第41-1話 戦場を小さくする(1)
翌朝、青軍本部の地図は昨日より白くなっていた。
東橋は白軍。南部集落も白軍。その間にある細かな前哨地点も、いくつか白軍側へ移っている。青軍が確保しているのは中央と北寄りの拠点が中心で、戦域は明らかに狭くなっていた。
「東橋を奪還するべきです」
軍務参謀が言う。
「南も放置できない」
別の学生が続けた。
「両方は無理だ」
「なら東だ。橋を戻せば、白軍の東側展開を切れる」
「南から回り込まれるぞ」
意見が重なる中、青軍総指揮官は地図の前で腕を組んでいた。
ガイウスもいる。昨日の戦闘で大隊は消耗したが、まだ十分に戦える。
リオネルは朝の偵察から戻ったばかりだった。
「白軍、南は昨日の線で止まってる」
「東は?」
エリアスが聞く。
「橋頭堡を固めてる。でも、昨日より兵が少し増えた」
「輸送は?」
「東は増えてる。南はほぼ同じ」
「ありがとう」
リオネルが肩をすくめた。
「そこだけ食いつくんだよな」
*
青軍総指揮官がエリアスを見る。
「昨日から何を考えている」
「白軍が強いです」
一瞬、会議室が止まった。
軍務参謀が眉を寄せる。
「それは分かっている」
「思っていたより強い」
エリアスは続けた。
「東橋を取った後に追わなかった。南も予定線で止まっている。補給も崩れていない」
ガイウスが頷く。
「だから取り返すんだろ」
「全部は取り返さない方がいいと思う」
「何?」
エリアスは地図上の青軍印を一つ外した。
南寄りの小前哨。
次に東側の監視地点。
さらに、中央から少し外れた農村。
「ここも」
軍務参謀が声を上げた。
「待て。そこまで下がれば、領域点がさらに悪化する」
「はい」
「白軍に土地を渡すのか」
「はい」
「何のために?」
エリアスは今度、青軍の補給線を指した。
「これを短くします」
誰もすぐには答えなかった。
「白軍は昨日、勝ちました。だから広くなった」
エリアスは東、南、中央前方を順に示す。
「広くなれば、そこに兵を置かないといけない。兵を置けば、食料、魔石、矢、医療資材が要る。通信も警戒も、道路の維持も必要になります」
少し間を置く。
「僕たちは、それを全部やる必要がない」
軍務参謀が言った。
「逃げればな」
エリアスは相手を見る。
「はい」
*
空気が悪くなった。
ガイウスが少しだけ眉を動かしたが、何も言わない。
青軍総指揮官が聞く。
「どこまで下げる」
エリアスは中央、北寄り、河川沿いの三地点を結んだ。
「ここです」
今より、かなり狭い。
「この範囲なら、中央倉庫から主要部隊まで一刻半以内です」
「今は?」
「最長三刻」
「東橋は完全に捨てる?」
「今は」
「南は?」
「同じです」
軍務参謀が食い下がる。
「最終判定までに取り返せる保証は?」
「ありません」
「なら、ただの敗北だ」
エリアスは頷いた。
「そうなる可能性もあります」
ガイウスが、やっと口を開いた。
「お前、本当にそれでいいと思ってるのか」
「いいとは思ってない」
「なら」
「今のまま全部守ろうとすると、白軍が一番やりやすい戦いになります」
エリアスは白軍側の配置を見る。
「ヒルデガルドは、こちらの反応を読む。マリエッタは、その後ろをつなぐ。白軍総指揮官も無理をしない」
だったら、その形をやめる。
「僕たちが守る場所を減らせば、向こうも今までと同じ戦い方はできない」
青軍総指揮官は長く地図を見た。
「採用する」
軍務参謀が顔を上げる。
「総指揮官」
「ただし全面後退ではない。北側監視線は維持。中央集落も保持する。撤収時に敵から圧力を受ければ、必要な遅滞戦闘を行う」
「分かりました」
「それから、フェルマー生」
「はい」
「これで負けたら、君にも説明してもらう」
エリアスは頷いた。
「はい」
*
命令が出た。
青軍は後退を始めた。
前線では、その意味は本部ほど簡単ではない。
「撤収?」
東側監視小隊の学生指揮官が聞き返す。
「敵が来てないのに?」
通信担当が答える。
「命令です」
「どこまで?」
「第二線」
「理由は?」
「戦線整理」
学生指揮官は白軍側を見る。
敵は遠い。
逃げる必要はない。
それでも命令だった。
「……分かった」
管理精霊が光り、精霊兵が動き始める。薄い部隊フィールドが形を保ったまま、後方へゆっくり流れていった。
*
白軍側では、その動きがすぐに報告された。
「青軍、東部監視線から後退」
ヒルデガルドが聞き返す。
「攻撃を受けて?」
「いいえ」
別の報告も来る。
「南西前哨も撤収」
マリエッタが顔を上げた。
「同時ですね」
白軍総指揮官が地図を見る。
「罠か」
ヒルデガルドはすぐには答えなかった。
青軍が退けば、白軍は前進できる。
だが、なぜ。
「追わないでください」
「理由は?」
「まだ分からないからです」
白軍総指揮官が少し笑った。
「フェルマー生みたいなことを言うな」
ヒルデガルドの顔が少し嫌そうになる。
「それはやめてください」
マリエッタは別のものを見ていた。
「撤収地点」
「何?」
「全部、青軍中央倉庫に近づいています」
ヒルデガルドが地図を見る。
「補給線」
「短くしています」
「なるほど」
白軍総指揮官が言う。
「なら、取れるところは取るべきだ」
マリエッタは答えた。
「取るのは可能です」
「維持は?」
少し間があった。
「今のままなら、できます」
*
だから白軍も前へ出た。
青軍が捨てた前哨を白軍が占領し、別の農村も確保する。道路と監視線も、少しずつ白く塗り替わっていった。
観戦武官天幕の立体戦場図では、その変化が一目で分かった。
青軍の展開面は縮み、白軍の展開面は広がる。
一人の武官が眉をひそめた。
「青軍、崩れているのか」
学院教官が答える。
「命令による後退です」
「どこまで」
「この線までのようです」
武官は図を見る。
「ずいぶん捨てるな」
別の者が、白軍側へ広がっていく展開面を見た。
「白軍は取りに行った」
「当然だろう」
「そうかな」




