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けれど、その温かな気持ちは、長くは続かなかった。
「同じく、本日よりこちらにお仕えいたします、カミーユ・フローレンスと申します。娘ともども、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げたのは、ベージュがかった髪の、物腰の柔らかな女性だった。
その傍らには、彼女とよく似た色合いの髪を持つ、ロゼリアと同い年ほどの少女が、大人しく寄り添っている。
毛先にいくほど淡く色づく、桃色がかった髪。ブラウンの瞳を伏せがちにして、恥ずかしそうに一礼するその姿を見た瞬間、ロゼリアの全身から、すっと血の気が引いた。
(嘘……でしょう?)
カミーユ・フローレンス。
メリゼル・フローレンス。
忘れもしない――前世で父の後妻となった女性と、その連れ子。義妹のメリゼルだった。
「ロゼリアさま、よろしくお願いいたします」
はにかむように可憐に微笑むメリゼルに、ロゼリアはうまく笑みを返すことができなかった。
表向きは、努めて平静を装いながらも、頭の中はひどく混乱していた。
(レオネルとお母さまの死を回避して、この家にくる理由は確かに摘んだはずよ)
それなのに、なぜ?
結局、前世と同じ年に、同じ人物が、この屋敷にやってくるという運命は変わらなかった。
その日の夜、寝室の窓辺に腰掛けたまま、ロゼリアはなかなか寝付けずにいた。
月明かりが、白いカーテン越しに、淡く部屋を照らしている。
(こんな偶然、あるかしら)
考えれば考えるほど、胸の奥に不安が広がり、きつく締め付けられる。
ひとりで抱え込むには、あまりにも大きくて、重すぎる。ロゼリアはそっとベッドを抜け出すと、椅子に掛けてあったガウンを羽織った。
静まり返った廊下の静寂を壊さぬよう足音を忍ばせて、屋敷の裏口へと向かった。
◇
夜の森は昼間とはまるで違う顔をしていた。
梢の隙間から差し込む月光が、地面に複雑な影絵を描き出し、虫の音や梟の鳴き声が、絶え間なく響いている。
それでも、ロゼリアは迷いのない足取りで森の中を進む。
ロゼリアにとって夜の森は怖いものではなかった。前世では、屋敷の居心地が悪くて、眠れない夜にはこうやってソウルメイトを訪ねたものだ。
「ドリィ……?」
いつもの大樹に手を添え、小さく呼びかける。ほどなくして、ふわりと木の陰から目を擦りながらドリィが現れた。
夜になると、木も森も、人でいうところの睡眠の状態に入る。
「どうしたの、ロジー。なにかあった?」
心配そうに顔を覗き込んでくるドリィに、月明かりの下で、ロゼリアは今日あった出来事を、ぽつりぽつりと語り始めた。
カトリーナとの再会の喜び。そしてそれを上から塗りつぶしてしまうようなカミーユとメリゼルの登場。
話し終えるころには、ロゼリアの声は微かに震えていた。
「わたくし、確かに運命を変えたはずなのに。……それなのにどうして、またあの人たちが、この家にやってくるの? まるでなにか大きな力に引き戻されているみたい」
「うーん……」
(重要なものを見落としていた? それとも、まだほかにもかえなければならないことがあったのかしら? せっかくのやり直しの機会だというのに、わたくしは取り返しのつかないことを?)
ドリィの視線は、しばらくの間、考え込むようにゆっくりと宙を漂った。
「でも、前世とまったく同じじゃないんでしょ?」
「ええ、そうね」
前世で二人がアルノー家に来たのは、確かにロゼリアが七歳になる年だったが、いまから三か月後、薄衣の月――十番目の月のことだった。
それに今世では関係性がまったく違う。
「だったら、大きな変化が訪れるのはこれからかもしれないね」
ドリィの言葉に、ロゼリアは息を呑んだ。その通りだ。
前世では継母と義妹に幾度となく嫌がらせを受けてきた。その結果、一部の使用人たちの中には、弟の死因を作り、母を死に追いやった不吉な子だと、継母と義妹に加担する者も出始めた。
今世では立場も関係性も、まるで違う。使用人たちとの関係も良好だ。
ならば、この先に待ち受ける展開もまた、前世とはまるで違うものになるはずだ。
「……悲観するには、まだ早いということかしら」
「そういうこと。それにね、ロジーにはぼくがついてる。なにがあっても、絶対に一人で抱え込まないでね。……あっ、ぼくがロジーの味方っていうのは、前世からずーっと変わらないけどさ」
そう言ってドリィはロゼリアの体を優しく抱きしめた。ドリィの温もりに張り詰めていた心が、少しずつ緩んでいく。
「ありがとう、ドリィ」
月明かりの下、ロゼリアは小さく微笑んだ。
その胸の奥には、拭いきれない不安があったが、不思議と心は安らかだった。
どんな困難な状況の中にあっても、決して神に見放されたわけではないということは、ロゼリアが一番よくわかっていた。
前世で、継母と義妹から嫌がらせを受けなければ、森に逃げ込もうと思わなかった。
森に入らなければ、ドリィと出逢うことも、今世も変わらず絆を深めていくこともなかっただろう。
運命とは、因果とは、いったいどこまで書き換えられるものなのか。
その答えをロゼリアはまだ、知らなかった。
《つづく》
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