第40-2話 白軍優勢(2)
観戦天幕では、ガイウスの部隊を示す大きな青い矢印が、白軍の小さな矢印を押し潰すように前進していた。
「強いな」
武官の一人が言った。
「局地指揮も悪くない」
別の者が頷く。
「魔法だけではないな。兵を止めていない」
「損耗は?」
「一割弱」
「白軍は?」
「三割近い」
明確な勝利だった。
ガイウスの部隊の継戦能力も、まだ十分に高い。
武官が言った。
「これなら追える」
学院教官は何も答えなかった。
立体図の別の場所を見ていた。
南。
白軍が前進している。
*
集落。
ガイウスは、それに気づいていない。
目の前では白軍が逃げている。
あと少し押せば、さらに削れる。
副官が聞く。
「追撃しますか?」
ガイウスは剣を持ったまま、敵を見る。
行ける。
勝てる。
たぶん。
その時、通信精霊が光った。
目標地点確保後、停止。追撃禁止。
エリアスではない。
青軍総指揮官名義。
ガイウスは、しばらく紙を見た。
「……止まれ!」
青軍前衛が止まる。
「追うな! 集落外縁まで戻せ!」
副官が少し驚く。
「よろしいんですか?」
「命令だ」
剣を鞘へ戻す。
「それに」
逃げていく白軍を見る。
「たぶん、あいつがうるさい」
*
青軍本部。
集落確保の報告に、小さな歓声が上がった。
軍務参謀が地図に青軍印を置く。
「中央、勝った」
「うん」
「ガイウス、追わなかったな」
「偉い」
「子供扱いするなよ」
「褒めてる」
その時。
南から通信が入った。
青軍情報担当が一枚目を読む。
顔が変わる。
「南部集落」
総指揮官が振り返る。
「何だ」
「白軍が侵入」
もう一枚。
「守備隊、後退」
さらに。
「白軍騎兵を確認。規模不明」
会議室の空気が変わった。
中央では青軍勝利。
南では白軍前進。
東には白軍橋頭堡。
軍務参謀が呟く。
「同時か」
エリアスは、すぐに時刻を見る。
中央でガイウスが白軍前衛と接触した頃、南でも白軍が動いている。
偶然ではない。
「中央を見てたんだ」
総指揮官が聞く。
「何?」
「僕たちが中央へ主力を出すのを」
*
白軍本部。
南部集落確保の報告。
ヒルデガルドは、大きく喜ばなかった。
「中央は?」
「前衛後退。損耗三割。指揮官戦も敗北」
白軍総指揮官が苦い顔をする。
「高くついたな」
「はい」
ヒルデガルドも認める。
「ガイウス、強すぎ」
マリエッタが聞く。
「予想より?」
「少し」
「では、失敗ですか?」
ヒルデガルドは地図を見る。
中央は青軍が集落を確保した。
だが、そこで止まっている。
南は白軍。
東橋も白軍。
「いいえ」
指を中央から南へ動かす。
「ガイウスを、ここに置けた」
マリエッタも意味を理解する。
中央で勝った青軍第一大隊は強い。
しかし、今すぐ南へは行けない。
戦闘直後の部隊再編、損耗整理、魔力回復。その後に、移動。
「南への増援が遅れますね」
「ええ」
白軍総指揮官が聞く。
「なら、南をさらに押すか?」
ヒルデガルドはマリエッタを見る。
マリエッタは首を振った。
「予定線までです」
「理由は?」
「補給が伸びます」
「一日なら?」
「できます」
「なら」
「できますが」
マリエッタは南部街道を指した。
「ここから先は道路が悪いです。荷車一台あたりの往復時間が増えます。輸送量を維持するなら、東か中央から荷車を回す必要があります」
「東橋が薄くなる」
「はい」
「中央の再編も遅れる」
「はい」
総指揮官が地図を見る。
「止めよう」
「賛成です」
ヒルデガルドも頷いた。
「十分です」
*
午後。
戦況は、見た目だけなら白軍優勢だった。
白軍は東橋と南部集落を確保。青軍は中央集落を奪っている。
領域では白軍が広い。
青軍第一大隊は局地戦で勝った。白軍前衛を撃破し、指揮官戦にも勝利。損耗も少ない。
だが、その勝利で戦域全体が青くなったわけではない。
*
夕方。
ガイウスが本部へ戻ってきた。
泥と汗にまみれている。
それでも、機嫌は悪くない。
「勝ったぞ」
リオネルが迎える。
「聞いた。相手の指揮官、瞬殺したって?」
「三合だ」
「細かいな」
「大事だ」
エリアスも地図から顔を上げた。
「お疲れ」
「おう」
ガイウスは水を飲み、地図を見る。
止まった。
「……南、何だこれ」
リオネルが答える。
「お前が華々しく勝ってる間に取られた」
「俺のせいか?」
「誰も言ってない」
「言い方がそうだろ」
ガイウスは南部集落を見る。
次に東橋。
そして、自分が取った中央集落。
「勝ったのに」
誰に言うでもなく、呟く。
エリアスが答えた。
「勝ったよ」
「でも、負けてるみたいだ」
「全体では、今は白軍が優勢」
ガイウスがエリアスを見る。
「こういうこと、あるんだな」
「あると思う」
「お前、知ってた?」
「図上では」
「実際は?」
「初めて」
ガイウスは、もう一度地図を見た。
「気分悪いな」
リオネルが笑う。
「負けるより?」
「勝ったのに悪い方が、もっと悪い」
*
夕刻。
観戦武官天幕の立体戦場図は、朝とはかなり違っていた。
白軍は東と南へ広がり、青軍は中央に凝集している。
ガイウスの第一大隊は残存兵力こそ大きいものの、戦闘、移動、魔力消費、小さな損耗が積み重なり、継戦能力を落としていた。
一方、白軍の各部隊も無傷ではない。それでも、広い地域を維持しながら戦力を残している。
一人の中央軍武官が、ガイウスの部隊表示を指した。
「ここだけ見れば、青軍の圧勝だ」
隣の武官が答える。
「だが、戦域は白い」
「アルトハウゼン生か」
「作戦面では大きいでしょう」
別の席。
軍務ではない官服の男が聞く。
「南への補給を成立させた学生は?」
学院側の記録官が名簿を確認する。
「セラン生。白軍兵站参謀です」
「商家の出か」
「はい」
男は、その名前を書いた。
*
夜。
青軍本部では、その日最後の戦況整理が行われていた。
総指揮官が言う。
「明日は中央から圧力をかける」
軍務参謀が続く。
「東橋奪還も検討すべきです」
別の者も言った。
「南を戻さないと、領域点で負ける」
意見が飛び交う。
エリアスは地図を見ていた。
東は白軍。
南も白軍。
中央は青軍。
白軍は強い。
ヒルデガルドが局地を動かし、その後ろをマリエッタがつなぐ。
そして、白軍総指揮官も無理をしない。
「エリアス」
総指揮官に呼ばれた。
「何かあるか」
「まだ」
「まだ?」
「考えてます」
軍務参謀が少し苛立つ。
「このままなら白軍優勢だぞ」
「はい」
「なら動かないと」
「はい」
「何を考えてる」
エリアスは、地図の端から演習区域全体を見た。
東。
南。
中央。
それから、補給拠点、道路、河川。
白軍が確保した地域。
その広さ。
「白軍」
呟く。
「広くなったな」
ガイウスが言う。
「そりゃ、取られたからな」
「うん」
エリアスは白軍の領域を指で追った。
東から南へ。
そして、後方へ。
「広い」
もう一度言った。
今度は、少し違う意味で。
*
観戦武官席では、立体戦場図がそれをもっと明確に示していた。
白軍の展開範囲は大きい。
青軍は小さい。
一人の武官が言う。
「明日、青軍はどうする」
学院教官が答える。
「分かりません」
「参謀は?」
「考えているようです」
「何を」
教官は青軍本部を示す光を見る。
「たぶん」
少し間を置いた。
「負け方を」
*
その夜の判定は、白軍優勢だった。
白軍は中央で敗北したものの、東橋と南部集落を確保し、戦域全体では前進している。対する青軍は中央戦に勝利し、主力も健在だったが、確保地域では後退していた。
ガイウスは勝った。
白軍前衛は負けた。
それでも、地図を広げれば白軍の方が大きかった。
そしてエリアスは、その大きくなった白軍をずっと見ていた。




