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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第二章 獅子は木天蓼の夢の中

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第十話 偽令嬢と招かれざる客[2]




   ◇




 時を同じくして。


 ノエルヴァルトの駅舎を出た少年の足取りは、初めて訪れる土地とは到底思えないほど迷いがなかった。


 石畳とも呼べぬ、踏み固められただけの土の道。

 行き交うのは、洗練された王都の馬車ではなく、荷を山ほど積んだ質素な荷馬車ばかりだ。

 それでも少年は、目的地を熟知しているかのように、まっすぐ前を見据えて歩いていく。


 もっとも、迷いのない足取りとは裏腹に、彼の姿はこの辺境の街から明らかに浮いていた。

 羽織った地味な外套は、肩の落ち方からして、明らかに借り物だ。

 金の髪こそ、目立たぬよう帽子の下に押し込んでいるが、青い瞳の輝きや、育ちの良さのにじみ出た所作までは、そう簡単に隠しきれるものではなかった。





 少年はその名をリュシアンと言った。

 リュシアン・ド・オルヴェリア。


 そう。彼はこのオルヴェリア王国の第一王子である。

 来年、十五歳となり成人を迎えるとともに、立太子の儀において正式に王太子として、内外に宣明(せんめい)される予定だ。



 道端に並ぶ露店の一つ、花屋の前を通りかかったところで、店主の男がふいに声をかけてきた。



「おう、坊主。見ない顔だな」



 坊主、という呼びかけに、一瞬かちんとくる。だが、今の自分はどこからどう見ても坊(・)主(・)にしか見えない格好をしているのだから仕方がない。


 リュシアンは苛立ちを飲み込みながら、店先に目をやった。


 並んでいるのは、シクラメン、アスター、それにダリア。鮮やかな色とりどりの花が、素朴な木箱の中にところ狭しと詰め込まれている。


 自然と視線が、そこには見当たらない一輪の花を探していた。



「……薔薇はないのか」



 気づけば口をついて出ていた。

 店主は、髭の奥の口元を一瞬だけニヤリと歪めた。それから、堪えきれないとばかりに、大声を上げて笑い出す。



「はははっ! 本気かい? ここは北の辺境だぜ。秋口に薔薇を探しているなんて、さては坊主、王都から来ただろ。こりゃ『お坊ちゃん』って呼ばなきゃいけなかったか」



 図星を突かれ、リュシアンはぐっと言葉に詰まった。店主はそんな反応を面白がるように、さらに続ける。



「想い人に会いにはるばるノエルヴァルトまで来たってか? 残念だが薔薇は王都から持ってこないと。もっとも王都の温室で育ったような、ひ弱で、香りの薄い、ただ赤いだけの薔薇じゃ、色恋の相棒にゃ心許ないだろうがな」

「だれが色恋だ! そんなものでは断じてないっ」



 思わず声を荒げてしまってから、リュシアンはしまったという顔になった。周囲の視線が、一瞬こちらに向く。


 無礼な店主だ。

 お望みとあらば、今すぐにでも営業停止を言い渡してやる――そう思い至ったところで、はっと我に返る。

 お忍びで来ている以上、そんな真似ができるはずもなかった。


 気分を害したリュシアンは、それ以上、店主に取り合うことなく、再び目的地に向かって大股に歩き始めた。



「別にはるばる来たわけではない。第一、想い人でもないし」



 だれに言い訳するでもなく、ぼそぼそと独り言がこぼれる。頬に微かな熱を感じるのは、徐々に傾き始めた日差しのせいに違いなかった。



 そうこうするうちに、彼は一軒の大きな屋敷の前へと辿り着いた。高い塀に囲まれた、堂々とした佇まい。王宮の絢爛さには遠く及ばないものの、この辺鄙(へんぴ)辺土地には不釣り合いなほどの威容を放っている。

 だが、華やかさよりも堅牢(けんろう)さを重んじた砦のような屋敷は、いかにも武門の家柄らしい。



「王宮には劣るがまあまあだな。さすが田舎。土地だけはある」



 小さく鼻を鳴らしながら、リュシアンはそびえ立つ塀を見上げた。そして、屋敷に向かってゆっくり一歩を踏み出した。


 塀に近づくにつれ、リュシアンは羽織った外套の襟元にそっと手をかけた。


 これはただの外套ではない。

 王宮の宝物庫からこっそりと拝借してきた秘宝、幻影の外套(ファントム・クローク)だ。

 フードを深く被り、そっと魔力を通すと、たちまち体の輪郭が淡くにじみ、揺らぎ始めた。



「……よし」



 満足げに小さく頷く。フードを目深に被ったまま、リュシアンはさらに屋敷へと近づいていく。

 先ほどまで淡く半透明だった体は、もうほとんど透明になっていた。


 単に透明になるだけではない。これのすごいところは、どんな分厚く高い壁であっても、乗り越えるでも、崩すでもなく、羽織っただけで難なく通り抜けられてしまうところだ。

 残念なのは影までは透明にできないこと。それと、物理的な壁は通過できるが、魔法障壁や結界の類(たぐい)には効果を発揮しないこと。



 リュシアンは透けた掌を、そっと塀にかざしてみせる。指先が灰色の石塀に触れた瞬間、抵抗もなく、するりと沈み込んでいった。



「魔法障壁や結界は施されていないな」



 確認すると、リュシアンは息を止め、そのまま体ごと塀の向こうへと踏み出す。

 ひやりとした感触が全身を包んだかと思えば、次の瞬間には、塀のあちら側――屋敷の敷地内にリュシアンは音もなく立っていた。


 手入れの行き届いた庭は、思いのほか静かだった。

 左右対称(シンメトリー)に整えられた芝生、等間隔に植えられた庭木、中央には噴水と王国の象徴である獅子の石像。そして、その奥にそびえる、堂々とした屋敷の輪郭。


 外から屋敷内を窺いながら、リュシアンはふと、良心の疼きのようなものを覚えた。


 いくら透明になっているとはいえ、正式な手順を踏まず、屋敷の主の許可も得ないまま、敷地内にまで足を踏み入れているのだ。見えないことをいいことに、さらに屋敷内部にまで侵入したとなれば、無礼千万。



「今日は一目だけだ。たとえ見られなくとも長居はしない」



 そう自分に言い聞かせる。


 あの気難しいマルグリットでさえ、王太子妃にふさわしいと太鼓判を押す公爵令嬢。

 紅薔薇のごとく気高く美しいというその令嬢を、ただ一度、この目で確かめに来ただけなのだ。それさえ済ませれば、すぐにでも立ち去るつもりだった。


 リュシアンは庭木の陰に身を潜めるようにしながら、屋敷の裏手へと慎重に回り込んでいく。薄明かりの漏れる部屋、二階の廊下を行き交う侍女らしき人影。

 その中に目当ての令嬢がいないか慎重に確認していく。



 そのとき、屋敷の裏手の茂みが、かすかに揺れた。





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