第9-2話 五人の卓(2)
「お、もう来てたのか」
リオネルだった。
後ろにガイウス。さらにエリアス。
ヒルデガルドが時計を見る。
約束の時刻より三分前。
エリアスもその視線を追った。
「間に合ってるでしょう」
「何も言ってないわ」
「顔が言ってた」
「そこだけは人を見るのね」
リオネルが笑う。
「何の話?」
「こっちの話」
ヒルデガルドは立ち上がった。
マリエッタも立つ。
「マリエッタはアステリア地方から来たのですって」
自己紹介の続きがあったことをにじませた。
ガイウスがすぐに引き取った。
「俺はヴァルネ地方から来た」
「俺はセルディア西部」
最後にエリアス。
「僕もセルディア」
リオネルが振り向いた。
「同じなのか?」
「たぶん、かなり離れてるけど。僕の町は川沿いだから」
「俺のところは西街道沿いだな。大河へ出る荷物も通るけど、町自体は陸運の方が多い」
「じゃあ、結構違うね」
「同じ地方でもそんなもんだろ」
マリエッタがエリアスを見る。
「あの」
「何?」
「さっきは聞きにくかったのですが、あなた、今日のキャンパス案内で何度も質問しそうになって、隣の人に止められていましたよね」
沈黙。
リオネルが先に吹き出した。ガイウスも笑う。
ヒルデガルドは目を閉じた。
「後ろからも見えていたの?」
「結構」
マリエッタは悪びれずに答えた。
エリアスがヒルデガルドを見る。
「そんなに?」
「三回」
「数えてたの?」
「目の前でやるからでしょう」
「まあまあ」
ガイウスが笑いながら間へ入る。
「飯にしよう。腹減った」
マリエッタが彼を見る。
「レオニス生は、さっき食堂の場所を確認していましたね」
「よく見てるな」
「迷うと嫌なので、私も見ていました」
リオネルが呟く。
「この五人で一番ちゃんとしてる人が決まった気がする」
ヒルデガルドが彼を見る。
「何よ」
「いや、二人いた」
訂正が早かった。
*
学院食堂は、地方学院の講堂ほどの広さがあった。
六人がけの長テーブルが何列も並んでいる。壁側には配膳口。厨房からは焼いた肉と煮込み豆の匂いが漂っていた。
初日の献立は、さすがに保存食ではなかった。
麦と小麦を混ぜた柔らかなパン。鶏肉と根菜の煮込み。豆。葉物。それに、川魚の香草焼き。
エリアスの表情が少し明るくなった。
「魚」
ヒルデガルドが聞く。
「好きなの?」
「故郷が河港だから」
「王都でも魚くらい食べるわよ」
「新鮮なの?」
「……その言い方は何?」
五人は空いていた端のテーブルに座った。
最初は少しだけぎこちなかった。
正確には、エリアスとリオネルは同じセルディア地方の出身である。だが、育った土地はまるで違った。
エリアスの故郷では、荷物も噂も川から来る。リオネルの町では、街道を行く馬車と旅人がそれを運ぶ。
ガイウスが育ったヴァルネでは、広い草地と農牧地の向こうに丘陵が続く。マリエッタのレルナ郡では、水路の流れがその年の収穫を左右する。そしてヒルデガルドにとっては、アルヴァリスそのものが故郷だった。
同じ王国。同じ制服。
けれど、見て育った国の姿は、それぞれ少しずつ違う。
食べ始めると、ガイウスの皿だけ明らかに多かった。
リオネルが見る。
「それ、最初の量?」
「ああ」
「おかわりじゃなくて?」
「最初」
「食堂の人、止めなかった?」
「取っていい量だと言われた」
マリエッタが納得する。
「身体が大きいですからね」
エリアスが皿を見る。
「燃費悪そう」
「言い方」
リオネルが笑う。
それをきっかけに、話しやすくなった。
話題は地方学院、故郷、家族、得意だった課題、そして魔法へ移っていく。
「俺は風と音」
リオネルが指を立てる。
掌の上で、食卓の紙片がほんの少し浮いた。
「遠くの音とか、風向きとか。そういうの」
「軍務向きね」
ヒルデガルドが言う。
「外交か通商に興味あるんだけど」
「そちらでも便利でしょう」
「盗み聞きに?」
「そう言ったのはあなたよ」
「怖いな、王都貴族」
「そういう括り方をしないで」
ガイウスは身体強化と持久を得意としていた。
ヴァルネの農牧地で育った彼にとって、長く身体を動かし続けることは、魔法以前に生活の一部だった。
マリエッタは土と水分、それに植物感知。こちらもレルナ郡の環境を考えれば、身近な能力だった。
ヒルデガルドは少し迷ってから答えた。
「感応系」
リオネルが興味を示す。
「人の考えてることが分かる?」
「そんな便利なものじゃないわ」
「嘘とか?」
「分かることもある。でも魔法より、見方の問題」
エリアスが頷いた。
「そうだよね」
彼女が見る。
「あなたは何?」
「僕?」
四人が見る。
エリアスは少し考えた。
「細かいことを、長く続けるのが得意」
リオネルが首を傾げる。
「魔法の説明?」
「うん」
「地味だな」
「僕もそう思う」
ヒルデガルドは何も言わなかった。
この少年が、その地味な作業を積み重ねて、最後には他人が見つけなかったものを見つけることを知っている。
今のところ、この卓でそれを知っているのは自分だけだった。
少しだけ、それが特別なことのように思えた。
*
翌朝。
五人は初めて同じ教室にいた。
四十人ほどが入る教室。机は床へ固定されていない。前には大きな筆記板があり、その横には魔導投影盤が置かれている。
窓から朝の日差しが差し込んでいた。
短い鐘の音が三度鳴る。
扉が開いた。
黒に近い濃紺の髪を後ろでまとめた女性が入ってきた。
三十代後半。派手さはない。だが、教室へ入っただけで少し空気が整った。
女性は教卓へ書類を置き、二度、端を揃えた。
「エレノア・ミルセティアです」
学生たちを見る。
「この組の担任を四年間担当します」
ざわめきはない。
「先に申し上げておきます。私は皆さんの専門科目すべてを教えることはできません」
一拍置く。
「ですが、皆さんが専門科目だけできる人間にならないようにすることは、私の仕事です」
数人が姿勢を正した。
エリアスは少しだけ嫌な予感がした。
ミルセティアは続ける。
「この学院では、最初の二年間、共通課程がかなり多い」
筆記板へ、統計、法、行政、経済、歴史、軍務、魔法、外交、身体教育と書いていく。
「なぜだと思います?」
一人の学生が手を挙げる。
「国家官として広い知識が必要だからです」
「正しいです」
別の学生が手を挙げた。
「将来の専門を決めるためです」
「それもあります」
ミルセティアは教室を見渡した。
「もう一つ」
少し間を置く。
「自分一人では国家を動かせないからです」
今度は誰も書き留めなかった。
ただ、聞いていた。
「財務官は、軍人に何ができて何ができないかを知らなければなりません。軍人は、農民が何を必要としているかを知らなければなりません。外交官は、商人がなぜ国境を越えるのかを知らなければならない」
視線が教室を巡る。
「専門家とは、他の専門家を必要としない人ではありません」
筆を置く。
「誰を必要としているか判断できる人です」
*
最初の課題は、意外に簡単に見えた。
魔導投影盤に、一枚の地図が映される。
小さな地方都市。川。橋。農地。市場。倉庫。人口。
そして一文。
『上流域で長雨。主要橋梁の一つが流失。地方長官として、最初の一日で何を確認するか。』
「正解は一つではありません」
ミルセティアが言う。
「五分。各自三つだけ書いてください」
エリアスは地図を見る。
その瞬間、十歳の頃の素養判定を思い出した。
大雨。橋。物流。
少しだけ笑う。
その隣では、ヒルデガルドが地方官庁と住民への聞き取り先を書いた。
ガイウスは代替渡河点と警備配置。
リオネルは他地域への連絡経路。
マリエッタは河川水位と農地への浸水状況。
エリアスは、上流からの船荷、倉庫在庫、市場価格の三つを書いた。
五分後。
答案を集めたミルセティアは、何枚かを見比べた。
「面白いですね」
同じ問題を前にして、五人が最初に見たものはすべて違っていた。
それこそが、この学院が五人を同じ班に置く理由になる。




