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「よろしくおねがいいたします、マルグリット先生」
「まあ……六歳にして、もうそこまで美しい所作を。素晴らしいですわ」
ロゼリアが行儀よく淑女の礼をしてみせると、マルグリットはわずかに目を見張った。遅れてロゼリアもはっとする。
(迂闊でしたわ。もしかして、最悪の第一印象を先生に刻み込むための絶好の機会だったのではなくて!?)
第一印象で淑女とはまるで逆を行く、品性も礼節も欠けた振る舞いをしておけば、マルグリット直々に王妃陛下に上奏してもらえたかもしれないのに。
「率直に申し上げて、致命的なまでに不向きです。双方にとって破滅を招くだけですので、一刻も早く他を当たられては?」と。
(わたくし自らが王太子妃の道を推し進めてしまって、どうするのよ?)
しかし、マルグリットの顔を見るとどうしても完璧な礼儀作法と受け答えをしてしまう。
骨身に染みたものは生涯、いや、一度死んで二度目の人生でも消えてくれなかった。
戦慄を覚えつつも、学習室へ移動し、授業が始まった。
歴史、語学、算術、礼儀作法――マルグリットの行う指導は、段階を細かく設定し、頑張れば達成できるという絶妙なレベル調整がされている。
六歳の子どもにとっては知的好奇心と成功体験を同時に刺激できるものである。が、残念ながらロゼリアはすでにこれを前世で経験済みであった。
(これ以上マギー先生に褒められてはいけないわ! なにを聞かれても「わかりません」と答えましょう)
これこそがこの場における最適解だとロゼリアは方針を決めた。
「では、先ほど私が申し上げたことをもう一度、ご自分の言葉で説明してくださいますか?」
「申し訳ございません。先生がおっしゃっていたこと、忘れました」
「では、十枚のクッキーから、私が三枚食べました。残りはいくつでしょうか?」
「わ……わかりません」
光の加減で眼鏡のレンズが白く反射し、その奥にある双眸を完全に覆い隠した。
「ロゼリアお嬢さま……」
氷のような冷たい声に思わずロゼリアは身震いする。
「は、はい。先生」
「……初日ですし、今日はここまでにしましょう」
マルグリットは少ない動作で、広げていた教材を揃えると、手早く鞄へと滑り込ませる。
「では、お嬢さま。ごきげんよう」
「ごきげんよう……」
小さめのカーテシーでマルグリットを見送る。
ぱたんと扉が閉まる音を聞いても、ロゼリアはその体勢のまま動けずにいた。
(どうしましょう。あれは完全に怒っていましたわ)
王太子妃を回避するためとはいえ、時間を割いてくれた相手に対してとっていい態度ではなかった。
マルグリットには家庭がある。
四歳になる子どももいたと記憶している。
それなのに、考える素振りもせず、「わかりません」「忘れました」を繰り返すばかり。
公爵令嬢とはいえ年長者を愚弄した振る舞いだった。
ロゼリアはカーテシーを解いて、部屋を飛び出した。
(謝らなくては!)
廊下を走る背中に執事のたしなめる声が追いかけてきたが、それも振り切って階段を駆け下りる。
「先生……っ!」
すっと伸びた美しい背中を見つけ呼びかけようと口を開く。が、その先にいる母セラフィナの姿を捉え、咄嗟に喉の奥に飲み込んだ。
「素晴らしいですわ! あれほどの才女は見たことがございません」
「あら、そうでしたの? 先生にそう言っていただけるなんて」
漏れ聞こえてきた会話は、微塵も想像していなかった内容だった。
(「才女」? だれが? わたくしが?)
聞き間違えなど起こる要素はない。セラフィナと話すマルグリットの声は抑えきれない高揚感からか、ロゼリアの耳にも明瞭に届いていた。




