第43-1話 彼女なら(1)
白軍が動いたのは、翌朝七時十五分だった。
最初に確認されたのは中央正面。歩兵二個中隊相当。その後ろに魔法支援。さらに少し間を空けて、予備らしい部隊。
青軍本部へ報告が届いた時、エリアスはすでに地図を見ていた。
「来たね」
リオネルが横から覗く。
「当たった?」
「攻めてくるところまでは」
「場所は?」
「そこは外れた」
「外れたのかよ」
エリアスは中央正面を指した。
「もう少し北だと思ってた」
ガイウスが腕を組む。
「じゃあ、普通に迎え撃つぞ」
「うん」
「今日は止めない?」
「止めない」
ガイウスが少し笑った。
「それを先に言え」
*
白軍本部では、ヒルデガルドが中央への前進を確認していた。
昨日まで広く伸びていた戦線は縮んでいる。マリエッタが整理した補給線も短い。使える予備輸送力も戻った。
だから、今なら攻められる。
ただし半日。
それ以上は、また余裕を削る。
「第一波、接触まで一刻弱です」
情報担当が報告する。
白軍総指揮官が聞いた。
「青軍は?」
「中央部隊が迎撃準備。レオニス生の大隊も動いています」
ヒルデガルドが少し眉を上げた。
「もう?」
「はい」
「早いわね」
「予想していたのだろう」
「攻勢そのものは」
ヒルデガルドは地図を見る。
「でも、ガイウスを最初から出す?」
マリエッタが聞く。
「おかしいですか?」
「少し」
「なぜ?」
「エリアスなら、最初から一番強い札を正面に置くより、相手を見てから使いたがると思う」
白軍総指揮官が言う。
「考えすぎでは?」
「そうかもしれません」
ヒルデガルドは頷いた。
「だから、今は予定通りで」
*
中央戦線。
白軍前衛が、青軍の防御線へ入った。
前日の雨で地面はまだ柔らかい。
精霊兵の足そのものは泥へ沈まないが、部隊の行軍速度や隊形維持には地形状態が反映される。
白軍は密集しすぎない。
青軍も同じだった。
互いに、魔法攻撃の格好の標的になる隊形を避けている。
最初の光弾が飛ぶ。
青軍側の防御膜に当たり、青白い光が大きく広がった。
続いて弓と魔法矢。
白軍が前へ出る。
青軍は下がらない。
その中央に、ガイウスがいた。
「右、開きすぎるな! 中央はそのまま!」
頭上の管理精霊が命令を受け、精霊兵の展開面がわずかに縮む。淡い部隊フィールドも狭まり、中央の密度が上がった。
白軍がそれを見て魔法攻撃を集中する。
ガイウスは待った。
一発。
二発。
三発。
防御膜が揺れる。
「今!」
青軍の魔法支援が一斉に撃ち返した。
白軍前衛が防御する。
そこへ歩兵が入った。
戦線がぶつかった。
*
観戦武官天幕では、中央に二本の太い矢印が重なっていた。
青と白。
接触部では展開密度が濃くなり、両軍の占有範囲が互いへ食い込んでいる。継戦能力は、まだ双方とも緑。
一人の武官が言った。
「正面からやるか」
別の者が青軍側を見る。
「レオニス生なら、この方が強い」
「白軍も分かっているだろう」
「当然」
では、なぜ白軍は正面から来たのか。
まだ誰も答えなかった。
*
白軍の第二波が動いたのは、中央戦闘開始から二十分後だった。
まず北。小規模。
青軍偵察部隊が発見する。
さらに南寄りにも別の一隊。
報告が青軍本部へ続けて届いた。
軍務参謀が地図を見る。
「三方向」
「うん」
「どれが本命だ」
「中央」
「即答だな」
「たぶん」
軍務参謀が少し苛立つ。
「また、たぶんか」
エリアスは北と南の兵力推定を見る。
「両方とも、中央を薄くさせるにはちょうどいい。でも、突破するには少ない」
総指揮官が聞く。
「増援を送らないのか?」
「最低限だけ」
「中央へ集中?」
「はい」
軍務参謀が言った。
「アルトハウゼン生がそれを読んでいたら?」
エリアスは少し考えた。
「読んでると思います」
「なら危険だろう」
「でも」
地図を見る。
「ヒルデガルドが、僕ならそう読むところまで考えていたとしても、中央に兵が多い事実は変わりません」
総指揮官が笑った。
「珍しく単純だな」
「単純な時もあります」
*
白軍本部に、青軍の反応が集まる。
北は最低限の増援。
南も最低限。
中央は維持。
ヒルデガルドが小さく息を吐いた。
「やっぱり」
マリエッタが言う。
「中央を厚くしましたね」
「ええ」
白軍総指揮官も頷く。
「予定通りだ」
「はい」
ただ、ヒルデガルドの視線は中央ではなかった。
青軍後方。
まだ動いていない部隊。
「ガイウスを最初から正面に置いて」
指先を移す。
「予備を残す」
マリエッタが聞く。
「変ですか?」
「変というより」
少し考える。
「綺麗すぎる」
*
中央では、ガイウスが押し始めていた。
白軍前衛が一度後退する。
第二波が投入された。
ガイウスも前へ出る。
「左中隊、押さえろ! 右は動くな!」
白軍側から大出力の魔法弾。
地面で炸裂し、青軍精霊兵が複数、淡い光となって消える。
管理精霊の継戦表示。
一部が黄色へ落ちた。
ガイウスが剣を抜く。
「魔法支援、三十歩前!」
副官が驚く。
「近すぎます!」
「届かせる!」
白軍防御線との距離が縮まる。
青軍魔法支援。
一斉射。
短距離。
威力が上がる。
白軍の防御膜が大きく揺れた。
「行け!」
青軍歩兵が突入した。
*
白軍前線指揮官も退かない。
学生指揮官が前へ出る。
規定距離。
指揮官戦、成立。
ガイウスが笑った。
「来たか」
剣。
白軍側は長剣と防御魔法。
最初の一撃。
受ける。
二撃目。
白軍側が返す。
ガイウスは下がらない。
三撃目。
魔法強化。
足元に光が走る。
白軍指揮官の防御が崩れた。
判定精霊が反応する。
戦闘不能。
その瞬間、白軍部隊の統制表示が落ちる。
ガイウスは敵部隊へ向き直った。
「押せ!」
青軍中央。
前進。
*
観戦天幕では、ガイウスの大隊を示す青い矢印が太く伸びた。
白軍中央。
後退。
一人の武官が声を上げる。
「強いな」
「また指揮官を落とした」
「白軍中央、持たないぞ」
だが、隣の武官は別の場所を見ていた。
「……青軍の軽装部隊が動いた」
北西。
細い青の矢印。
リオネルの部隊。
中央戦闘の陰で、静かに進み始めていた。
*
青軍本部。
エリアスはガイウスの勝利報告を読んだ。
「敵前衛後退。第一大隊、指定線まで前進」
軍務参謀が言う。
「今なら押し切れる」
「押しません」
「またか」
「ガイウスの仕事は十分です」
総指揮官が聞く。
「次は?」
エリアスはリオネルの位置を見る。
「こっち」
青軍軽装偵察中隊。
ただし、今日の任務は偵察だけではない。




