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◇
自室へと戻ったロゼリアは、寝台に腰掛けたまま、しばらくの間じっと考え込んでいた。
(停戦百年……)
その言葉が頭の中で何度も何度も反響する。
文字どおり捉えるなら、停戦から百年という節目の年に合わせて開かれるのだろう。だとすれば、開催は来年。
けれど、それだけではあまりにも情報が足りなかった。
(開催日時は? 場所は? 晩餐会というからには、ドレスコードもあるはずだわ。それに、そこへ辿り着くための移動手段、所要時間、運賃……知っておかなくてはならないことが山積みね)
気づけばロゼリアは、机に向かって、羽根ペンを手に脳内に次々と浮かんでくる項目を紙に書き出していた。
(まずは開催日時。これがないと期限の設定ができませんわ。けれど、お父さまは先ほど「出席の打診」とおっしゃっていた。この場合、詳細な日時はまだ決まっていないとみるべきね)
とはいっても、なにもかもがロゼリアの推測でしかない。
正面から父に尋ねるわけにはいかない。かといって、使用人たちに探りを入れれば、いらぬ噂を立てられかねない。
「……でしたら、あの方法しかないわね」
静かに息を整え、壁に耳を当てて目を閉じる。
「ジオ・ソナー……」
意識を、足の裏から床板、さらにその下の大地へと沈めていく。
地属性に分類される魔法のひとつ。地面を通じて空間に音波を伝播させ、その反響から空間に存在する人物や物体、さらには音声を拾い集める――大地集音。
前世では習得に至らなかった魔法。
だが今世、膨大すぎる魔力を持て余す中で、独学のように体得した、いわば密かな特技のひとつだ。
意識を集中させると、屋敷の床板、壁の内側、地面の下に張り巡らされた、目には見えない繋がりが、じわりと感覚として立ち上ってくる。まるで、大地そのものが、耳の代わりを果たしてくれるかのようだった。
やがて、遠く離れた父の書斎から、くぐもった声が壁を伝って響いてくる。その声を捉えると、一気にそちらに意識を向ける。
《……開催地はリュミエールか》
《まあ。それはまた遠うございますこと。ですが、かの国との晩餐会ですもの。妥当な判断ですわね》
ザッ、ザッという雑音に紛れて母の声も続けて聞こえてくる。ロゼリアはその言葉のひとつひとつを、聞き漏らさぬよう、意識を研ぎ澄ませた。
《それ以外で、現時点で決まっているのは来年の秋開催予定ということだけだな。出欠だけ確認し、詳細は追ってということだろう》
(来年秋……)
ロゼリアは素早く書き込む。
やはり日にちは決まっていなかった。しかし、これだけわかれば今は十分だ。
《問題はそこまでの道のりだな。国内は魔導列車で行けるが、大陸の先端まで足を伸ばすとなると》
《馬車での移動になりますわね。片道で五日……》
「い、……いつ……!?」
思わず絶叫しそうになりロゼリアは口を押さえた。
集中が途切れ見失った父と母の会話を、再び探り当てて、ロゼリアは頭の中で、丁寧につなぎ合わせていった。やがて母が父の書斎を退室して、会話は終了した。
ロゼリアは立ち上がると、覚束ない足取りで部屋の中央までやってきて、寝台に倒れ込んだ。長時間集中し続けたせいか、こめかみのあたりに、じんわりと汗がにじんでいる。
「はぁ……」
大地集音はかなり重宝する魔法だが、消費魔力が大きすぎる。
特にアルノー邸のような規模の建物になると、その中から必要な情報を探るのは困難を極める。
使うたびに倒れていては、いざというときの切り札としてはまだまだ弱い。もっと精度を高める手段があるはずだ。
それはさておき、ロゼリアにはひとつの難問が立ちはだかっていた。
「およそ五日――……」
往復ではない。これは片道にかかる日数だ。
今回、ロゼリアは秘密裏に動くと決めている。つまり、だれにも知られてはならない。
しかし、そんな長期間、姿が見えなくなれば、大騒ぎになるのは目に見えている。
ロゼリアは頭を抱えた。ひとつ解決すると、またひとつ問題が浮上する。
けれど、悪くない。
せわしなく頭が回転して、深い思考の末に、パズルのピースのように正しい位置に嵌まっていく感覚は、実に気持ちのいいものだ。
前世の自分がいかに受け身で流されてばかりだったのかを痛感する。それでも、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。
(なにはともあれ、これで動けるわ)
寝台の上、寝転んだロゼリアは、月明かりに照らされた自身の両手を静かに見つめてから、握りしめた。
長い足踏みの末に、ようやく見えた小さな糸口。それをみすみす手放すつもりは毛頭ない。
窓の外ではいつの間にか、夜の帳が深く屋敷を包み込んでいた。




