第八話 未来を告ぐ者[1]
彼が光の間に足を踏み入れたその瞬間、示し合わせたわけでもないのに、広間の視線はその一点へと注がれていた。
(彼で間違いないわ)
ロゼリアは心の中で呟いた。
自身に課した二つのうちの一つ――「第一皇子を見逃さぬ」という、一時は遂行不可と思われたミッションは、どうやら問題なく達成できそうだ。
恐ろしいほどに整った容貌でありながら、そこににじむのは、華やかな親しみやすさなどではない。刀の切っ先を思わせるような、冷たい鋭さを孕む美しさだった。
悠然とした足取り、深淵を覗かせる無機質な翡翠色の瞳。そして、なによりも遠巻きにして様子を窺っているロゼリアの肌にまで、びりびりと伝わってくるほどの隠しきれない強者の気配。
あの日、ドリィが森で語った言葉が脳裏に鮮明に蘇ってくる。
(彼が――オルヴェリア王国を破滅に陥れる人物)
戦場で無敗を誇る黒牙の狂獣。
目の前の人物がその本人であることを、ロゼリアはもはや疑う余地もなく確信していた。
けれど、確信と同時にひとつの違和感が、するりと胸の中に滑り込んできた。
(そうだとしたら、おかしいですわね)
第一皇子という身分であれば、通常、幾人もの護衛がその周りを固めているはず。だが、彼の周囲にはそうした気配が見当たらない。
数歩ほどの距離を空けて、遠巻きに眺める人々はいる。しかし、だれも彼のすぐ傍には近づこうとしない。
むしろ、彼自らが周囲を遠ざけ、己だけの領域を作り出しているようにさえ見えた。
(護衛もつけずに、単身で敵国との晩餐会に? それとも……護衛など必要がないと、そうおっしゃっているのかしら)
考えれば考えるほど、疑問は深まっていく一方だった。
確かに彼ほどの強者であれば、並の護衛などいてもいなくても大差はないだろう。
それでも、皇族という立場を考えれば、あまりにも異常事態だ。
シャンデリアの光を受けて、礼装用の軍服が金糸の刺繍を鈍く輝かせている。
幾つもの勲章が胸元できらめき、威容を際立たせていた。
その装飾に負けることのない、しなやかながらも鍛え上げられた体躯。歩くたびに、周囲の空気そのものが厳かな緊張を帯びていく――そんな錯覚さえ覚える。
ロゼリアはそっと唇を引き結んだ。
(いつかその胸に、オルヴェリアを滅ぼした証も燦然と輝かせるのね)
この男が、――この男こそが、祖国を灰燼に帰す黒牙の狂獣。
心臓が痛いほど強く脈打っている。
それは恐れからくる震えなのか、それとも、ようやく巡ってきた好機への興奮なのか。ロゼリアは自分でも判別がつかなかった。おそらくその両方だったのだろう。
努めてさりげなく、視線を彼から逸らす。
今、あからさまに見つめ続ければ、それこそ余計な注目を集めるだけだ。グラスに口をつけるふりをしながら、ロゼリアは会場の喧騒に紛れるように、ひっそりと次の機会を窺い始めた。
(この瞬間をずっと待っていましたわ)
そう淡い含み笑いをこぼす。長い旅路の末、ついに視界に捉えた因縁の相手。
この機会を逃す気など微塵もなかった。




