、慎重に一段ずつ踏みしめていく。
「まいりますわよ、カトリーナ」
「はい、お嬢さま」
とはいえ、カトリーナら従者が同行できるのは貴族用控室の手前まで。その先にある、立太子の儀が執り行われる区域には、侍女の身分では立ち入ることすら許されていない。
「お伺いしようと思いつつ、忙しさのあまり、機を逃していたのですが」
大聖堂へと続く階段の中間あたりへ差し掛かったところで、ふと、カトリーナが思い出したように口を開いた。
「お嬢さまは第一王子殿下にお会いしたことがおありなのですか? ドレスの意匠を仕立て屋に伝える際、『殿下の瞳の色に沿ったものにしたい』と、おっしゃっていましたが」
その問いにロゼリアは歩みをわずかに緩め、ペールサファイアのドレスを見下ろした。
「え? ……ええ、そうね。以前、人づてに殿下の瞳の色をお聞きしたことがあるのよ。ご尊顔を拝したことはないわ」
(今世では……ですけれど)
内心で言葉を補うも、表情には一切それを出さなかった。
「そうなのですね。私も一目でよいので拝謁したいですわ。息をのむほどの美男子であらせられるという噂にございますもの」
カトリーナの声には純粋な憧れが見て取れた。その無邪気な響きに、ロゼリアは小さく笑みを浮かべる。
「『一目でよい』だなんて、随分と謙虚ですわね。わたくしが王太子妃となって王宮に入れば、専属侍女のあなたも嫌でも顔を合わせることになりますのよ?」
さらりとそう返す。冗談めかした口調の裏で、胸の奥には確固たる本心を秘めていた。
「まあそれは。楽しみにしておりますわ」
それが伝わったのか、伝わらなかったのか。カトリーナもくすりと笑いを返す。二人の間に、束の間、和やかな空気が流れた。
石段を上りきり正面扉を抜けると、参列者を案内する助祭が一人立っていた。
「ご参列者さまの控室はあちらでございます。恐れ入りますが従者の方は礼拝堂を待機所として開放しておりますので、そちらでお待ちください」
ロゼリアを見た助祭が通路の右側へ促す。
ふと左側の通路を見ると、父の隣を歩いていた兄が振り返り、にこやかに手を振っていた。あちらが紳士の控室ということなのだろう。
「では、またのちほど」
「いってらっしゃいませ、お嬢さま」
カトリーナが深々と頭を下げる。その姿を見つめ返してから、ロゼリアは通路を奥へと進む。前方に控室へと続く扉が見えてきた。
扉の向こうにはすでに、名家の令嬢たちが集い始めているはずだ。
小さく息を吸い込むと、ロゼリアは背筋を伸ばし、控室の扉の奥へと足を踏み出した。




