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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第二章 獅子は木天蓼の夢の中

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第十一話 巡り合う魂[1]




「はあ? だれだよあんた。馴れ馴れしいな」



 その一言に、リュシアンはかっと頭に血が上るのを感じた。

 王族たるこの自分に向かって、この言い草はなんだ。田舎の令嬢というのはこうも育ちが悪いのか。

 以前王宮でアルノー公爵を見かけたときには、むしろ威を放ちつつも、極めて謙虚な紳士と映ったが、あれはただの外面だったということか。



「『だれ』だと? 僕は……」



 だが、次の瞬間には、その怒りも行き場を失っていた。



「……いや、名乗るわけにはいかぬのだ。今は」



 ぼそりとつぶいた声は歯切れが悪い。


 そうだ。今の自分は宝物庫からくすねた秘宝を纏い、正式な手続きも踏まず、他家の敷地に不法に侵入している身だ。

 ここで「オルヴェリア王国第一王子、リュシアン・ド・オルヴェリアだ」などと名乗れば、公爵家との間に不要な波風を立てることになる。


 いや、それ以前に、国王である父に知れれば、しばらく牢に繋がれるだろう。


 返答に窮(きゅう)し、リュシアンはついと視線を落とした。

 その瞬間、目に飛び込んできたのは、少女の足元だった。



 ――素足。



 剥き出しの爪先。白磁を思わせる透き通った肌は、昼下がりの強い光を受けて、まるで自ら発光しているかのように眩しく輝いていた。


 リュシアンは自分の目を疑った。

 だが、何度瞬きをしても、見えているものは変わらない。



(正気か? この女は)



 オルヴェリア王国において、裸足は決して軽い意味を持たない。


 貧しさゆえに靴が買えぬ者、あるいは奴隷の身分にある者。それが素足の第一の意味だ。

 さらに、教会の教えでは、罪を犯した者がその償いとして裸足で聖堂の階段を上るという慣習もある。

 つまり、貧困、隷属、罪と償い。そのいずれかを、否応なく連想させる姿なのだ。



 そしてなにより、淑女の素足というものは、時として、慎みを欠いた誘惑の証とすら見做(みな)される。



(こ、こんな、破廉恥極まりない格好で……!)



 これが王太子妃候補筆頭と噂される公爵令嬢の、真の姿だというのか。あの口うるさく礼儀作法を説くマルグリット・ロシュフォールが、太鼓判を押したという令嬢なのか。



「マルグリット! 貴様の目は節穴か!?」



 思わず声に出していた。

 怒りと裏切られたような衝撃とが、綯い交ぜになって、腹の底からせり上がってくる。


 品性、知性、教養、容姿――なにをとっても申し分ない完璧な公爵令嬢。

 それが、蓋を開けてみれば、こんな下着同然の薄布一枚を纏い、裸足で屋敷の外をうろつく娘だったとは。


 拳が無意識のうちに固く握りしめられていた。指先が白くなるほどに。



「そんな格好で人前に出るとは何事だ? 田舎者とはいえ貴様、公爵令嬢だろう! それに――」



(貴様は、僕の……)



 そこまで考えて、リュシアンは自分の思考にはたと気づき、慌てて打ち消した。


 別にこれはそういう話ではない。あくまで王太子として、将来の妃たる者の資質を、客観的に見極めているだけだ。

 そう、自分に言い聞かせる。



 けれど、握った拳の震えはなかなか収まってはくれなかった。


 王太子妃候補筆頭だという目の前の少女の、あまりに常識外れな姿に、リュシアンはただ立ち尽くすことしかできなかった。


 ドリィは不思議そうにリュシアンを見上げながら、首を傾げた。





   ◇




 そのとき、敷地の奥からにわかに、人のざわめきが伝わってきた。

 複数の足音、野太い話し声が、次第に大きくなってくる。



「まずい!」



 ドリィの顔からさっと青ざめるのが、リュシアンにもわかった。次の瞬間、少女の手が、いきなりリュシアンの口元を塞いだ。



「んん――っ!?」



 抗う間もなく、体ごと傍らの植栽の陰へと引き倒される。

 背中に葉の擦れる感触と、湿った土の匂いがどっと押し寄せた。



「貴様、いったいなにを――」



 塞がれた口の隙間から、くぐもった抗議の声を上げる。

 だが少女は、構わずリュシアンの体にぴたりと身を寄せたまま、唇の前に人差し指を立てた。



「しっ、静かに!」



 囁くような声には、有無を言わせぬ迫力があった。それになにより驚いたのは、その手の力の強さだった。華奢な見た目からは想像もつかないほど、しっかりとリュシアンの口と体を押さえ込んでいる。



(なんなのだ、この女は……)



 抵抗しようにも身動きが取れない。

 至近距離で感じる少女の体温、柔らかさ。そして、ふわりと鼻先をかすめる、あたたかい陽だまりのような、不思議と懐かしい匂い。


 それらに怒りとは別の種類の動揺を覚え、リュシアンは思わず息を詰めた。




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