第10-2話 武器を選ぶ(2)
午後になると、より実戦に近い対人演習へ移った。
そこで一人、目立つ学生がいた。
エドガー・ヴァン・ロッセル。
地方貴族の子弟で、剣技はかなり高い。ガイウスと打ち合っても簡単には崩れず、何度か周囲から声が上がった。
本人も少し誇らしげだった。
休憩に入ると、クロイツが呼んだ。
「ロッセル生」
「はい」
「将来は何になるつもりです?」
エドガーは迷わなかった。
「軍務です」
「具体的には?」
「将軍を目指しています」
周囲の学生が少し静かになる。
クロイツは真顔で頷いた。
「そうですか」
一拍置く。
「剣技に随分熱心なので、下士官を目指しているのかと思いました」
空気が止まった。
リオネルが口元を押さえる。
ガイウスは笑わなかった。
ヒルデガルドも黙っている。
エドガーの顔が赤くなった。
「……どういう意味でしょうか」
「そのままです」
クロイツは木剣を一本拾った。
「大部隊の指揮官が、自分の剣で何人倒せます?」
答えがない。
「十人ですか。百人ですか」
木剣を立てる。
「一万人の兵を率いる将軍が一人で百人倒せたとしても、それだけで戦争には勝てません」
エドガーが俯きかける。
だが、クロイツの口調は責めるものではなかった。
「剣を学ぶなと言っているのではありません」
「はい」
「剣しか学ばない将軍になるな、と言っています」
クロイツは演習場全体を見る。
「一般兵が使う武器は、本人の好みだけでは決まりません。槍兵なら槍、盾兵なら盾、弓兵なら弓。部隊として必要な装備を持つ。全員が好きな武器を選べば、隊列は成立しない」
壁に並んだ武器へ視線を向ける。
「一方で、指揮官個人の武器選択には比較的余裕があります。なぜなら、指揮官の第一の仕事は、隊列の中で誰より多く敵を倒すことではないからです」
そして、自分のこめかみを指した。
「指揮官の第一の武器はここです。次に、命令を伝える言葉。そして地図と情報。剣はその後です」
*
休憩中、ガイウスは水を飲みながら、先ほどの話を考えていた。
エリアスが横へ来る。
「どうしたの?」
「いや」
少し間を置く。
「俺も、剣が強い方が軍人としていいと思ってた」
「違うの?」
「違わない。でも、それだけじゃないってことだろ」
エリアスは頷いた。
「商人と同じだね」
ガイウスが見る。
「どこが?」
「店主が、その店で一番荷物を運べる必要はないでしょう」
数秒、間があった。
「……お前、何でも商売にするな」
「分かりやすいから」
ガイウスは笑った。
*
少し離れた場所では、ヒルデガルドが刺突剣の柄を布で拭いていた。
リオネルが横へ来る。
「意外に強いね」
「あなたも」
「俺は見るからに強そうだろ?」
「全然」
「即答?」
「逃げるのは上手そうだった」
「褒めてる?」
「半分」
先ほどの自分の言葉を返されたことに気づき、リオネルは少し驚いたあとで笑った。
「結構言うね、アルトハウゼン」
「今ごろ?」
*
マリエッタは杖の扱いに苦戦していた。
足腰は強い。
だが、相手へ勢いよく打ち込むことに少し躊躇がある。
「止めるのが難しいです」
クロイツに言う。
「なら、打たなくていい」
「え?」
「杖は殴るためだけの道具ではありません」
クロイツは彼女の杖を借りた。
相手の足元へ差し込み、押す。
体勢が崩れる。
その間に距離を取る。
「相手を倒すより、自分が逃げられる空間を作ればいい」
マリエッタの表情が明るくなった。
「それなら分かります」
少し離れたところから見ていたエリアスは、たぶん自分と似ていると思った。
勝つことそのものより、困らない状況を作る。
*
授業の最後、クロイツは全員に訓練武器を戻させた。
「今日、上手かった者」
何人かが少し姿勢を正す。
「喜んでください」
少し間を置く。
「下手だった者」
エリアスは、少し自分のことだと思った。
「心配する必要はありません。今日できなかったことを知ったなら、それも成果です」
木剣を壁へ掛ける。
「ただし、一つだけ覚えて帰りなさい」
学生たちを見る。
「自分に何ができるかを知ることより、自分に何ができないかを知る方が、人を指揮する時には役に立つことがあります」
鐘が鳴った。
授業終了。
演習場を出る頃、ガイウスは木剣の感触を確かめるように手を握っていた。ヒルデガルドは手首を回し、マリエッタは腕を軽く揉んでいる。
リオネルが言った。
「二刀、格好よくなかった?」
誰にも聞かれていなかった。
「明日、腕が痛くなりそうです」
マリエッタの方が現実的だった。
エリアスは、短槍を戻した棚を一度振り返った。
「どうだった?」
ガイウスが聞く。
「剣より好き」
「槍が?」
「うん。遠いから」
リオネルが笑う。
「本当に戦いたくないんだな」
「うん」
即答だった。
ヒルデガルドが横から言った。
「でも、逃げる時は意外としぶとそう」
エリアスが彼女を見る。
「褒めてる?」
ヒルデガルドは少し笑った。
「半分」




