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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第一章 紅薔薇は返り咲く

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[4]




 朝の光が部屋に満ちるころ。

 コンコンコンと、遠慮がちなノックの音が響く。



「お嬢さま。お食事をお持ちいたしました。召し上がっていただけますでしょうか」



 専属侍女カトリーナの声だった。ドリィはげんなりとした顔で体を起こす。



「あ……うん、そこに置いておいて。ありがとう、カトリーナ」



 できる限り弱々しい声を装ってみせる。

 ドリィが変えられるのは姿だけ。声まで別人のものにすることはできない。


 可能であれば話すのは控えたいのだが、なにか返答をしないと、この侍女は室内に入ってきてしまうため、やむを得ず声を出すしかなかった。

 だが、扉の向こうの気配はそう簡単には引き下がらない。



「まだ、声の調子が悪いようですね。失礼いたします。お顔の色だけ確認させてくださいませ」



 答えを待たずに、扉がそっと開かれる。

 ドリィは慌てて布団を引き寄せ、顔の下半分を隠すようにしながら、精一杯、弱々しい表情を作ってみせた。



「あまり見ないで。は、恥ずかしいから」

「まあ、そんな。……ですが、顔色は以前よりよろしいようですね。安心いたしました」



 カトリーナはロゼリアより五つ年上。

 姉のような包容力を漂わせながらも、その観察眼は驚くほど鋭かった。


 食事の乗ったトレイをサイドテーブルに置きながら、室内の様子をそれとなく確認しているのが、ドリィにも伝わってくる。



「本当に大丈夫ですのよ、カトリーナ」



 早く出て行ってほしい。

 言葉遣いに注意しながら、こみ上げてくる本音が表情に乗らないようにするので、ドリィはいっぱいいっぱいだった。

 「お嬢さまはこんなことおっしゃらない!」と、少しでも違和感を抱かれてしまえば、大変なことになってしまう。



「いいえ、油断は禁物です。お嬢さまに万が一のことがあれば、旦那さまに合わせる顔がございません」



 幸いなことに、カトリーナの声には揺るぎない忠誠心がにじんでいた。

 ロゼリアからの信頼も厚いその献身ぶりは、本来であれば微笑ましいものであったはずだ。だが、今のドリィにとっては、その献身こそが最大の脅威だった。


 さらには、いつロゼリア――の姿をしたドリィになにかあってもすぐに対処できるよう、複数の侍女たちによる扉前の待機当番まで組まれているらしい。

 昼夜を問わず、常にだれかが扉のすぐ外に控えている。おかげで羽を伸ばそうにも、気を抜ける瞬間がほとんどなかった。


 カトリーナが退室し扉が静かに閉まったあと、ドリィは深々と寝台に沈み込んだ。


 昨晩、ロゼリアから届いた思念伝達を思い出す。

 作戦会議と言いながら、そのあとの愚痴大会がメインだった気がする。久しぶりに聞いたロゼリアの声は、ドリィにとってささやかな清涼剤になっていた。


 けれど、ロゼリアに成り代わってこの部屋に閉じこもり始めて八日。そろそろ限界が近かった。



「森の空気を、胸いっぱい吸いたいよぉ……」



 消え入りそうな独り言が、静かな部屋の中にぽつりと落ちた。


 自然豊かなノエルヴァルト。

 故郷の森が屋敷のすぐ裏手に広がっているとはいえ、木の精霊であるドリィにとって、この閉ざされた部屋の中で人の姿を保ち続けること自体が、じわじわと体力を蝕んでいく。


 あと少しの辛抱だと言い聞かせながら、ドリィはそっと目を閉じた。




   ◇




 時を同じくして。


 アルノー領ノエルヴァルトに辛うじて敷かれた魔導列車の駅に、一両編成の、いくらか古びた車両が滑り込んできていた。



 蒸気にも似た、淡い光の粒子が周囲に立ち込める。ホームに降り立ったのは、旅慣れない足取りの一人の少年だった。

 質素な外套を纏い、荷物も肩に掛けた鞄ひとつだけという、いかにも軽装な出で立ちだった。


 目深にかぶった帽子から覗く金の髪は、陽光を弾いて、隠しきれない輝きを放っている。

 青い瞳が物珍しそうに辺りをぐるりと見回した。


 ホームの向こうに広がるのは、王都の洗練された景色とは、似ても似つかない光景だった。

 素朴な石造りの駅舎、荷馬車の行き交う土の道。


 そして、遠く霞んで見える雪を頂いた高い山々の稜線。



「ここが、ノエルヴァルト?」



 少年は小さくつぶやいて、首をひねる。



「こんな辺境に公爵が住んでいるなど……にわかには信じられないな」



 呆れとも、感嘆ともつかない声音だった。

 整った顔立ちに浮かぶのは、値踏みするような、どこか傲慢さのにじむ表情。

 荷を担ぎ直すと、少年は先ほどとは一転、迷いのない足取りで駅舎の外へと一歩を踏み出した。


 冷たい北風が金の髪をさらりと揺らす。

 少年はその風にわずかに顔をしかめながら、澄んだ空気を深く吸い込んだ。




   ❖ 第一章・完 ❖




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

【第九話 折れぬ紅薔薇[4]】をもちまして、【第一章 紅薔薇は返り咲く】は完結となります。

挫折という雨を浴び、それでも気高く咲き誇ろうとするロゼリアの前に、次章ではまたもや新たな試練が襲いかかります。

少しでも「続きが気になる!」「今後の展開に期待!」と思ってくださった方は、是非ともリアクション、★評価、ブックマーク登録等で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


© 2026 有明 莉琉/Riru Aria

【無断転載・翻訳禁止】All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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