第39-2話 見えている戦争、見えない戦争(2)
白軍本部。
橋確保の報告が届く。
周囲の学生たちから、小さな歓声が上がった。
白軍総指揮官がすぐに尋ねる。
「青軍が後退している。追撃は?」
「しません」
ヒルデガルドは即答した。
「押せるぞ」
「だからです」
「説明を」
ヒルデガルドは青軍側の地図を指した。
「主力が来ませんでした。橋を守るために、ガイウスの大隊から兵を出すこともできたはずです」
「出さなかった」
「ええ」
一拍。
「たぶん、こちらが橋の先まで欲張るのを待っています」
総指揮官が少し考える。
「なら、橋を固める」
「賛成です」
マリエッタも補給表へ書き込んだ。
「輸送列を前進させます。橋頭堡維持分だけ」
ヒルデガルドが見る。
「増やしすぎないで」
「分かっています」
「エリアスが見るから」
「だからです」
*
その頃。
北側森林では、リオネルが前進を続けていた。
「東橋、取られたそうです」
部下の学生が言う。
「聞いた」
「戻らなくていいんですか」
「命令来てないだろ」
「でも――」
リオネルは林を抜ける手前で止まり、木の陰から街道を見た。
昨日まで、北側にもそれなりの輸送が見えていた。
今日は少ない。
かなり。
「……こっちは薄いな」
「白軍がですか?」
「たぶん」
報告票を出す。
北方補給活動、演習前推定より大幅減。
主力配置可能性、低下。
送る。
*
青軍本部。
エリアスは、その報告を受け取った。
北は薄い。
南からも大きな接触報告はない。
東には実際の兵力。
実際の輸送。
実際の橋頭堡。
だが、白軍主力全部を置くほどではない。
エリアスは地図上の東橋を見る。
「……半分、本物だったんだ」
ガイウスが振り返る。
「何?」
「東」
「だから本物だっただろ」
「全部じゃない」
「どういうことだ」
エリアスは少し笑った。
「やられた」
*
観戦武官天幕。
学生たちが断片的な報告から推測している戦況は、最初から一枚の立体図として見えていた。
東橋には、白軍の橋頭堡。
その後方に補給部隊。
だが白軍主力の一部は中央後方に残り、別の機動部隊もまだ動いていない。
青軍中央には、ガイウスの主力がほぼそのまま残っている。
一人の武官が言った。
「白軍の勝ちだな」
隣の者が答える。
「局地では」
「青軍は読んでいた」
「読んでいたのに取られた」
学院教官は、立体図を見たまま答えた。
「全部分かっていても、全部は守れません」
別の武官が青軍中央を見る。
「だが、主力も減っていない」
「はい」
「白軍も追わなかった」
「はい」
少しの沈黙。
「どちらも面倒だな」
教官は、今度は少しだけ笑った。
*
白軍本部。
マリエッタは、橋頭堡への輸送量を再計算していた。
「これで三刻は維持できます」
「十分」
ヒルデガルドが答える。
マリエッタは顔を上げた。
「勝ちましたね」
「最初はね」
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいわよ」
ヒルデガルドは東橋の印を見る。
「でも、エリアスが諦めるの、早すぎたと思わない?」
マリエッタの視線が地図へ戻る。
「取らせた、と?」
「そこまでは言わない」
ヒルデガルドは首を振った。
「取られたのは、本当に取られたのよ」
それから、青軍中央を見る。
ほとんど動かなかった主力。
「ただ、取り返す必要があるかどうかを、もう考えてる」
*
青軍本部。
ガイウスは、まだ橋を睨んでいた。
「次は取り返す」
「まだ」
「またか」
「今じゃない」
「いつだ」
「必要になったら」
ガイウスが大きく息を吐く。
「お前と戦争するの、疲れるな」
そこへ、新しい報告が届いた。
白軍。
東橋で野戦陣地構築開始。
補給列前進。
ただし、増加量は小さい。
エリアスは報告票を置いた。
「困ったな」
「何が?」
「ヒルデガルド、追わなかった」
「それが?」
「追ってくれた方が楽だった」
ガイウスが呆れる。
「橋取られたのに?」
「うん」
*
同じ頃。
白軍本部。
ヒルデガルドも、青軍中央の最新推定位置を見ていた。
主力。
動かない。
「エリアス」
マリエッタが顔を上げる。
「何か?」
「たぶん今――」
ヒルデガルドは少し笑った。
「私が追わなかったこと、嫌がってる」
マリエッタは彼女を見る。
「楽しそうですね」
「そう?」
「はい」
*
演習開始から二刻半。
最初の明確な戦果は、白軍。
東橋を確保。
青軍は後退した。
だが、主力は温存された。
白軍は勝った。
しかし、追わなかった。
青軍は負けた。
しかし、取り返しに行かなかった。
互いに相手の狙いを外し切れず。
互いに、相手の望むところまでは踏み込まない。
そして何より。
白軍には、青軍の全体が見えていない。
青軍にも、白軍の全体は見えていない。
見えているのは、偵察した場所。
届いた報告。
少し前まで敵がいた場所。
そして。
相手が、こちらに見せてもよいと思ったもの。
最初の勝敗がついたことで。
次の一手は、むしろ難しくなっていた。




