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やがて、大広間の奥に設えられた壇上に、深紅の法衣を纏った恰幅のよい老齢の男が立った。中立都市連合リュミエールの枢機卿だという。
会場の喧騒がゆっくりと収まっていく。
「本日、この光の間に両国の皆様をお迎えできましたこと、主催国を代表し、心より歓迎申し上げます」
朗々とした声が、シャンデリアの下に響き渡る。
「オルヴェリア王国、ヴァルクライス帝国。両国の間に流れた、百年という長き月日に思いを馳せながら――」
その言葉にロゼリアは思わず耳を傾けた。
政治的な話題を注意深く避けながら、あくまで祝賀と純粋な歓迎の意のみを、丁寧に紡いでいるのがわかる。
停戦百周年という節目の重みを称えつつも、その是非にも、両国の複雑な因縁にも、一切言及しない絶妙な均衡の取れた言葉選びだった。
(さすがは中立を掲げる国の枢機卿ね)
抜け目のない話術に、ロゼリアは内心で小さく感心した。
「それでは、この佳き日を祝して。――乾杯」
「乾杯」
その一言を合図に、広間に集った者がグラスを掲げる。どこか示し合わせたような息の合った唱和に気味の悪さを覚えつつ、ロゼリアは冷えたシャンパンのグラスを傾け、飲むふりをした。
柔らかな弦楽の調べが、どこからともなく流れ始めると、張り詰めていた空気がわずかにほどけていく。あちこちで談笑の輪が広がっていった。
招待客の大半が両国の貴族たちであることも幸いしているのだろう。
因縁深き二国の交流晩餐会とは思えないほど、穏やかに、滞りなく進行していった。
それとともに、それまできれいに二分されていた広間の中央付近では、興味深い光景が生まれ始めていた。
リュミエールの貴族や評議員たちが、いわば仲介人となって、オルヴェリアとヴァルクライス、双方の招待客の間を巧みに取り持っている。
「オルヴェリア王国の魔導技術は、実に見事だと伺っておりますわ」
「いやいや。それを言うならヴァルクライスの鍛冶の技術こそ大陸随一でしょう」
皆が如才ない笑みを浮かべ、多少ぎこちないながらも、当たり障りのない世間話に興じている。
両国間で絶え間なく続く一触即発の情勢は、ひとまず、この場では鳴りを潜めていた。
――表向きは。
(まあ。皆さま、お上手ですこと)
心配していた交流晩餐会の目的はなんとか形を保っている。だが、両国を隔てる溝は深い。
この場にいるだれもが、得体の知れないものを腹の底に秘めながら笑っている。社交界ではよくある光景だが、見ていて気持ちのよいものではない。
停戦百周年を寿ぐ華やかな夜会。
だれもが和やかな笑みを浮かべ、グラスを傾けている。けれど、その笑みの奥に潜む視線をロゼリアは見逃さなかった。
「……停戦を祝いながら、互いに腹の探り合いですわね」
小さく独りごち、ロゼリアはくすりと笑った。
かく言うロゼリアも人には言えない野心を潜ませ、ここにやってきた。
(さあ。わたくしも負けていられないわ)
手にしていたグラスを近くの給仕係のトレイにそっと戻すと、ロゼリアは深く息を吸い込む。
ドレスの裾を手早く整え、表情を引き締め直した。
視線は広間の奥へと向かう。近寄りがたい空気を纏ったまま、その人は変わらずそこに立っていた。
(引き続きお父さまに注意しつつ、さりげなく距離を詰めましょう)
決意を固めると、ロゼリアは優雅な足取りを装いながら、人々の合間を縫うようにして、彼のいるほうへとそっと歩み出した。




