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「私の目は誤魔化せません。溢れんばかりの知性、教養、魔力量! にもかかわらず、あえて無知を装い、智賢をひけらかさない謙虚な姿勢! あれこそ未来の国母に相応しい資質であり器量です!!」
「は、はぁ。そういうものですか?」
「ええ。『賢すぎる』というのは、国王からも臣下からも警戒されます。無用な争いから身を守ることも王宮では必要なのです。もしかして本能的にそれを嗅ぎ取って阿呆の真似を? なんという勘の良さでしょう」
拳を握りしめいまだ興奮冷めやらぬ様子のマルグリットは息を弾ませていた。
何事にも動じない母が困惑している。壁に張り付いたまま、息を潜めていたロゼリアも愕然とした。
「わかりませんわ……いったい、どうするのが正解でしたの?」
マルグリットはいつも冷静沈着で感情を表に出さない人物だった。
前世のロゼリアは思っていた。この人のどこに大恋愛の末、王宮での勤めを退いたなどという激情が宿っているのだろう、と。
その疑問が、今、ようやく腑に落ちた。
「奥さま! いずれロゼリアお嬢さまはこのオルヴェリアの栄華を一段と極める存在となりましょう! 私も微力ながら精いっぱいお手伝いさせていただきます!!」
「え、ええ。先生、頼みますね」
マルグリットはセラフィナとしっかりと手を握りかわし、確かな手応えと明日からの活力を漲らせると、アルノー邸を後にした。
(なんということ……前世より悪化しているのでは?)
ロゼリアは壁に背を預け動揺に震えていた。
「あ! ねえさまだ」
長い廊下の向こうから、まだ幼さの残る足取りでレオネルがこちらを目指して駆けてきた。
「ねえさま、こんなところでなにしてるの?」
「レオ。ねえさまはね、このまま壁と同化してしまいたいわ」
「だめっ! ぼくとかけっこしよう」
窓の外では、庭園の満開の薔薇を薫風が優しく揺らしている。
ロゼリアもまた、小さな弟の手に引かれ、初夏の光が注ぐ庭先へと歩き出した。
王家との盟約に基づく王太子妃の打診。マルグリットの来訪。すべてが前世と同じように進んでいる。
そんな中、肝心かなめの帝国の第一皇子との接触については、当然のことながらなんの発展もない。
(王太子妃の座も、帝国の脅威も、今すぐにどうこうできるものではありませんものね)
そう言い聞かせてロゼリアもレオネルの手を握り返すと、心配の種をそっと胸の奥にしまい込んだ。
◇
家庭教師マルグリットの、前世より熱のこもった指導を受け一年、季節は再び薔薇のころとなった。
七歳になったロゼリアのもとに、新しい使用人たちがやってくるという情報がもたらされたのは、未明の短い通り雨が、庭園をみずみずしい甘い香りで満たした朝のことだった。
ロゼリアはお気に入りのドレスに着替えてエントランスホールへ急いだ。
「本日から、ロゼリアお嬢さま付きの侍女見習いとして働かせていただきます、カトリーナ・ベネットと申します」
アルノー家の面々と全使用人が集合したエントランスホールで、緊張した面持ちで頭を下げたのは、栗色の髪を三つ編みにした十二歳の少女だった。碧い瞳が不安と期待の入り混じった色で、ちらちらとロゼリアを窺っている。
「よろしくね、カトリーナ」
ロゼリアが微笑みかけると、カトリーナはぱっと顔を輝かせた。その素直な反応に、ロゼリアの胸も自然と温かくなった。
(カトリーナとこうして出会えるなんて、わたくしは幸運だわ)
前世、最後までロゼリアを信じ、寄り添ってくれた大切な専属侍女。今世でも、同じ日、同じ場所で再び巡り会えた。
まだ幼さと素朴さが残る少女に、静かな感慨を覚えながら、ロゼリアはこの出会いを素直に喜んでいた。




