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【第一章 完結 ♕ 第二章 開幕】処刑された公爵令嬢は、敵国皇子と国を盗る  作者: 有明 莉琉
第一章 紅薔薇は返り咲く

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[2]




   ◇




 ドリィがまず話し始めたのは、突然途切れたロゼリアとの思念についてだった。


 魔力封じの手枷を嵌められたうえ、魔素の薄い地下牢に入れられたロゼリアはドリィから完全に見えなくなっていた。

 国中をくまなく探しても見つからず、途方に暮れていたある日、ドリィの耳に信じがたい情報が飛び込んできた。


 ――「公爵令嬢ロゼリア・ド・アルノーは国家反逆罪で処刑された」と。



 ドリィの深い悲しみは、周辺の樹木や植物にも影響を及ぼし、国内では作物の不作と毒性化に見舞われた。


 そんな中、疲弊した国民の希望となったのは光の精霊王の加護を受けた聖女メリゼルだった。



 聖女がもたらす王国繁栄にあやかって、王太子リュシアンはメリゼルと結婚した。語り継がれてきた伝承は、決して御伽噺などではなかった。


 王国の危機は去り、人々はかつての平穏を取り戻した。





 ――しかし、それもつかの間、百年続いた停戦を破って、突如帝国が侵攻を開始した。

 死力を尽くした抗戦も、圧倒的な戦力差を前にあっけなく打ち砕かれた。そして、王国の歴史は終焉(しゅうえん)を迎えた。



「……アルノー領は?」

「……」



 真っ先に浮かんだのは、家族の顔だった。震える声で問うロゼリアに、ドリィは黙り込む。

 その沈黙がなにを意味するか、ロゼリアが理解できないはずなどなかった。



「そう……そうよね」



(わかっているわ。王国が滅亡したのに、国家の双璧たるアルノーだけ破滅から逃れられるわけがない)



 前世、ロゼリアは安堵していた。

 自身が国家反逆罪で処刑されても、アルノー家には聖女がいる。栄光ある爵位を汚す大罪人を出しても、国を豊かにし、やがて国母となるメリゼルがいる限り、アルノー家は安泰だ、と。


 皮肉なことに、自身を陥れたメリゼルの存在が、処刑台で一人あの世へと旅立たんとするロゼリアにとって、最後の希望になっていた。

 無念の最期であっても、愛する家族が幸せならば、甘んじて受け入れようと。

 それなのに。



「みんな……助からなかったのね」



 愛する家族たちはどんな最期を迎えたのだろう。

 この豊かな自然の息づく美しい大地(故郷)は、どのように蹂躙されたのだろう。

 その光景を想像するだけで、全身が凍りつくようだった。


 森の中に重い沈黙が落ちた。鳥の囀りさえ、いつの間にか止んでいる。

 襲いかかる悲しみに耐えながら、やっとの思いで言葉を絞り出す。



「……軍を……率いていたのは?」



 ロゼリアの問いに、ドリィは低く、重い声で答えた。



「ヴァルクライス帝国の第一皇子だよ」

「第一皇子……」



 ロゼリアの耳にも、その存在は風聞(ふうぶん)とともに届いていた。

 王太子の婚約者という立場上、市井の徒の耳に入るより、子細に聞き及んでいたはずだ。


 他国と戦争を続ける拡大主義国家――ヴァルクライス帝国。

 現皇帝の第一皇子で、戦場で無敗を誇る「黒牙(こくが)の狂獣(きょうじゅう)」。その理性なき捕食者が、長年にわたる争いののちにようやく訪れた百年の平穏を破り、祖国オルヴェリアを滅ぼしたというのか。



(――まだ、終わっていなかった)



 膝の上で小さな両手をきつく握りしめたまま、しばらくの間、身動きひとつできずにいた。


 弟の命を救い、母の死を回避し、家族の笑い声と穏やかな日々を手に入れることができた。あの忌々しい運命を確かに変えられたはずだった。けれど。



「家族を守って、幸せになっても……国が滅びてしまっては、意味がありませんわ」



 呟いた声は子どものものとは思えないほど、低く、落ち着いていた。



(一刻も早く、不安の芽を摘んでおかなくては)



 そう思う端から、ロゼリアの中に苦い自嘲が込み上げてくる。



(でも……どうやって?)



 因縁深いかの国の皇子。

 わずか四歳の公爵令嬢が、いずれ祖国を滅ぼすとされる相手に、いったいなにができるというのか。

 まかり間違って、帝国との不用意な接触と見なされれば、それこそ国家反逆罪に問われかねない。



(せっかく人生のやり直しを許されたのに、二度も同じ理由で処刑されるなんて、笑えませんわね)



 ロゼリアは小さく肩を落とした。



 わかっているのは、ただひとつ。今すぐにどうにかできる問題ではないということだけだった。

 しかし、ここは王国の最北端。帝国とにらみを利かせる最前線。



(これほど近くにいながら、なにもできないなんて)



「ロジー……」



 ドリィが心配そうに、ロゼリアにそっと寄り添った。その温もりに張り詰めていた肩から、ふっと力が抜ける。



「大丈夫よ、ドリィ。諦めるつもりなんて、これっぽちもないもの」



 ロゼリアは小さく息を吐いて、顔を上げた。

 前世で味わった理不尽さを思えば、大したことではない。今はまだ、その手立てが見えないだけ。



(焦ってはだめ。目指すべきものが明白になっているだけでも上出来よ)



 森の梢を揺らす風の音を聞きながら、ロゼリアは、歯がゆさを噛みしめるように、唇を引き結んだ。






《つづく》







© 2026 有明 莉琉/Riru Aria

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