第44-3話 そして終焉へ(3)
観戦武官天幕では、残り二十分を切っていた。
立体戦場図は朝とは別物になっている。
中央では青白両軍が激突している。
北では両軍部隊が移動中。
南は白軍が維持。
東橋も白軍。
その西側の指定拠点だけが、青へ変わった。
一人の武官が聞いた。
「これで青軍が上か?」
評価担当は即答しなかった。
「現時点では僅差です」
「どちらが」
「青軍」
白軍側を見ていた武官が眉をひそめる。
「拠点一つで?」
「拠点だけではありません」
残存戦力、継戦能力、交通路、領域、損耗。
すべてが統合される。
白軍は領域確保で優勢。兵站評価も高い。
青軍は残存継戦能力で優勢。
そして、最終指定拠点の一つを確保した。
*
残り十五分。
白軍本部にも、おおよその状況は分かっていた。
正確な総合点は学生には知らされない。
だが、ヒルデガルドは察している。
「東の拠点」
白軍総指揮官が答える。
「奪還できる部隊はない」
マリエッタが言う。
「東橋守備を出せば」
「橋が落ちる」
「はい」
ヒルデガルドは時間を見る。
「中央を下げて予備を作る?」
総指揮官が首を振った。
「ガイウスが来る」
「……そうね」
どの選択にも代価がある。
白軍は、最後まで広い。
ヒルデガルドは地図を見る。
朝なら、エリアスが何をするかを考えた。
今は違う。
ガイウスが何をするのか。
リオネルが何をするのか。
青軍の別の指揮官が何をするのか。
そしてエリアス自身も、全部は決めていない。
それが一番読みづらい。
「東橋は守る。中央も維持」
ヒルデガルドが言った。
白軍総指揮官が聞く。
「拠点は?」
少し笑う。
「諦めます」
マリエッタが見る。
「いいんですか?」
「取り返すために別の何かを壊す方が、たぶん悪い」
白軍総指揮官が頷いた。
「了解」
白軍は最後の配置を維持した。
*
残り五分。
ガイウスは中央前線で時間を知らされた。
「あと五分!」
副官が叫ぶ。
「押しますか!」
白軍は目の前にまだいる。
「押す!」
青軍が前進する。
白軍も耐える。
魔法。
剣。
精霊兵。
部隊フィールド。
両軍とも黄色。
一部は赤。
それでも崩れない。
リオネルは帰路の丘から、遠く中央の魔法光を見ていた。
「すごいな」
副官が聞く。
「戻ります?」
「もう間に合わない」
「では?」
「見る」
「いいんですか」
「仕事しただろ」
*
エリアスは青軍本部で、もう何もしなかった。
出す命令がない。
中央はガイウス。
東は別部隊。
リオネルは帰投中。
総指揮官が全体を維持している。
あとは現場だった。
残り一分。
観戦天幕でも誰も話さなくなった。
立体戦場図には、白軍の広い領域と青軍の狭い領域が残っている。
ただし、東の指定拠点だけは青い。
三十秒。
中央は白軍が持つ。
東橋も白軍。
東指定拠点は青軍。
南部も白軍。
十秒。
ガイウスが最後の攻撃をかける。
白軍が耐える。
五秒。
青軍東部指揮官が、拠点外縁にいた精霊兵を内側へ戻す。
三秒。
管理精霊が占有判定を示す。
青。
演習終了。
*
魔導通信に一斉停止信号が流れ、戦場が静かになった。
ガイウスは剣を下ろす。
向かいの白軍学生指揮官も息を吐いた。
精霊兵たちは、その場で停止した。
しばらくして判定が出る。
白軍は領域確保と兵站維持で優勢。初期から中盤の作戦でも優勢。
戦術戦果は、ほぼ互角。
青軍は残存継戦能力と終盤作戦で優勢。最終指定目標でも上回った。
総合判定。
青軍、僅差優勢。
*
青軍本部では歓声が上がった。
ただし、それほど大きくはない。
皆、疲れていた。
それに、勝ったと言われても、白軍より上だったという実感があまりない。
ガイウスが戻ってくる。
「勝った?」
リオネルが答える。
「らしい」
「らしいって何だ」
「俺、最後ほとんど戦ってないし」
やがて、マリエッタとヒルデガルドも白軍側から歩いてきた。
演習区域中央。
もう敵味方ではない。
ヒルデガルドが最初に言った。
「負けた」
エリアスが答える。
「僅差だよ」
「負けは負け」
マリエッタが言う。
「兵站では勝ちました」
エリアスはすぐ頷いた。
「完全に」
マリエッタが少しだけ嬉しそうな顔をする。
ガイウスが聞く。
「俺は?」
ヒルデガルドは即答した。
「うるさかった」
「褒めてる?」
「半分くらい」
リオネルが笑った。
*
少しして、リオネルがエリアスを見る。
「なあ」
「何?」
「俺、最後かなり勝手に動いたけど」
「うん」
「怒らない?」
「なんで?」
「予定の場所、ほとんど行ってない」
「知ってる」
「道路も勝手に止めた」
「それも聞いた」
「じゃあ」
エリアスは少し不思議そうな顔をした。
「そのために任せたんだけど」
リオネルが止まる。
ヒルデガルドもエリアスを見る。
「そこ」
「何?」
「昔と変わったわね」
「そう?」
「そうよ」
マリエッタも小さく頷いた。
ガイウスが聞く。
「何が変わった?」
リオネルが答える。
「俺に勝手にやらせるくらい、雑になった」
「違うでしょう」
ヒルデガルドが即座に返した。
*
その時、戦場にいた精霊兵が消え始めた。
一体。
また一体。
半透明の兵士たちが光の粒になっていく。
大隊、中隊、小隊。
数千人いたはずの戦場が、急速に空になる。
残ったのは、学生、中央軍の下士官、泥、壊れた演習用道路、天幕。
そして広い野原だった。
ガイウスが周囲を見る。
「急に寂しいな」
リオネルが答える。
「さっきまで軍隊だったからな」
マリエッタが言う。
「実際には、最初からこのくらいの人数ですけど」
ヒルデガルドが苦笑した。
「言わない方がいいこともあるのよ」
エリアスは、消えていく最後の精霊兵を見ていた。
盤上では駒だった。
今回も大部分は精霊だった。
それでも。
誰かが動かした。
誰かが食料を計算した。
誰かが情報を集めた。
誰かが疲れた。
誰かが判断した。
一人ではできなかった。
*
観戦武官天幕では、まだ誰も帰っていなかった。
立体戦場図は停止したまま、最後の配置を示している。
一人の武官が言う。
「アルトハウゼン生は、青軍の意図を何度も読んでいた」
学院教官が答える。
「はい」
「セラン生の兵站も最後まで崩れなかった」
「はい」
「レオニス生は戦術戦闘で強い」
「はい」
別の武官が、北から高台へ伸びた青い軌跡を見る。
「これは?」
「ヴァレンティ生です」
「フェルマー生の指示か」
教官が記録票を見る。
「目標と撤退条件だけです」
「経路は?」
「現地判断」
「道路阻害も?」
「ヴァレンティ生自身の判断です」
武官は少し黙った。
別の者が聞く。
「では、青軍の勝因は誰だ?」
教官は立体戦場図を見る。
レオニス生。
ヴァレンティ生。
総指揮官。
各部隊。
青軍兵站。
通信。
偵察。
そしてフェルマー生。
「一人にすると」
少し考える。
「間違えると思います」
*
天幕の外では、五人が学院へ戻る準備をしていた。
その頃、別の机では評価票が積まれていく。
青軍と白軍。
勝った者と、負けた者。
前線に立った者と、後方で支えた者。
学生たちはまだ知らない。
この演習について、これから一番長く話すのは自分たちではない。
軍事演習は終わった。
だが、彼らの名前をめぐる話は、すでに始まっていた。




