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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第二章 獅子は木天蓼の夢の中

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第十三話 最初の一手[1]




 家族が集う書斎に沈黙が下りる。


 オーギュスタンはつい先ほど読み終えた書状を見つめながら、しばしの間、黙り込んでいた。名指しされたマクシムはもちろんのこと、セラフィナもカイゼルもレオネルも、皆、緊張した面持ちだ。


 その張りつめた空気をよそに、ロゼリアの脳内ではまったく別の思考が勢いよく巡り始めていた。



(紺碧のドレスに、ルビーの髪飾り……いいえ、あまりに華美すぎてはだめね。まだデビュタント前ですもの。かといって地味になりすぎてしまっても、祝典にはふさわしくありませんし)



 無意識のうちに、顎に指を添えていた。

 今から装いのことを考えるなど、いささか気が早すぎだろうか。いや、でも考えずにはいられなかった。


 立太子の儀、そして臣従の礼。それは、次代の王を戴(いただ)く、国家最高の大典(たいてん)。と同時に、参列するすべての者の品格が容赦なく値踏みされる、社交という名の戦場でもある。

 もし、そこで不調法(ぶちょうほう)を働けば、アルノー公爵家の名に傷がつきかねない。身にまとうドレス一着の選定すら、決して妥協は許されない。


 そこまで思い至り、ロゼリアはすぐさま強引にそれらを振り払った。



(いいえ。どれも建前にすぎませんわね)



 前世の立太子の儀では、父の後妻となったカミーユと義妹メリゼルから、あからさまな妨害を受けた。

 仕立て屋の手配を故意に遅らせられ、届いたドレスは流行遅れの型。装飾品すらメリゼルが先にかすめ取り、ロゼリアの元に回ってきたのは、輝きの鈍い、くすんだ端物ばかり。

 あの濁った石を身につけさせられた屈辱を思い出すたび、今でも胸が掻きむしられる。



(わたくしはただ、だれにも邪魔をされず、すべて思いどおりに進めたいだけなのだわ。今世こそは、必ずや……)



 密かに闘志を燃やすロゼリアに、マクシムが感嘆の視線を注いでいた。



「相変わらず肝が据わっているな。少しも動揺を見せないなんて。とてもデビュタント前とは思えないよ」



 心の深淵(しんえん)を覗かれたのではないかと、一瞬、ぎくりとした。胸がざわつく。


 先月の交流晩餐会への潜入を、まさか兄が知っているはずもない。ましてやデビュタントは前世で経験済みであることも。そんなこと頭ではわかっているのだが、一瞬微笑がひきつる。



「あらあら、そういうお兄さまは怯んでしまわれましたの? 国王陛下のお言葉を拝領(はいりょう)しておきながら、それを退けるなどあってはならないこと。むしろ王命を背こうとなさっているお兄さまのほうが、肝が据わっているのではなくて?」



 内心の動揺をひた隠しにして、なんとか平静を装った。すると、それまで会話に耳を傾けていたカイゼルが、いたずらな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。



「兄さんもロゼを見習って、腹を括ったら? いっそのこと『王都で婚約者見つけてやるぜ!』くらいの気概見せてよ」

「お前なぁ。普段は呼び捨てのくせに。こういうときだけ兄扱いするな」



 年子の兄弟の騒がしい掛け合いを放ったらかして、父はおもむろに引き出しを開けた。

 取り出した厚手の羊皮紙(パーチメント)を卓上に滑らせ、次いで、机上のインク壺と使い込まれた羽根ペンを手に取る。

 ペン先を漆黒のインクに浸し、澱みない動きで羊皮紙へと滑らせていく。その流れるような所作には、一切の迷いがなかった。否、迷う必要もなかった。


 王命を受けたなら、その日のうち、遅くとも翌朝には承諾の返書を出すという暗黙の了解がある。返事が遅れれば、反逆の意思ありとみなされてしまう。


 慣れた手つきとは裏腹に、父の横顔にはあきらかな緊張感が漂っていた。王命とは本来、これほどの重圧と覚悟をもって受け止めるものである。



(そうですわね。わたくしも一分一秒も無駄にできませんわ)



 不意に思い立ったような仕草で、ロゼリアは視線を上げた。



「お父さま。ひとつお願いがございますの」

「なんだ? どうした」



 さらさらと紙を走っていたペンがぴたりと止まる。父は不思議そうに娘の顔を見つめた。



「立太子の儀に際して、殿下にお贈りする祝いの品の選定を、わたくしに一任いただきたいのです」



 突然の申し出に、父オーギュスタンだけでなく母セラフィナも、一瞬きょとんとした顔になった。それから、娘の真剣な表情を見て、小さく苦笑を浮かべる。



「……張り切っているな。そんなに王太子妃になりたいのか?」



 その問いにロゼリアは、思わず頬を強張らせた。マクシムとカイゼルも興味深そうにこちらへ視線を向けている。



「いつだったか……お前がまだ赤子だったころ。マクシムが『ロゼは大人になったら王子さまと結婚して、王女さまになるの?』と聞いたとき、お前は『やっ、やっ』と言っていたのだぞ」

「ありましたね、そんなことも」

「ロゼ、随分と心変わりをしたのだな」



 懐かしそうに目を細める父の横で、兄二人も身を乗り出して「まったくだ」と大きく頷(うなず)いた。



「いいえ。お父さま、お兄さま。王太子妃になりたいのではありません」



 きっぱりと、そう言い切る。



「ロゼリアは愛する家族の幸せのため、そしてわたくし自身の幸せのため、王太子妃を目指すことにしたのです」



 そうしないと守れないものがある。変えられない運命がある。

 そのことをロゼリアは知ったのだ。前世ではなく、この今世において。


 ロゼリアの申し出を聞いたオーギュスタンは、しばしの間、愛娘の顔をじっと見つめた。

 昔から時折、大人顔負けに周囲を俯瞰(ふかん)してみているようなところがあって気づかなかったが、いつの間にか大人の女性のまなざしをするようになったのか。

 我が子の成長を誇らしく思う一方で、同時にこみ上げる父親特有の寂寞(せきばく)に視線を揺らす。


 やがて、ふっと慈愛に満ちた笑みを湛えて表情を緩めた。



「……お前がそう言うのなら構わんだろう。品の選定は任せよう」

「ありがとうございます、お父さま」



 ロゼリアはカーテシーを美しく捧げ、深々と頭を下げた。

 だが、伏せられたその瞳の奥では、すでに次なる算段が音もなく回り始めている。父はそんな娘の凛とした佇まいを、どこか眩しそうに愛おしそうに見つめていたが、満足げに頷き、再び手元の羊皮紙へと視線を戻した。


 気づけば窓外の陽は傾き、黄昏の影が忍び寄っていた。


 立太子の儀まですでに半年を切っている。王都ローズエマリスへと旅立つその日は、すぐそこまで迫りつつあった。





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