第44-1話 そして終焉へ (1)
リオネルは、二つの道を見比べた。
右へ行けば白軍の観測拠点。左へ進めば、南北連絡路のさらに奥へ出る。
朝、エリアスから渡された紙には三つの目標が書いてあった。
一つ、白軍中央後方の道路使用状況を確認すること。
二つ、可能なら南北連絡路へ接近すること。
三つ、敵の対応次第では、中継地点か観測拠点の一つを一時占領すること。
どれを選ぶかまでは、書かれていない。
副官役の学生が聞いた。
「観測拠点ですか?」
リオネルは首を振った。
「たぶん、向こうもそう思ってる」
「では連絡路?」
「それも、たぶん」
「……どっちです?」
「どっちも嫌だな」
副官が困った顔をした。
リオネルは、もう一度周囲を見る。
前日の雨で低地には水が残っている。街道は使えるが、白軍が監視している可能性が高い。
少し離れたところに、細い農道があった。
南へ行く。
ただし、観測拠点へは向かわない。
「こっち」
「また道を外れるんですか?」
「道だよ」
「荷車用じゃありません」
「俺たち、荷車ないだろ」
リオネルが先に歩き出す。
「それに、見張ってるところを通る必要ないし」
*
白軍本部では、ヒルデガルドが青軍軽装部隊の行先を絞り込もうとしていた。
「観測拠点へ一個小隊」
白軍総指揮官が確認する。
「南北連絡路は?」
「警戒を強めます。でも、全部は出さないでください」
「理由は?」
「それが本命だと決めたくないからです」
マリエッタが輸送表から顔を上げた。
「出せる予備は、あとどのくらいですか」
「戦闘部隊なら二個小隊」
「それを全部北へ動かすと、東橋と南側の予備がなくなります」
白軍総指揮官が地図を見る。
「中央は?」
「ガイウスが止まっています。ただし、いつ再開するかは分かりません」
ヒルデガルドは少し考えた。
「一個小隊だけ北へ。もう一つは中央後方に残してください」
「青軍軽装部隊が二個小隊以上なら?」
「その時は現地で遅滞させます」
総指揮官が頷いた。
マリエッタは別の紙を取る。
「北へ送る部隊には携行分だけで足ります。ただし、午後まで戦わせるなら追加補給が必要です」
「そこまで長くは使わない」
ヒルデガルドが答える。
「たぶん」
マリエッタが彼女を見る。
「エリアスみたいな言い方ですね」
「今それ言う?」
*
青軍本部では、リオネルから次の報告が来ていなかった。
エリアスは紙地図を見ている。
最後の確認地点。
そこから先は空白だった。
軍務参謀が聞く。
「通信を入れないのか」
「今は」
「位置が分からないんだぞ」
「うん」
「危険では?」
「危険です」
「なら」
「連絡すると、向こうにも魔法通信の活動を察知される可能性があります」
通信担当が頷く。
「内容までは読めなくても、発信地点の大まかな方向を取られることはあります」
総指揮官が聞いた。
「それでも、完全に任せるのか」
エリアスは少し考えた。
「帰ってくる条件は伝えてあります」
「それ以外は?」
「自分で決めてもらいます」
軍務参謀は、まだ納得していない。
「ヴァレンティ生が、お前の想定と違うことをしたら?」
「するかもしれません」
「それでいいのか」
エリアスは地図から顔を上げた。
「その方が、今はいいです」
*
中央戦線では、ガイウスの大隊と白軍中央部隊が距離を置いて向かい合っていた。
両軍とも、いつでも戦闘を再開できる。
ただし、どちらも動かない。
ガイウスは前線指揮所で、何度目か分からないほど本部からの命令票を見た。
現位置保持。追撃禁止。再攻撃に備えよ。
「まだ待つのか」
副官が答える。
「命令です」
「分かってる」
「昨日より慣れましたね」
「それ、昨日も聞いたぞ」
ガイウスは白軍側を見る。
相手も再編している。魔法支援、歩兵、予備。あちらも、こちらが再攻撃すると思っている。
「エリアスの奴、何待ってんだ」
副官が答えた。
「ヴァレンティ生では?」
ガイウスが振り返る。
「なんで知ってる」
「今朝の部隊配置を見れば」
「お前、参謀向きじゃないか?」
「下士官役です」
「そうだった」
*
観戦武官天幕では、リオネルの部隊だけが学生側よりはるかに明瞭に見えていた。
細い青色の矢印が、白軍観測拠点を避けて南へ曲がる。
その先にあるのは、大きな軍事拠点ではない。
小さな交差路。雨後も比較的乾いている高台。そして、白軍が北と南の部隊を動かす際に使っている脇道が、そこへ集まっている。
一人の武官が身を乗り出した。
「そこへ行くのか」
別の者が立体図を見る。
「目標地点ではないぞ」
学院教官が答える。
「学生側に指定されている拠点ではありません」
「では何の価値がある」
「今は、白軍が使っています」
立体図には、白軍の細い輸送・連絡線が何本か重なっていた。
「道を取る?」
「一時的にでも止めれば、南北間の移動が遅れます」
武官は少し考えた。
「参謀の指示か?」
「そこまでは確認できません」
別の教官が記録票を見る。
「事前命令には、この地点はありません」
武官が青い矢印を見た。
「では、現場判断か」
*
リオネルも、そこまで大げさなことは考えていなかった。
高台へ出た時、白軍の伝令部隊が見えた。その後ろを、小規模な輸送列が通る。
「ここ、使ってるな」
副官が地図を見る。
「南北連絡路の補助線です」
「観測拠点より良くない?」
「占領点にはなりません」
「でも止められる」
「一時的には」
リオネルは周囲を見る。
高台。
林。
細い道。
大軍は展開しにくい。
自分たちは軽装だ。
「じゃ、ここにする」
副官が確認した。
「本部へ報告しますか?」
リオネルは少し考える。
「取ってから」
*
青軍軽装中隊が動いた。
先頭の精霊兵が林から出る。
白軍伝令役の学生が気づいた。
「敵!」
白軍護衛部隊は小さい。
すぐに展開するが、青軍の方が多い。
リオネルは正面へ兵を寄せすぎなかった。
「右から回れ。中央は撃つだけでいい」
魔法矢が飛び、白軍防御膜が光る。
その間に青軍の一隊が斜面を下り、道路へ出た。
白軍輸送列が停止する。
後ろが詰まる。
白軍側指揮官は即座に判断した。
「輸送隊を戻せ! 護衛は道路を空ける!」
正しい判断だった。
だが、それで青軍の目的は半分達成した。
道路が止まった。
*
白軍本部へ、短い緊急通信が入った。
「南北補助線、高台交差路に青軍軽装部隊!」
ヒルデガルドが顔を上げる。
「観測拠点じゃない?」
「違います」
場所を聞く。
地図上、その一点。
ヒルデガルドは数秒黙った。
マリエッタが先に理解した。
「嫌ですね」
「うん」
「輸送より、部隊移動が」
「遅れる」
白軍総指揮官が言う。
「奪還部隊を送る」
ヒルデガルドは、北へ出した一個小隊の転進を提案した。
「それだけで足りるか」
「足りなければ中央予備も」
マリエッタが口を挟む。
「中央予備を動かすなら、東から補助部隊を回した方が早いです」
「東橋を薄くする?」
「少しだけなら」
ヒルデガルドが地図を見る。
東橋。
青軍は、ずっと攻めていない。
だからこそ怖い。
「……東は動かさない」
「では中央から?」
「一個小隊」
総指揮官が決める。
「北転進一個、中央予備一個。二個小隊で奪還」
マリエッタは必要な携行物資をすぐに計算した。
「半日分で出せます」
*
その命令が出た頃、青軍本部にもリオネルから通信が届いた。
白軍南北補助線の高台交差路を占拠。敵輸送・伝令を阻害中。敵増援予想。
軍務参謀が声を上げた。
「そこか!」
総指揮官が地図を見る。
「どのくらい維持できる」
エリアスは首を振った。
「分かりません」
「増援を出すか」
エリアスはすぐには答えなかった。
交差路。その西に白軍中央。そのさらに東に東橋。
白軍の予備が、どこから動くか。
「まだ出さないでください」
軍務参謀が聞く。
「取った場所を捨てるのか」
「リオネルの目的は保持じゃありません」
「では何だ」
「白軍を動かすことです」
総指揮官がエリアスを見る。
「どこを?」
「それを知りたいです」
*
観戦天幕では、答えが見えていた。
白軍の二本の矢印が、高台交差路へ向かっている。一つは北側、もう一つは中央。
その結果、白軍中央予備が薄くなる。
青軍正面にはガイウスがいる。
一人の武官が言った。
「来るぞ」
誰も聞き返さなかった。
*
青軍にも、しばらくして白軍中央予備の移動が届いた。
前線偵察からの断片的な目撃報告。
中央から北東へ移動する白軍一個小隊程度。
エリアスが聞く。
「確認時刻」
「十分前」
「もう一つは?」
「北側からも南下する部隊あり」
総指揮官が地図を見る。
「リオネルへ二個小隊」
「たぶん」
「なら」
エリアスも頷いた。
「ガイウスを動かしてください」




