第40-1話 白軍優勢(1)
東橋を取った白軍は、追撃しなかった。
だからといって、止まったわけでもなかった。
*
翌朝。
青軍本部へ最初に届いた報告は、東橋からではなかった。
「南部街道、白軍斥候を確認。騎兵を含む可能性あり」
エリアスが地図を見る。
南。
昨日まで、大きな動きのなかった場所だ。
「数は?」
「確認できたのは十数体。後続不明」
「時刻」
「六時四十分」
現在、七時十二分。
三十二分前。
エリアスは報告地点から、いくつか線を引いた。
「もう、ここにはいない」
青軍情報参謀が頷く。
「南進なら、現在位置はこの辺りか」
「普通に進んでいれば」
「普通じゃなければ?」
「分からない」
ガイウスが横から覗いた。
「またそれか」
「分からないものは分からないよ」
そこへ、東からも報告が届いた。
白軍は橋頭堡を維持し、野戦陣地を補強。ただし、大規模な増援は確認されていない。
昨日と同じだ。
東橋は白軍が保持している。だが、そこから出てこない。
「橋を取ったのに使わないのか?」
ガイウスが言う。
エリアスは首を振った。
「使ってるよ」
「どこが」
「僕たちが見てる」
ガイウスが地図から顔を上げる。
「……それが?」
「うん」
東橋がある。
だから青軍は、東を完全には空けられない。
白軍は橋を渡って攻めなくても、青軍の兵力をそこへ拘束できる。
エリアスは東守備部隊の印を指した。
「これだけ、ここから動かせない」
ガイウスが嫌そうな顔をした。
「嫌な橋だな」
「取られたからね」
*
白軍では、その「嫌な橋」を維持するための数字を、マリエッタが朝から削っていた。
「盾兵一個小隊を後方へ戻します」
兵站担当の学生が聞き返す。
「橋頭堡からですか?」
「はい」
「守備力が落ちます」
「少しだけです」
マリエッタは輸送表と部隊表を並べた。
橋頭堡へ送り込む人数が増えれば、食料、交換魔石、矢、医療資材も増える。
それだけではない。
人員が増えれば天幕が要る。水が要る。衛生設備が要る。伝令も増える。
橋を守るための部隊が、橋を守るための補給を食い始める。
「青軍が大規模反撃を準備している兆候はありません。必要になったら戻します」
「間に合いますか?」
「そのために、ここへ置きます」
橋から少し離れた街道沿い。
予備位置だ。
徒歩なら時間がかかる。荷車なら近い。
「でも、荷車は補給用では?」
「帰りは空です」
担当学生が止まった。
「兵員を乗せる?」
「全員ではありません。装備を載せます。兵は軽装で歩かせます」
「盾も?」
「盾を持って歩くから遅いんです」
少し離れた席で聞いていた白軍総指揮官が、こちらを見た。
「規則上、問題は?」
「ありません」
「中央軍では普通にやるのか?」
「知りません」
「知らない?」
「私は中央軍にいませんので」
総指揮官が笑った。
「それもそうか」
*
ヒルデガルドは、その横で別の地図を見ていた。
白軍は東橋を保持している。
青軍は当然、そこを警戒する。
だから、次は東ではない。
「南の斥候、見つかりました」
情報担当が報告する。
「予定より早いわね」
「戻しますか?」
「いいえ」
ヒルデガルドは少し考えた。
「もう少し見せて」
「見せる?」
「騎兵がいると思わせる」
実際には、騎兵は少ない。
軽装歩兵の一部に騎兵を随伴させただけだ。しかし、青軍側から遠望すれば、部隊全体の構成までは分からない。
白軍総指揮官が聞く。
「南も陽動か」
「半分は」
「また半分か」
「便利なんです」
ヒルデガルドは悪びれない。
「青軍が放置するなら、南の集落を取ります」
「対応したら?」
「中央を見ます」
総指揮官は地図を見る。
「東橋を持ったまま?」
「はい」
「広げすぎではないか」
今度はマリエッタが答えた。
「今の範囲なら維持できます」
ヒルデガルドが横を見る。
「どこまでなら?」
マリエッタは少し考えた。
「南部集落までです」
「その先は?」
「嫌です」
「分かりやすいわね」
「聞かれましたから」
*
青軍にとって問題なのは、白軍の個々の動きではなかった。
東橋には橋頭堡。
南には騎兵らしき部隊。
中央では、小規模な斥候が断続的に接触してくる。
どれも決定的ではない。
だが、どれも無視できない。
昼前、青軍総指揮官が作戦会議を開いた。
「白軍は我々を分散させようとしている」
軍務参謀の一人が言った。
「なら、どこかを叩くべきです」
「どこを?」
「中央」
地図中央。
白軍の前衛が何度か確認されている。
「東と南へ兵力を割いているなら、中央は薄い」
ガイウスがすぐに反応した。
「俺が行く」
エリアスは地図を見た。
中央。
確かに理屈は通る。
白軍も無限の兵力を持っているわけではない。どこかを厚くすれば、どこかが薄くなる。
「どう思う」
総指揮官が聞いた。
エリアスは少し迷った。
「攻撃自体には賛成です」
ガイウスが意外そうに見る。
「珍しいな」
「ただ」
やっぱり来た、という顔をされた。
「目的を決めたいです」
軍務参謀が言う。
「敵を撃破する」
「その後は?」
「前進する」
「どこまで?」
少し、空気が止まる。
エリアスは中央街道の先を指した。
「ここを取って維持するなら、補給線が伸びます」
別の参謀が言う。
「勝ってから考えればいい」
「勝った後の方が困ることもあります」
ガイウスが口を挟んだ。
「なら、どこまで行けばいい」
エリアスは中央街道と、その脇を流れる小河川を見る。
橋。
小さな集落。
その先には、白軍側の交通路。
「この集落まで」
「近くないか?」
「ここを取れば、白軍中央の偵察拠点を潰せます。それ以上は追わない」
「敵が逃げても?」
「追わない」
「勝てそうでも?」
「追わない」
ガイウスが顔をしかめる。
「つまらんな」
「帰ってきてほしいから」
「……分かった」
青軍総指揮官が決めた。
「第一大隊、中央反撃。目標は指定集落。敵前衛を排除し、確保後停止」
ガイウスが立ち上がる。
「了解」
*
その動きは、観戦武官席では隠しようがなかった。
青軍中央。
大きな矢印が前進を開始する。
残存兵力は十分。継戦能力も高い。
その先にいる白軍前衛は、明らかに小さい。
一人の武官が身を乗り出した。
「青軍、出したな」
「第一大隊です」
「指揮官は?」
教官は名簿を見るまでもなく答えた。
「レオニス生です」
別の武官が少し反応する。
「魔法実技の?」
「はい」
「白軍は下げるか」
立体図上。
白軍前衛は動かない。
「……受けるのか?」
*
白軍本部にも、青軍主力前進の報告はすぐ届いた。
「中央、青軍一個大隊規模。指揮官はレオニス生と推定」
ヒルデガルドが地図を見る。
「来た」
白軍総指揮官が言う。
「前衛を下げる」
「待ってください」
「勝てないぞ」
「はい」
ヒルデガルドはあっさり認めた。
「だから、少しだけ戦います」
「目的は?」
「どこまで来るかを見る」
マリエッタが顔を上げる。
「消耗させる?」
「できれば。でも、無理はしない」
ヒルデガルドは青軍側の地図を見た。
ガイウスなら、勝てば進みたい。
だが、エリアスは止める。
どちらが通るか。
そこを見たい。
「前衛に伝えて。接触後、段階的に後退。集落の先までは引かない」
白軍総指揮官が聞く。
「集落を捨てるのか?」
「必要なら」
「南と交換か」
「それもあります」
*
中央の戦闘は、東橋よりずっと大きかった。
ガイウスの第一大隊が街道を進む。
半透明の精霊兵が広く展開し、前衛、主力、弓兵、魔法支援が距離を保って続く。
敵影。
白軍前衛。
数は少ない。
ガイウスは一目で判断した。
「前衛、散開。弓兵は右。魔法支援は左の林縁を押さえろ。中央は止まるな」
命令が流れる。
管理精霊の光が変わり、青軍の部隊フィールドが横へ広がった。
白軍から魔法弾。
青軍前衛の一部が揺らぐ。
だが、止まらない。
ガイウスが右手を上げた。
「撃て!」
弓、魔法矢、攻撃魔法。
同時。
白軍前衛の防御膜が光る。
一発。
二発。
三発。
耐える。
四発目。
膜が崩れた。
青軍歩兵が一気に距離を詰める。
白軍は後退を始めた。
「追うぞ!」
ガイウス自身も前へ出る。
*
青軍本部へ、戦果報告が続けて入る。
白軍前衛後退。
敵損耗、推定二割。
第一大隊、前進継続。
軍務参謀が笑った。
「押してる」
エリアスも頷く。
「強いね」
「他人事みたいに言うな」
「ガイウスが強いのは知ってるから」
しかし、地図上の時刻を見る。
少し早い。
白軍の後退も、きれいすぎる。
「ガイウスへ。目標地点を再確認」
通信担当が頷く。
「送ります」
*
ガイウスのところへ、その通信が届いた時。
白軍は二度目の防御線を作っていた。
集落手前。
低い石垣、農道、樹木。
防御に使いやすい。
「青軍より通達。目標は集落。確保後停止」
「分かってる」
副官役の学生が聞く。
「攻撃しますか?」
「当然」
白軍の配置を見る。
今度は、さっきより多い。
「面白くなってきた」
*
戦闘が再開した。
白軍は石垣を使う。
青軍は正面から入らない。
ガイウスは一部を林へ回し、自分は中央で圧力をかけた。
白軍が林側へ予備を動かす。
その瞬間。
「中央、行け!」
青軍主力が前進する。
白軍の防御魔法。
ガイウスの攻撃魔法。
正面からぶつかった。
轟音。
光。
白軍側の膜が大きく歪む。
ガイウスは止めない。
二発目。
三発目。
崩れた。
青軍の精霊兵が石垣を越える。
白軍指揮官が前へ出た。
規定距離。
「指揮官戦!」
白軍側から声が上がる。
ガイウスが剣を抜く。
相手も抜いた。
一合。
白軍指揮官が受ける。
二合。
後退。
三合目。
ガイウスの剣にまとった魔法光が、相手の防御を弾いた。
判定精霊が光る。
白軍指揮官、戦闘不能。
その瞬間、白軍部隊の統制値が大きく落ちた。
青軍が押し込む。
白軍は後退。
集落、青軍確保。




