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歩き始めて十分ほど経ったところで、ロゼリアに限界が訪れた。平坦な道ならもう少し歩けるのだが、太古の息吹が残る手つかずの森の中は隆起した木の根や凹凸があり、帰りのことも考えるとこの辺りが限度だ。
いつもそう。意志はあるのに体がついてこなくなる。
「まったく。やり直しの機会をいただけたのは幸運だけれど、子どもの体というのは不便ね。今までできていたことができなくなるのは、本当に歯がゆいわ」
「そうかな? ぼくは今のロジーもかわいくて好きだけど」
ぼそっとこぼした愚痴を拾って、ドリィが余裕な顔でロゼリアを覗き込む。
いつの間にか、うさぎだったドリィは本来の姿に戻っている。一歩がロゼリアのそれとは明らかに大きい。
「……ずるいですわ」
口をへの字に曲げ、ぷくっと頬を膨らませる仕草を見て、ドリィは苦笑した。
「それにしても、その魔力なんなのさ。大きすぎて体に収まりきってないよ」
「あら、そんなに? 前世もこのくらいではなかったかしら」
「もともと保有量は多かったとは思うよ。けど、今のロジーの魔力は根源を辿れないほど膨大すぎる」
ドリィの声には、からかいと同時に困惑がにじんでいた。ロゼリアは自分の小さな両手をじっと見下ろす。
(そんなことを言われてもいまいち実感がないけれど。処刑方法のせいかしら?)
何日も何日も、限界を超えて絞り取られ続けた。
もしかすると、あの処刑が引き金になって魔力を生み出す体内の機関みたいなものが、ぶっ壊れてしまった状態なのかもしれない。
確かめる術はなかったが、それ以外に、心当たりはなかった。
「さて、この辺りにしましょうか」
座る場所を探して何気なく周囲を見回すと、ふと、視界の端になにか違和感のあるものが映り込んだ。
「あれは……」
木漏れ日の中、倒木のそばに人影があった。体を丸めるようにして、うつ伏せに倒れている。ロゼリアは慌てて駆け寄った。
近づいてみると、それはロゼリアと同じ年のころか、少し年上と思われる、黒髪の少年だった。衣服は土で汚れ、体には細かい傷があった。ぴくりとも動かない。
「とりあえず、食べれば元気になりますわ!」
ロゼリアはうつ伏せになっていた少年の体勢を仰向けにすると、籠から焼き菓子を取り出し、少年の口元にそっと差し出す。
けれど、意識の朧げな少年は、力なく睫毛を震わすだけで、それを咀嚼する力どころか、口も開いてくれない。
「ドリィも消えそうに弱っていたけれど、森に漂う豊かな魔素でたちまち元気になっていたじゃない? ……この子も、同じようにできないかしら」
「ぼくをそこらの人間と同じにしてもらっちゃ困るな」
ドリィが少年を見下ろして、眉を寄せて答えた。
「精霊は空気中の魔素をそのまま力に変換できるけど、人間はそう単純にはいかないよ」
なるほど、と、ロゼリアは唇を噛んだ。
少年の呼吸は浅く、体は小刻みに震え、額には汗がにじんでいる。このままでは遠からず命に関わるだろう。
「ねえ、ロジー。この子を助けるの?」
不意にドリィが問いかけてきた。その声には、いつもの軽やかさとは違う、微かな躊躇いが覗いていた。
「ええ、もちろん。逆に見殺しにする理由があって?」
きっぱりと答えたロゼリアに、ドリィはなにかを言いかけて、口を噤んだ。
「うーん……」
「なによ、ドリィ」
「なんでもなーい。で、どうやって助けるの? この子を連れて帰ったら、森に入ったのばれて怒られちゃうんじゃないかな」
「そうなのよね、困ったわ」
腕を組んで考え込むロゼリアの脳裏に、ふと、ある考えがよぎった。
前世で嫌というほど味わった――体の内側から魔力を根こそぎ引き抜かれる、あの感覚。もし、あれを応用することができれば。
「ものは試しね」
「え、なにを」
答える代わりに、ロゼリアは少年の傍らに膝をつき、その小さな手に、自分の手を重ねた。目を閉じ、体の奥底に渦巻く魔力の源に意識を向ける。
(この子に……わたくしの力を!)




