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晩餐会での使命はふたつ。
招待客としてどこかにいるはずの父オーギュスタンと、決して鉢合わせしないこと。
そして、まだ顔も知らない第一皇子を見逃さぬこと。
しかし、二つ目の使命についてはどうやら、第一皇子不参加につき、遂行困難となりそうだ。
(だからといって、手ぶらで帰るつもりは毛頭ないわ。かの国の方々をこれほど間近でお見かけする機会なんてそうそうありませんもの)
視線を巧みに配りながら、それとなく、周囲の会話に耳を澄ませていく。
給仕からウェルカムドリンクのグラスを受け取る際のわずかな瞬間も、慣れた所作でグラスを傾けるふりをしながら、聞き耳を立てるくらいは、造作もなかった。
「美しいな。後ろ姿で顔は見えないが、立ち姿が実に優雅だ」
不意に、背後から届いた囁きに、ロゼリアはぎくりとした。
「ああ、どこのご令嬢だろうな。しかし……少し若くないか? 社交界デビュー前だったりして」
「やめろよ。僕には少女愛の趣味はないんだ」
(まずいわ)
内心で、焦りが広がる。
(なぜかわたくし、注目を集めていません? 確かに前世で最後にこういった社交の集いに参加してからブランクはあるけれど、無作法などなかったはずよ)
デビュタント前なのはあくまで今世の話だ。
前世から数えれば、こうした夜会に出席するのはもう何度目か覚えていないほどだった。
(むしろ、その完璧さがかえって目を引いてしまったのかしら? だとしたら悪い気はしませんけれど、今はご遠慮したいわ)
理由はどうあれ、これ以上注目を集めるわけにはいかない。
ロゼリアは視線から逃れるように、自然な動作で壁際へと身を寄せた。
――そのときだった。
「……まぁ、ご覧になって。なんて涼やかで端正な」
「いやはや。たいそうご立派だ。実にかの国らしい顔つきをなさってるな」
「ちょっと、あなた。よしなさいったら。聞こえましてよ」
さざ波のようにざわめきが会場に広がっていく。
潜めていた声が、いっせいに、ある一点へと向けられていくのが、肌で感じ取れた。
ロゼリアもまた、その空気に引き寄せられるように、声のするほうへと、そっと顔を向けた。
大広間の中央付近、道が割れるように人々が下がった、その先。集まる視線の中心に、ひとつの人影が、悠然と立っていた。
漆黒の髪がシャンデリアの光を受けて、艶やかに輝いている。
長身を包むのは、金糸の刺繍が施され、幾つもの勲章を連ねた礼装用の軍服だった。
装飾過多になりがちな儀礼服でありながら、着崩れひとつない隙のない着こなしが、かえって本人の佇まいの鋭さを際立たせている。
年のころは、十六、七といったところだろうか。
伏せがちな睫毛の下から覗く瞳は、美しい翡翠色をしていた。
ただ、声を掛ける者があっても、彼は口元にわずかな微笑ひとつ浮かべず、感情の読めない冷たい眼差しを、ただ前方に向けている。
整った容貌でありながら、その表情の冷ややかさが、周囲との間に見えない壁を作り出していた。
近寄りがたい。だれもがそう感じずにはいられないだろう。
それでいて、目を逸らすことすら許さないほどの、圧倒的な美しさを纏っていた。
周囲の貴族たちとは明らかに一線を画すなにかを、ロゼリアは瞬時に感じ取っていった。
――いや、わかってしまった。
「――……あれが、第一皇子?」
ロゼリアは知らず知らずのうちに息を止めていた。
《つづく》
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