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処刑台のロゼリアに、遠ざかっていたあの夜の父の手のぬくもりと、握りしめる強さが蘇ってくる。
魔法陣の青白い光が照らす薄闇に、静かな反骨が揺らめいた。
(そうよ。早く楽になりたいなんて、なんと情けない)
あの夜の誓いと、父に伝えられなかったその続きを思い出す。
「決して、俯きません。ロゼリアは最期まで……」
――アルノーの娘として誇り高く咲き続けます。
この誓いを違えてはならない。
最期の瞬間まで父の娘として生きるのだ。
骨の髄まで軋む痛みと、絶え間なく命を吸い上げられる苦しみに耐えながら、微かにロゼリアは口の端を上げた。
この身に押された「反逆者」という烙印は、確かに冤罪だ。
だが、ロゼリアの魂の奥底には、だれにも裁かれることのなかった、もうひとつの罪が、ずっと眠り続けている。
――幼い日の記憶。
屋敷の厨房からこっそりと持ち出した蜂蜜の香る好物のフィナンシェ。
隠れて食べようと自室に戻ろうとしていたロゼリアの耳に、腹を空かせたまだ一歳にも満たない弟レオネルの泣き声が聞こえてきた。
あやすつもりでその口へ運んだ、ひとかけらの菓子。
口に入れた瞬間、泣き声がピタッと止まる。目が輝いてうれしそうに手足をばたつかせる。
その仕草がかわいくて、その日を機に、何度か食べさせてしまった。
当時三歳だったロゼリアは知らなかった。
それがふたつの命を奪うことになろうとは。
レオネルは亡くなった。母は笑わなくなり、やがて自ら命を絶った。
(わたくしが殺したの。だれよりも愛おしかったあの子を。優しかったお母さまを)
蜂蜜が一歳未満の赤子にとって命を奪うほど危険なものだと、広く知られるようになったのは、母の死から三年後のことだった。
父も二人の兄もロゼリアを決して責めなかった。しかし、その日から確実になにかが変わってしまった。
「ロゼは悪くないよ」
そう言いながら兄たちは目を合わせてくれなくなった。
きっと顔を見てしまうと言わなくていいことを言ってしまうから。
だからロゼリアが処刑されると聞いても、ついぞ会いに来てくれなかったのだ。
(そうね。この身には罪が宿っている。ならば、償わせてくださいませ)
恐怖はなかった。むしろ、ようやく赦されるという奇妙な安堵すらあった。
この命ひとつで、あの日の罪が贖えるというなら。喜んで差し出そう。
「出力、一段階上げました。まだまだ底が見えません」
「続けろ。ここまでくると素晴らしいな。この女の魔力だけで何日分の動力源を確保できるのだ? 一滴残らず絞り出せ」
声がひどく遠い。
ロゼリアの視界は、もはや光と闇の境目すら曖昧になっていた。
頬に張り付いていた赤い髪が、根元から毛先まで、まるで色を洗い流されるように白く染まっていく。
かつて「紅薔薇」と称えられた鮮やかな緋色は、もうどこにも残っていない。
指先ひとつ動かせない。声を上げることもできない。
体の中心から、途方もなく大きなものが、渦を巻きながら引き抜かれていく感覚が生々しい。
(痛い。苦しい。それでも最期まで抗い続けるのよ。お母さまとレオネルに合わせる顔がないもの)
恨みも憎しみもなかった。もはや感情という形を保てないほど、彼女の内側は空になっていた。
ただ、許されたいという願いだけが、消えゆく意識の底に残っていた。
魔導技師の一人が水晶板の数値を見て息を呑んだ。
「――限界値、突破します!」
魔力抽出装置はいまだかつてない出力値で人体からの抽出を開始した。
ロゼリアの体がぴんと張り詰め、抵抗を見せる。が、時計塔が次の鐘を鳴らすまでもたなかった。
全身から力が抜け落ち、ロゼリアは四肢を拘束具にだらりと預けた。
「心拍消失。生命反応ありません」
そして、次の瞬間だった。
限界を超えて引き抜かれたあまりにも膨大な魔力の奔流が、導管を通して貯蔵庫へと向かう代わりに、荒れ狂う獣のごとく逆流を始めた。
大地が低く呻き震えた。
王都の地下を走る導管という導管に、かつて経験したことのない負荷がかかる。
遥か地上でも、ほんの一瞬、すべての街灯が明滅し、行き交う人々が不思議そうに空を見上げた。
だがそれも、瞬きの間の出来事として、すぐに忘れ去られてしまうだろう。
意識の最果てで、ロゼリアはもう一度、あのふたつの名前を呼んだ。
(お母さま。レオネル。……今、わたくしもそちらへまいります)
やがて、ロゼリアの意識は静かに閉じ、闇に呑まれた。




