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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第一章 紅薔薇は返り咲く

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[4]




 けれど、その温かな気持ちは、長くは続かなかった。



「同じく、本日よりこちらにお仕えいたします、カミーユ・フローレンスと申します。娘ともども、よろしくお願いいたします」



 丁寧に頭を下げたのは、ベージュがかった髪の、物腰の柔らかな女性だった。

 その傍らには、彼女とよく似た色合いの髪を持つ、ロゼリアと同い年ほどの少女が、大人しく寄り添っている。

 毛先にいくほど淡く色づく、桃色がかった髪。ブラウンの瞳を伏せがちにして、恥ずかしそうに一礼するその姿を見た瞬間、ロゼリアの全身から、すっと血の気が引いた。



(嘘……でしょう?)



 カミーユ・フローレンス。

 メリゼル・フローレンス。


 忘れもしない――前世で父の後妻となった女性と、その連れ子。義妹のメリゼルだった。



「ロゼリアさま、よろしくお願いいたします」



 はにかむように可憐に微笑むメリゼルに、ロゼリアはうまく笑みを返すことができなかった。

 表向きは、努めて平静を装いながらも、頭の中はひどく混乱していた。



(レオネルとお母さまの死を回避して、この家にくる理由は確かに摘んだはずよ)



 それなのに、なぜ?

 結局、前世と同じ年に、同じ人物が、この屋敷にやってくるという運命は変わらなかった。






 その日の夜、寝室の窓辺に腰掛けたまま、ロゼリアはなかなか寝付けずにいた。

 月明かりが、白いカーテン越しに、淡く部屋を照らしている。



(こんな偶然、あるかしら)



 考えれば考えるほど、胸の奥に不安が広がり、きつく締め付けられる。


 ひとりで抱え込むには、あまりにも大きくて、重すぎる。ロゼリアはそっとベッドを抜け出すと、椅子に掛けてあったガウンを羽織った。

 静まり返った廊下の静寂を壊さぬよう足音を忍ばせて、屋敷の裏口へと向かった。



  ◇



 夜の森は昼間とはまるで違う顔をしていた。

 梢の隙間から差し込む月光が、地面に複雑な影絵を描き出し、虫の音や梟の鳴き声が、絶え間なく響いている。

 それでも、ロゼリアは迷いのない足取りで森の中を進む。


 ロゼリアにとって夜の森は怖いものではなかった。前世では、屋敷の居心地が悪くて、眠れない夜にはこうやってソウルメイトを訪ねたものだ。



「ドリィ……?」



 いつもの大樹に手を添え、小さく呼びかける。ほどなくして、ふわりと木の陰から目を擦りながらドリィが現れた。

 夜になると、木も森も、人でいうところの睡眠の状態に入る。



「どうしたの、ロジー。なにかあった?」



 心配そうに顔を覗き込んでくるドリィに、月明かりの下で、ロゼリアは今日あった出来事を、ぽつりぽつりと語り始めた。

 カトリーナとの再会の喜び。そしてそれを上から塗りつぶしてしまうようなカミーユとメリゼルの登場。

 話し終えるころには、ロゼリアの声は微かに震えていた。



「わたくし、確かに運命を変えたはずなのに。……それなのにどうして、またあの人たちが、この家にやってくるの? まるでなにか大きな力に引き戻されているみたい」

「うーん……」



(重要なものを見落としていた? それとも、まだほかにもかえなければならないことがあったのかしら? せっかくのやり直しの機会だというのに、わたくしは取り返しのつかないことを?)



 ドリィの視線は、しばらくの間、考え込むようにゆっくりと宙を漂った。



「でも、前世とまったく同じじゃないんでしょ?」

「ええ、そうね」



 前世で二人がアルノー家に来たのは、確かにロゼリアが七歳になる年だったが、いまから三か月後、薄衣の月(ブリュメール)――十番目の月のことだった。

 それに今世では関係性がまったく違う。



「だったら、大きな変化が訪れるのはこれからかもしれないね」



 ドリィの言葉に、ロゼリアは息を呑んだ。その通りだ。


 前世では継母と義妹に幾度となく嫌がらせを受けてきた。その結果、一部の使用人たちの中には、弟の死因を作り、母を死に追いやった不吉な子だと、継母と義妹に加担する者も出始めた。


 今世では立場も関係性も、まるで違う。使用人たちとの関係も良好だ。

 ならば、この先に待ち受ける展開もまた、前世とはまるで違うものになるはずだ。



「……悲観するには、まだ早いということかしら」

「そういうこと。それにね、ロジーにはぼくがついてる。なにがあっても、絶対に一人で抱え込まないでね。……あっ、ぼくがロジーの味方っていうのは、前世からずーっと変わらないけどさ」



 そう言ってドリィはロゼリアの体を優しく抱きしめた。ドリィの温もりに張り詰めていた心が、少しずつ緩んでいく。



「ありがとう、ドリィ」



 月明かりの下、ロゼリアは小さく微笑んだ。

 その胸の奥には、拭いきれない不安があったが、不思議と心は安らかだった。


 どんな困難な状況の中にあっても、決して神に見放されたわけではないということは、ロゼリアが一番よくわかっていた。

 前世で、継母と義妹から嫌がらせを受けなければ、森に逃げ込もうと思わなかった。

 森に入らなければ、ドリィと出逢うことも、今世も変わらず絆を深めていくこともなかっただろう。


 運命とは、因果とは、いったいどこまで書き換えられるものなのか。

 その答えをロゼリアはまだ、知らなかった。






《つづく》












© 2026 有明 莉琉/Riru Aria

【無断転載・翻訳禁止】All Rights Reserved. Reproduction and translation are prohibited.

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