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◇
扉をくぐった瞬間、思わずロゼリアは息を呑んだ。
見上げるほど高い天井から、豪華なシャンデリアが三基も吊り下げられているのは圧巻だった。
ブロンズの枝から垂れ下がる無数のクリスタルガラスが、大理石の床にきらきらと光の雫を降らせている。
光の間――リュミエール国内の公式な晩餐会でもたびたび用いられる格式高いこの広間をもってしても、他国の、しかも因縁深い敵国同士の記念行事に使われるのは、今回が初めてだろう。
広間では招待客が全員揃うまでの間、歓談が繰り広げられていた。
立食形式に整えられた会場には、百五十名ほどが集まっていた。
しかし、交流晩餐会という割にその群衆は、自然と左右に分かれ、かの国とは相容れないと言わんばかりの隔たりが隠し切れていない。
「これが、交流晩餐会……」
まだ開会のあいさつすらされていないが、この光景を見る限り、かの国との交流を深めるという目的の達成はかなり怪しくなっている。
異国に場所を移しただけのいつもの夜会の気がしてならない。
そんな皮肉めいたことを思っていたロゼリアだが、ふと足を止めると、自身が知らぬうちにオルヴェリアの群衆の一部になっていることに気づく。
(ち、違うのよ。侵入している身ですもの。「木を隠すなら森の中」――あくまでも悪目立ちしないためですわ。お父さまに見つかる心配がなければわたくしだって、帝国の方々と楽しくお話ししましたのに)
だれに宛てたでもない言い訳を心の中で繰り返した。
周囲にいるものは皆、一度も話したことのない名も知らぬ他人。なのに、異国の地で出会う祖国の人々に、これほどまでに郷愁を覚えるのか。
「それにしても、今回、国王陛下は出席を見送られたとのこと……」
「あら、そうですの? 残念ね。ご挨拶したかったのに」
身に馴染んだ母語は小声だったが、妙に鮮明に耳に入ってきた。その瞬間、ロゼリアは唖然とする。
(陛下がご出席なさらない?)
理由は明白だ。出席して得られる益より、リスクのほうが遥かに大きい。
暗殺を企てる者にとっては、国王が王都を離れる絶好の機会。それをわざわざくれてやる義理などない。
国内世論にも配慮した形だろう。いくら停戦百周年記念だろうと、宿敵ヴァルクライスと盃を挙げたとなれば、国民の激しい批判に晒される。
「陛下が欠席となれば、他の王族の方々も皆、右にならえで欠席だろうな」
「となると、かの国の皇帝も出席しない、と?」
「ああ。おそらくは」
(この展開を想定していなかったわけではありませんわ。けれど……まさか)
交流晩餐会と聞いて、有頂天になっていたことは認める。待ちに待った機会を逃す手はないと。
百周年記念という大きな節目が過剰な期待感となって、ロゼリアは客観的な状況判断を誤る結果となったのだ。
(仕方ありません。せっかくですもの、今世で初めての夜会を楽しみましょう)
気持ちを切り替えて、ロゼリアは出席者の顔を盗み見る。
きらびやかな衣装をまとった貴族たちの中には前世で見知った顔もちらほら。顔ぶれはほとんどオルヴェリア国内の一般的な夜会と変わらない。
それにしてもと、ロゼリアは顎に手を添えた。
(前世でも、この晩餐会は、開かれていたのよね?)
あのころのロゼリアは、こんな催しが存在することすら知らなかった。
弟と母が亡くなり、兄たちとの関係も思わしくなく、継母と義妹を迎え、ますます家の中で居場所がなくなっていた。
そんな彼女の心のよりどころは、王太子妃教育に昼夜明け暮れることだった。
王都の外に広がる世界のことなど、まるで意識の外にあった。
(本当に……遠いところまで来てしまいましたわね)
自嘲めいた思いを噛みしめながら、ロゼリアは慎重に会場の中を進み始めた。




