第43-2話 彼女なら(2)
演習開始前。
早朝。
エリアスはリオネルに紙を一枚渡していた。
「何これ」
「今日の目標」
リオネルが読む。
一つ、白軍中央後方の道路使用状況を確認する。
二つ、可能なら南北連絡路へ接近する。
三つ、敵の対応次第では、中継地点または観測拠点の一つを一時占領する。
三つ?
リオネルが顔を上げた。
「どれ?」
「状況を見て」
「俺が決めるの?」
「うん」
「珍しいな」
「現地にいるの、リオネルだから」
「失敗したら?」
「戻って」
「そうじゃなくて」
「何?」
リオネルは紙を見る。
「まあいいや」
畳む。
「やってみる」
*
現在。
リオネルは北側の低い尾根を進んでいた。
中央の戦闘音は遠い。
白軍の注意は、そちらへ向いている。
「正面に行く?」
副官学生が聞く。
「行かない」
「予定では、北側連絡路を見てから――」
「予定はそう」
リオネルは前方を見る。
森。
その先は低地。
昨日の雨で水が残っている。
正規の道路は使いにくい。
だが、歩兵なら通れる場所がある。
リオネルは地面を見る。
足跡。
白軍。
少ない。
「こっち」
「道路じゃありません」
「だから」
副官が聞く。
「どこへ行くつもりですか」
「まだ決めてない」
「え?」
「見てから決める」
*
白軍本部では、中央戦線から後退要請が届いていた。
「第三中隊、損耗二割五分。指揮官戦闘不能」
白軍総指揮官が言う。
「予備を入れる」
「待って」
ヒルデガルドが止めた。
「何だ」
「青軍、押し切ろうとしてません」
「中央で勝っているぞ」
「だからです」
また。
同じ言葉。
自分で言って、少し嫌になる。
ガイウスが強い。
強いから、見てしまう。
でも、エリアスはガイウスを勝たせることそのものを目的にはしない。
「北の偵察報告は?」
情報担当が答える。
「青軍軽装部隊を一度確認。その後、見失いました」
ヒルデガルドが顔を上げた。
「いつ?」
「一刻ほど前です」
「位置」
示される。
北西尾根。
「リオネル……」
*
白軍総指揮官が聞く。
「中央予備はどうする」
ヒルデガルドは数秒考えた。
中央。
ガイウス。
北。
リオネル。
どちらを止める。
普通なら主力。
だが。
エリアスなら。
「中央は少し下げてください」
「さらに?」
「はい。予備一個小隊を北へ」
「根拠は」
「リオネルが消えました」
「偵察だろう」
「偵察だけなら」
ヒルデガルドは地図を見る。
「エリアスは、こんな時に見失わせないと思います」
*
マリエッタが聞く。
「北へ送る部隊の補給は?」
「一日分でいい」
「それなら可能です」
白軍総指揮官が頷いた。
「やる」
命令が出る。
白軍の一部が北へ動いた。
*
その動きが、すぐ青軍本部に見えたわけではない。
紙地図には何もない。
エリアスは、ただ待っていた。
軍務参謀が聞く。
「ヴァレンティ生から報告は?」
「ないです」
「通信障害?」
「かもしれない」
「予定地点を過ぎている」
「うん」
「大丈夫か」
エリアスは少しだけ考えた。
「たぶん」
ガイウスからの通信。
中央。
指定線到達。
停止。
白軍後退。
青軍中央、局地優勢。
それでもエリアスは北を見ていた。
*
観戦武官天幕では、答えが見えていた。
リオネルの細い青矢印が、予定されていた北側連絡路から外れる。
森を抜け。
低地へ。
そして南東へ。
白軍北予備も、逆方向から近づいてくる。
武官が言った。
「ぶつかるな」
別の者が首を振る。
「いや」
立体図を回り込む。
リオネルの展開面は細く、散開している。
白軍予備は街道上。
「気づけば避けられる」
「学生側には見えない」
「だから面白い」
*
リオネル側。
先頭学生が手を上げた。
「待って」
全員が止まる。
遠くに人影。
半透明。
白軍。
「いた」
副官が聞く。
「何人?」
「分からない」
リオネルは低い場所へ伏せる。
白軍は街道を北西へ向かっている。
こちらを探している。
「俺らの予定位置へ行ってるな」
「どうします?」
「戻らない」
「戦います?」
「それも嫌」
リオネルは周囲を見る。
低地。
小さな水路。
林。
反対側には、南東へ抜けられる地形。
地図を出す。
本来、そこへ行く予定ではない。
「こっち」
副官がまた言う。
「道路じゃありません」
「今日は道路使わない日」
*
白軍側の予備部隊は、青軍軽装部隊がいると推定した地点へ到着した。
いない。
報告が白軍本部へ戻る。
「青軍部隊、確認できず」
「いない?」
「はい」
「痕跡は?」
「森林方向から南へ動いた可能性があります」
ヒルデガルドの指が地図上を追う。
北から南。
低地。
道路を使わない。
「どこへ……」
マリエッタも見る。
「中継地点?」
「遠い」
「観測所?」
「あり得る」
白軍総指揮官が聞く。
「増援をどこへ送る」
ヒルデガルドは答えなかった。
*
青軍本部。
ようやく、リオネルから短い通信が届いた。
敵北予備を確認。回避。予定経路変更。続行。
軍務参謀が聞く。
「どこへ?」
「分からない」
「分からない?」
「書いてないから」
「お前の命令だろ」
「場所までは決めてない」
周囲が少し静かになる。
総指揮官が聞いた。
「任せたのか」
「はい」
「目標は?」
エリアスは朝渡した紙の写しを出した。
三つの選択肢。
軍務参謀が読む。
「このどれかを、自分で選ばせた?」
「はい」
「なぜ」
「現地にいるから」
*
ガイウスから通信が入る。
中央、白軍後退。
追撃可能。
総指揮官がエリアスを見る。
「どうする」
エリアスは中央と北、それから時刻を見る。
「ガイウスは止めます」
「勝っているぞ」
「だから止めます」
そしてリオネル。
位置不明。
ただし、生きている。
「今は、そっちを待ちたい」
*
白軍本部では、ヒルデガルドが青軍中央の停止報告を受けていた。
ガイウスが止まった。
白軍中央は救われる。
でも。
それは何を意味する。
「ガイウスを止めた」
白軍総指揮官が言う。
「追撃しないようだ」
「違う」
「何が」
「もう、中央が本命じゃない」
マリエッタが聞く。
「リオネル?」
「たぶん」
地図を見る。
青軍軽装部隊。
最後の確認位置。
白軍北予備。
空振り。
その先には三つの候補。
ヒルデガルドは一つ目を見る。
「ここは違う」
二つ目。
「ここも」
三つ目。
白軍南北連絡路にある、小さな観測拠点。
そこを取られても、白軍全体が崩れるわけではない。
ただ、情報伝達、道路監視、部隊移動。
少しずつ面倒になる。
「ここ」
マリエッタが聞く。
「エリアスなら?」
ヒルデガルドが止まった。
*
エリアスなら、そこを狙う。
だから自分はそこを守る。
でも。
エリアスも、それを知っている。
なら別の場所。
だが、それも読まれる。
ヒルデガルドはしばらく地図を見た。
そして、顔を上げる。
「待って」
「何です?」
「青軍の軽装部隊」
「はい」
「最後に、エリアスから命令を受けたのはいつ?」
情報担当が資料を探す。
当然、敵軍の命令内容までは分からない。
ただし、青軍本部からリオネル部隊へ向けた通信の回数、接触、返信。
その頻度は途中から減っている。
ヒルデガルドの表情が変わった。
「……違う」
白軍総指揮官が聞く。
「何が?」
ヒルデガルドは地図から顔を上げた。
「エリアスじゃない」
マリエッタが見る。
「え?」
「今、この部隊を動かしてるのは」
ヒルデガルドは、はっきり言った。
「リオネルだわ」
*
その頃。
リオネルは、予定表のどこにも書かれていない場所にいた。
目の前には白軍の南北連絡路。
右に小さな観測拠点。
左には、さらに奥へ続く道。
副官が聞く。
「どっちに行きます?」
リオネルは両方を見る。
時間。
敵影。
地形。
そして笑った。
「さて」
管理精霊が、静かに光った。




