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祈るように念じた瞬間、指先からじんわりと流れ出していく感覚があった。それは魔力を吸い取られるあの激痛とはまるで違う。
穏やかで、どこか安堵にも似た流れだった。
本来、魔力の譲渡とは、光属性に分類される魔法のはずだった。地属性の精霊であるドリィをソウルメイトに持つロゼリアは、もちろん自身も地属性。
そんな芸当をできるはずがない。
けれど、今、確かにロゼリアの魔力は手のひらを通して少年へと注ぎ込まれていた。
「わあ……!」
ドリィが驚いたように声を上げる。
少年の頬と唇にみるみるうちに赤みが差していく。浅かった呼吸が、少しずつ深く、規則正しいものへと変わっていった。
「すごいね、ロジー! 聖女さまみたいー」
「やめてったら」
聖女なんて言われたら、前世、義妹だったあの少女が思い出される。実に不本意だ。
脳裏によぎった顔を振り払って手を離すと、少年がゆっくりと瞼を開ける。翡翠色の瞳がぼんやりと、ロゼリアを映した。
「あら、もう起き上がっても平気ですの?」
ロゼリアの手を借りて、少年は上体を起こした。まだどこかうつろな表情の彼に、ロゼリアは籠からひとつ焼き菓子を手渡した。
「おひとついかが?」
「……毒味役は?」
差し出された焼き菓子を前に、少年がぽつりと呟いた言葉に、ロゼリアは首を傾げた。
(どういうことかしら。この子は毒見役が付くほどの、高貴な身分なの?)
「毒見役がいないことなどわかりますでしょ。ここにはわたくしたちしかいないのに。それに、菓子に毒を仕込んで殺そうとしている人間が、どうして人助けなどしましょうか?」
そう言いながら、ロゼリアは少年に見せびらかすように、自分の分のフィナンシェを頬張ってみせた。
「んー……美味ですわ」
(因縁のお菓子だけれど)
胸の内でそっと付け加えながら、にっこりと笑ってみせる。それを見て、少年もようやく、小さく一口かじった。
「……おいしい」
ぽつりと漏れた呟きに、ロゼリアは満足げに頷いた。
「そうでしょう? うちの料理長が作ったものなの。美味しいものを食べると元気になれますわ」
籠を少年の前にそっと差し出す。少年は戸惑ったように籠を見つめてから、もうひとつ手に取った。
「それにしても、なぜこんなところに倒れていたの?」
何気ない問いに、少年の表情がふっと翳った。
「僕は、いらない子だから」
「……」
「力を上手に使えるようになるまで、帰ってくるなと言われた」
その声には諦めにも似た乾いた響きがあった。ロゼリアはしばらく黙り込んでから、静かに口を開く。
「そんなこと当然ですわ。力を持つ人間は、それを正しく行使する訓練をしなくてはなりませんもの」
それは、少年に向けた言葉であると同時に、実は、自分自身に向けた言葉でもあった。
やり直しの機会を得た。前世の知識と記憶を持ったまま。ソウルメイトという、この上ない味方までいる。
そして――聞くところによると、前世の処刑方法のおかげか、制御しきれないほどの魔力まで、この身に宿してしまったらしい。
「あなたは恵まれているのね。本来、力は特訓をして身につけるもの。繰り返し体に覚え込ませるから、使いこなせる分の力しか得ることはできない。……けれど、あなたは制御できないほどの力をお持ちなのでしょう? 使いこなせるようになったら、どんなに世界が広がることか」
少年は驚いたように、ロゼリアの顔をまじまじと見つめた。その視線に気づかぬふりをして、ロゼリアは遠くの梢を見上げる。
(わたくしも、この力を正しく使わなくては)
そう誓って、膝の上で、小さな両手をそっと握りしめた。




