第46-2話 正しい数字(2)
白軍本部。
マリエッタが回答を読む。
演習輸送規則第十八条第三項に基づく。判定変更なし。
「十八条?」
規則集を開く。
読む。
そして。
「あ」
ヒルデガルドが見る。
「何?」
「中継所です」
「何が?」
「一台、最終集積所まで行ってません」
「四パーセント?」
「だいたい」
マリエッタは輸送表を修正した。
「こっちのミスです」
ヒルデガルドが少し笑う。
「珍しい」
「ありますよ」
「ちょっと嬉しい」
「なぜです?」
「人間だった」
マリエッタは無言で彼女を見る。
「冗談よ」
*
統制本部では、そのやり取りを誰も知らない。
白軍が納得したかも分からない。
ただ、問い合わせ欄に。
回答済。判定維持。
そう記録されるだけだった。
*
演習最終日。
戦場では、青軍と白軍が最後の予備を動かしていた。
統制本部でも数字が激しく動く。
「中央、青軍損耗追加!」
「東指定拠点、占有判定開始!」
「白軍北部隊、移動完了!」
「南部補給線、道路損傷!」
「待って。道路損傷の発生時刻!」
「十四時十二分!」
「白軍輸送隊の通過は?」
「十四時九分!」
「なら、その一便は有効!」
情報が次々に入る。
戦場では、数分の差が勝敗を変える。
統制本部では、その数分を間違えずに記録することが仕事だった。
「東指定拠点、青軍占有!」
「確定?」
「継続時間、規定到達!」
「中央戦線!」
「白軍維持!」
「終了まで三十秒!」
誰も立体戦場図を見る余裕がない。
目の前にあるのは、紙と時計だけだった。
「十秒!」
最後の報告。
「東指定拠点、青軍占有継続!」
「記録!」
停止信号。
演習終了。
*
それでも、勝敗はすぐには発表されなかった。
戦場の学生たちは待つ。
観戦武官も待つ。
統制本部では、ここからが忙しい。
領域点、拠点点、損耗、兵站、継戦能力、戦術判定、規則違反による減点。
各担当が別々に計算し、別の学生が再計算する。
「白軍兵站」
「一致」
「青軍残存戦力」
「一致」
「中央戦術判定」
「一致」
「東指定拠点」
一人目。
数字。
二人目。
数字。
「一致」
最後に全項目を統合する。
計算担当の学生が紙を見る。
もう一度。
隣へ渡す。
再計算。
返ってくる。
同じ数字。
統制責任者が聞いた。
「結果は?」
学生が答える。
「青軍です」
「差は?」
数字を示す。
小さい。
統制責任者は三秒ほど紙を見た。
「もう一度」
誰も文句を言わなかった。
三度目。
同じ。
そこで初めて。
青軍、僅差優勢。
判定が外へ出た。
*
歓声は、遠くから聞こえた。
統制本部の学生たちが顔を上げる。
「青軍、勝ったんだ」
誰かが言う。
別の学生が答える。
「今知ったの?」
「計算してたから」
「俺たちが出したんだけど」
少し笑いが起きる。
だが、すぐに声が飛んだ。
「撤収時の実員確認!」
次の仕事が始まった。
*
翌日。
演習区域から戻ったハイムは、学院の講義室に呼ばれた。
戦場組はいない。
運営と統制を担当した学生の一部だけだった。
前には教官が三人。
その横に、見覚えのない官吏がいる。
教官が説明した。
「演習中の評価について、いくつか確認する」
一人ずつ名前が呼ばれる。
食事運営、安全管理、通信、施設、判定、会計。
ハイムも呼ばれた。
「ハイム生」
「はい」
官吏が紙を見る。
「実員集計の誤差を発見したのは君か」
「はい」
「三名」
「最初は」
官吏が顔を上げる。
「最初は?」
「同じ原因で過去にも発生している可能性があったので、前日分まで確認しました」
「結果」
「延べ六名分です。ただし、実在しない人員という意味ではありません。任務終了と配給確定時刻のずれです」
「損失額は?」
数字を答える。
小さい。
官吏は続ける。
「なぜ調べた?」
ハイムは少し困った。
「数字が合わなかったので」
「損失は小さい」
「はい」
「演習全体の予算から見れば誤差だ」
「はい」
「では、放置しても?」
ハイムは首を振った。
「駄目だと思います」
「なぜ」
少し考える。
「六人分が問題なのではなくて」
言葉を選ぶ。
「人数の決め方が間違っているなら、人数を使って計算するものが全部、少しずつ間違うからです」
官吏は何も言わない。
「今回は数人でした。でも、同じ仕組みで対象が四万人になったら、誤差も同じとは限りません」
教官の一人が、わずかに顔を上げた。
官吏は紙に何かを書いた。
「分かった。戻ってよい」
「はい」
ハイムは席へ戻った。
*
面談が終わった後。
学生たちは廊下へ出た。
「何だったんだろ」
「怒られなかった」
「俺、保存食の話ばっかり聞かれた」
「私は捜索班」
「評価って、これ?」
誰にも分からない。
ハイムにも分からない。
だから、そのまま食堂へ向かった。
*
教室には、教官と官吏だけが残った。
机の上には、学生ごとの評価票がある。
官吏が一枚を指した。
「この学生、対抗演習の選抜には?」
教官が答える。
「入っていません」
「適性不足?」
「戦闘指揮については平均です。本人も軍務志望ではありません」
「成績は?」
「統計、会計、制度設計が上位です」
官吏は頷いた。
評価票。
エルネスト・ハイム。
その横。
希望進路。
内務省。
官吏が言う。
「財務省でも欲しがりそうだ」
別の教官が笑う。
「本人に言ったら困るでしょうね」
「なぜ」
「内務省へ行くつもりですから」
官吏はもう一度、評価票を見る。
「なら、内務省が先に取るかどうかだな」
*
別の紙。
安全管理――規定前の捜索判断。
食事運営――非常食への切り替え。
通信担当――障害時の代替網構築。
施設担当――雨天時の作業員再配置。
判定担当――誤判定の自己申告と修正。
一人ずつ、違う。
*
教官が言った。
「戦場組の方が目立ちますが」
官吏は評価票をめくりながら答える。
「戦場だけで国を動かすわけではない」
その言葉を、学生たちは聞いていない。
*
翌週。
いつもの講義。
エリアスたちは、演習の話をしていた。
ガイウスは、自分が最後にどこまで押したかを説明している。
ヒルデガルドが途中で訂正する。
リオネルが余計なことを言う。
マリエッタが笑う。
少し離れた席で、ハイムは帳簿演習の課題を解いていた。
演習で誰が勝ったか。
もちろん知っている。
自分が集計したから。
でも、彼には別の問題の方が気になっていた。
前回使った実員集計方式は、まだ直っていない。
課題用紙の余白に、小さく新しい集計方法を書き始める。
戦場で勝つ者がいる。
戦場を支える者がいる。
そして、次に同じ間違いが起きないように、仕組みそのものを直す者がいる。
学院は、その全部を育てるためにあった。




