第42-1話 取り返さない攻勢(1)
雨は、夜明け前に弱くなった。
完全には止んでいない。
青軍本部へ集まった偵察報告は、どれも似たような内容だった。道路は悪化し、河川は増水。低地は通行困難。
ただし、すべての道が同じではない。
「中央街道は?」
エリアスが聞く。
リオネルは濡れた外套を脱ぎながら答えた。
「使える。荷車も通ってる」
「南は?」
「ひどい。歩兵なら行けるけど、荷車は場所を選ぶ。昨日、白軍が使ってた第二輸送路は本当に死んでる」
「東」
「橋そのものは問題なし。街道も中央より少し悪いくらい」
エリアスは地図へ書き込んでいく。
ガイウスが横から覗いた。
「で?」
「何?」
「昨日、道路を見てからって言っただろ」
「言った」
「見たぞ」
「うん」
「動く?」
エリアスは頷いた。
「動く」
ガイウスの顔が、少し明るくなった。
*
青軍の朝の作戦会議は、昨日までとは違った。
エリアスが最初から地図の前に立った。
「東橋は攻めません」
軍務参謀がすぐ反応する。
「まだ捨てるのか」
「はい」
「南は?」
「取り返しません」
「では、どこを攻撃する」
エリアスは南部集落でも東橋でもなく、その間を指した。
白軍側へ伸びた道路。
小さな中継地点。
昨日まで、ほとんど意味のなかった場所だ。
「ここです」
総指揮官が地図を見る。
「何がある」
「たぶん、あまりありません」
軍務参謀が顔をしかめた。
「なら、なぜ攻める」
「ここを白軍が守るかどうか見たいからです」
「守らなければ?」
「進みます」
「守れば?」
「もっといいです」
*
エリアスは白軍の配置を示した。
東橋、南部集落、中央前方。
それぞれに白軍部隊がいる。
だが、それらを支える輸送路は、後方へ向かうほど収束していく。
昨日の雨で南部第二輸送路は使えない。第一輸送路は泥濘。第三経路は遠い。
「白軍は南を維持できます」
エリアスは言った。
「マリエッタなら、たぶん維持する方法を作ります」
ガイウスが言う。
「信用してるな」
「強いから」
「敵だぞ」
「敵でも強いものは強いよ」
軍務参謀が地図を指した。
「それと、この地点に何の関係がある」
「南へ物を送るには、ここを通るのが一番安い」
「遮断するのか」
「完全には」
エリアスは首を振った。
「完全に切ろうとすると、僕たちの方が遠くへ行きすぎます」
総指揮官が理解した。
「圧力だけか」
「はい。白軍に選ばせます」
東橋を守る。
南部を守る。
中央を守る。
その全部へ補給を送る。
「今までは、全部できました」
エリアスは白軍領域を見る。
「今日は、少し難しいはずです」
*
青軍総指揮官は作戦を採用した。
投入するのはガイウスの第一大隊。ただし全力ではない。一部を中央防御に残し、機動可能な二個中隊だけを前進させる。
リオネルの軽装偵察中隊は、その北側を進む。
任務は戦闘ではなく、白軍の増援経路を探ることだった。
「目標は敵中継地点への接近。占領そのものを優先しない」
ガイウスが確認する。
「敵がいたら?」
「排除できるなら排除」
「逃げたら?」
「追撃は指定線まで」
ガイウスはエリアスを見る。
「またか」
「また」
「今回はどこまで?」
エリアスが地図上に線を引く。
「ここ」
ガイウスが見る。
「昨日より遠いな」
「今日は行っていい」
「よし」
*
観戦武官天幕では、青軍の動きがすぐに見えた。
狭く縮んでいた青軍展開面から、一本の太い矢印が伸び始める。
ガイウスの部隊。
その少し北を、細い矢印が並走する。
リオネルの部隊だ。
一人の武官が言った。
「東橋ではない」
「南でもない」
「中間か」
別の武官が立体図を回り込む。
青軍の進行方向。
その先には、白軍の小さな中継地点。
さらに後方で、道路が二つに分かれている。一方は東。もう一方は南。
「なるほど」
軍務官が呟いた。
「切る気か」
学院教官は首を振る。
「そこまで進めば、青軍も補給が苦しくなります」
「では?」
「白軍が何を守るか、見たいのでしょう」
*
白軍本部に第一報が届いたのは、青軍が動き始めてから半刻ほど後だった。
「青軍中央部隊、前進」
ヒルデガルドが地図を見る。
「規模は?」
「一個大隊未満。先頭はレオニス生の部隊と推定」
「方向は?」
報告地点が示される。
ヒルデガルドの表情が変わった。
「そこ?」
白軍総指揮官も地図を見る。
「中継所を狙っているのか」
マリエッタは、すでに輸送表を引き寄せていた。
「困りますね」
ヒルデガルドが聞く。
「どのくらい?」
「取られても、南への補給はできます」
「できるんだ」
「できます。ただ」
マリエッタは第三経路を指した。
「遠くなります」
「どのくらい」
「現在の荷車数だと、同じ輸送量を維持するには、一日あたりの往復回数が足りません」
白軍総指揮官が聞く。
「増車は?」
「東から回せます」
「なら」
「東橋の予備輸送力がなくなります」
ヒルデガルドが地図を見る。
東。
南。
中央。
そして、近づいてくるガイウス。
「嫌なところに来たわね」
*
白軍は中継地点に一個小隊を置いていた。
戦うためというより、道路監視と輸送整理のための部隊だった。
ガイウスの二個中隊を止められる兵力ではない。
「敵確認!」
青軍前衛から声が上がる。
ガイウスは地形を見る。
道路脇。
低い丘。
泥濘。
白軍は丘側へ寄っていた。
「正面は一個小隊で押さえろ。もう一個は右へ」
副官が見る。
「右は泥です」
「だから歩兵だけ。盾は置いていけ」
「魔法支援は?」
「正面」
命令が流れる。
青軍の部隊フィールドが二つに割れた。
白軍から魔法弾。
青軍正面部隊が防御する。
進まない。
代わりに、右側の軽装化した精霊兵がぬかるんだ畑を回った。
白軍指揮官も気づく。
部隊を割く。
その瞬間。
ガイウスが正面を押した。
「前へ!」
青軍の攻撃魔法が丘の斜面へ集中する。
白軍防御膜。
一発目。
耐える。
二発目。
揺れる。
三発目。
崩れた。
青軍歩兵が斜面を上がる。
白軍は抵抗した。
だが、兵力差が大きすぎる。
右から回った青軍部隊が側面へ出た。
白軍指揮官は後退を命じる。
ガイウスは追った。
百歩。
二百歩。
その先。
指定線。
「……止まれ!」
青軍が止まる。
逃げる白軍を見ながら、ガイウスが舌打ちした。
副官が少し笑う。
「追わないんですか?」
「命令だ」
「昨日より慣れましたね」
「うるさい」
*
中継地点。
青軍確保。
だが、エリアスの指示通り、そこから先へは出ない。
ガイウスは周囲を見た。
倉庫は小さい。
物資も少ない。
「本当に何もないな」
副官が言う。
「せっかく取りましたけど」
ガイウスは少し考えた。
「たぶん、これでいいんだろ」
「何がです?」
「知らん」
*
白軍本部。
中継地点失陥。
報告。
白軍総指揮官が聞く。
「奪還するか」
ヒルデガルドは答えなかった。
マリエッタを見る。
「必要?」
マリエッタは計算していた。
「奪還できれば助かります」
「できなければ?」
「戦力を使います」
「それは分かる」
「違います」
マリエッタが顔を上げる。
「奪還戦に使う部隊にも、補給が必要です」
少し沈黙。
「南を維持しながら、東橋を維持しながら、中央で戦って、さらに中継地点を奪還する」
輸送表を見る。
「できます」
ヒルデガルドの眉が動く。
「その言い方、嫌ね」
「できます。でも、その後がありません」
白軍総指揮官が地図を見る。
「なら南を下げるか」
「一番簡単です」
ヒルデガルドがすぐに言った。
「待って」
二人が見る。
ヒルデガルドは地図を見ていた。
「エリアスは、それを待ってる?」
白軍総指揮官が聞く。
「南を下げることを?」
「たぶん」
「なら下げない?」
「それも違う」
ヒルデガルドは少し考える。
エリアスは、南部集落が欲しいのではない。
東橋も。
たぶん、今は要らない。
欲しいのは、白軍の反応。
「……面倒」
マリエッタが聞く。
「誰が?」
「エリアス」




