第46-1話 正しい数字(1)
演習三日目の朝。
統制本部の一角で、一人の学生が困っていた。
「合わない」
隣の学生は帳簿から顔を上げなかった。
「何が?」
「人数」
「また?」
「また」
机の上には、青軍と白軍から提出された前日分の報告書が積まれている。
演習参加学生、中央軍派遣下士官、審判要員、通信要員、医療要員。精霊兵は別管理だが、実際に現地へ入る人間については、全員の所在を把握しなければならない。
「何人?」
「三人多い」
「少ないよりいいじゃん」
「よくない」
「いるんだから」
「いない三人が、いることになってるの」
隣の学生がようやく顔を上げた。
「それは嫌だな」
「でしょ」
*
人員管理担当の学生、エルネスト・ハイムは、朝から三人を探していた。
といっても、本当に人間が行方不明になったわけではない。
青軍報告、白軍報告、運営側の宿営記録、食事配給数、医療記録。どれを見ても、実在する人間の数は合っている。
問題は、集計表だけだった。
「青軍、昨日の転属は?」
「二人」
「白軍から?」
「違う。運営予備から」
「記録は?」
紙を渡される。
正常。
「救護所送り」
「四人。三人復帰、一人宿営地待機」
正常。
「下士官の交代」
「なし」
正常。
どこにも三人はいない。
なのに、総計すると三人増える。
*
同じ頃、統制本部の別の机では、もっと大きな数字が動いていた。
「白軍南部第二輸送路、荷車通行不可判定」
「受領」
「青軍中央、昨日の損耗判定修正」
「理由は?」
「重複計上です」
「修正幅」
「一・八ポイント」
「承認者」
「審判主任」
戦場から上がってくる情報は、そのまま成績にはならない。
精霊兵の損耗、部隊指揮官の戦闘不能、拠点占有時間、道路状態、輸送量、魔法攻撃による制圧効果、疲労、補給、通信断。それぞれに別の記録があり、複数の情報が同じ事象を指している場合もある。
それを整理し、演習規則に従って一つの判定へ変換する。
ここで間違えれば、戦場で起きたこととは違う結果が記録される。
だから、速さより正確さが求められた。
ただし。
遅すぎても困る。
「中央戦線の継戦能力判定、まだ?」
「あと十分」
「五分で」
「無理です」
「観戦武官席が待ってる」
「間違った数字を出すより、待たせてください」
担当学生は即答した。
上級生が彼を見る。
「言うようになったな」
「昨日、一回間違えましたから」
「そうだった」
「二度は嫌です」
*
ハイムは、まだ三人を探していた。
昼食配給表を持ってくる。
一昨日。
合う。
昨日朝。
合う。
昨日昼。
三人多い。
「ここだ」
隣の学生が覗く。
「三人食べすぎた?」
「人間は増えない」
「おかわり?」
「配給票だから、おかわりは別」
昨日昼の配給先を見る。青軍前線、白軍前線、統制本部、通信所、救護所、運営班。
そして。
西部観測班 三名。
ハイムの指が止まった。
「西部観測班って、昨日解散したよね」
「昼前に」
「何時?」
記録を探す。
十時四十分。
昼食配給票の確定は、九時五十分。
「ああ」
隣の学生も理解した。
「食事を用意した後で解散したんだ」
「三食余った」
「でも人数表には?」
「昼食配給数を実員として取り込んでる」
「なるほど」
原因は分かった。
ただし、ハイムは紙を戻さなかった。
「何してるの?」
「他の日も調べる」
「今日の人数は直っただろ」
「同じこと、前にも起きてるかもしれない」
*
午後。
青軍と白軍が戦っている間、ハイムは過去二日分の帳簿をひっくり返していた。
見つかった。
初日に一人。二日目に二人。
いずれも、食事配給数と実員数の差だった。
所属変更や任務終了が食事確定後に行われた場合、余剰食が「人間」として次の集計へ混入している。
損失は小さい。
食事六食分。
金額にすれば、演習全体の予算から見れば誤差だった。
だが、ハイムは別の紙を持って会計担当の机へ行った。
「これ、食料費だけの問題じゃないと思う」
会計担当が読む。
「人数集計?」
「うん」
「三人くらいなら直せば?」
「この数字、何に使ってる?」
「何って」
会計担当は指を折る。
「食事、宿営物資、消耗品、演習後の精算……あ」
「でしょ」
同じ人数表を基礎に、複数の物資使用量が計算されている。
食料だけを修正しても、毛布、洗浄用資材、飲料水、衛生用品、そのほかの標準支給品には誤差が残る。
会計担当は椅子を引いた。
「ちょっと待って。全部見る」
*
二人で調べると、問題はさらに見つかった。
大きな不正でも、大事故でもない。
一つ一つは小さい。
任務終了者の食事。一時的に救護所へ移った学生の寝具。交代要員への二重配給。破損品の代替支給後に残った旧品。
そして、青軍から白軍へ貸し出された測量器具二組。
「これ、返却先が青軍になってる」
「青軍の物だから」
「違う。学院備品」
「あ」
「青軍に貸した後、白軍へ転貸してる」
「じゃあ今どこ?」
二人は黙った。
「……白軍?」
「たぶん」
「探そう」
*
測量器具は白軍にあった。
正確には、白軍後方の地図作成班が普通に使っていた。
「返却?」
白軍学生が聞く。
「まだ演習中ですけど」
「返さなくていいです。所在確認だけ」
「ここにあります」
「二組?」
「三組」
ハイムが止まった。
「三?」
「はい」
「貸出票、見せてもらえます?」
一組は、白軍が最初から借りていた。
二組は青軍から回ってきた。
つまり、現物は正しい。
帳簿だけが、二つの貸出記録を別々に管理していた。
このまま演習を終えれば、学院備品一組が帳簿上では不足し、青軍には二組の未返却が残る。
現実には全部ある。
「……数字って面倒だな」
同行した学生が言う。
ハイムは測量器具を見た。
「人間より素直だよ」
「そう?」
「探せば、必ずどこかにいる」
*
その日の夕方。
統制本部に、一つの問い合わせが来た。
白軍からだった。
南部補給線における輸送量判定について確認を求む。
マリエッタの担当部門で、輸送したはずの物資量と統制側が認定した輸送量が合わない。
差は約四パーセント。
判定担当の学生が資料を出した。
「これです」
上級生が見る。
「原因は?」
「荷車一台が途中で引き返しています」
「白軍側は到着扱い?」
「はい」
「なぜ」
「中継所までは到着しているからだと思います」
演習規則を開く。
物資輸送の完了地点。
最終集積所。
中継所ではない。
「統制側が正しいな」
「はい」
「回答して」
学生は少し迷った。
「規則番号だけでいいですか」
「いいだろ」
「でも、白軍側は何を間違えたか分からないと思います」
上級生が見る。
「演習中だぞ」
「……あ」
教えれば、白軍に情報を与える。
「規則番号だけ送ります」
「そうしろ」




